9 最後の思い出
「おとうさまっ!お父様!お父様!イヤアアアッッッッ!!!!!!そんな、そんなそんなのって、おとうさまあっ!」
駆け寄ってお父様に抱きつく私に周囲の者は、手を出せない。ただ、静寂の中に響く私の叫びだけが嫌に響いた。
「…お嬢様。旦那様の手に何か握りこまれています。」
そっと、ナニーが私を包み込み、静かにそれの存在を教えてくれる。
「…え?」
涙で潤んだ瞳で見ると、そこには固く握りこまれた拳とその中にある何かが写った。
震える手でその握りこぶしを開けると、ふわっと開き、そこにはお母様と私で刺繍したハンカチの薔薇によく似た、紅い小さな手のひらサイズの髪飾りがあった。
とても、美しく、また可憐で今から着けても、大人になって着けても似合う。そんなとてもとても素晴らしいお土産だった。
溢れた涙が髪飾りをつたい、まるで雨上がりの気高き薔薇のようであった。
そこでふと、薔薇を握っていた手が、胸の位置にあったと気づく。
懐を探ると、あの思い出のハンカチが出てきた。開くと折りたたまれた私の下手っぴな文字が…
「お、とうさま、だい、すき」
もう、涙が止まらなかった。
どうしようもなく溢れてくる涙。拭っても拭っても止まらないから諦めた。それは思い出のハンカチだったから涙は拭えないのかもしれない。あふれる思いがどんどんと薔薇のハンカチと髪飾り、そしてお父様に吸い込まれていく。
そんな時、追い打ちのように差し出されたのは、お父様が馬に轢かれて倒れていた場所に落ちていたという薔薇の花束。わざわざ届けてくれた人がいたらしい。
もう、憎しみも消え去った。後に残ったのは受け止める者のない溢れた愛と、深い悲しみだけだった…
お父様の葬儀にはたくさんの人が集まった。お父様は貴族だったんだって。お祖父様というものにも初めて会ったよ。お前のせいだって、激怒されたけどね。
もう言い返す元気も怒る元気も、なあんにも湧いてこなくてただ殴られるまま、杖で飛ばされてる現在進行系。
もうどうだっていいや。
お母様も、お父様もいなきゃ、生きてたって意味ないもん。
ナニーだって…どうせ…
見苦しくないようにって応急手当をされて、葬儀が始まって、今最後の方だ。
お祖父様が白いお花、ユリかな?を投げ入れて、次は最後の私の番になった。
私は渡された白い花ではなく、お父様が最後にくれた、私達の思い出の華を胸に抱え、その道を歩く。結婚式の日はヴァージンロードにもなるその道は、今は黒い絨毯が引かれていた。
私は目を瞑って、それを赤い絨毯だとイメージし、隣にはお父様がいる。そう思うと結婚式みたいで少しだけ体が軽くなった。
私が真っ赤な薔薇を抱え、紅い華を髪に飾って堂々と歩くその姿に、両隣の喪服の者達は驚き、眉をひそめ、ざわざわと騒がしくなる。
ああ。これは祝福の声だわ。ね、お父様。この赤い薔薇を胸に抱いて逝ってくださいな。
ふふ。
今の私はお母様とお父様と同じ表情を浮かべていられているだろうか?そうだといいのだけれど。
そうそう。これも持って逝ってちょうだい。私が一生懸命に書いたのよ。返すなんて許さない。
一度、頬を撫で、皆の方へ向き直る。すると横から衝撃があり、またもお祖父様に殴り飛ばされたのだと分かる。そのまま髪飾りをむしり取ろうとされたので、髪飾りを小さくしてやった。
ほら、こうすれば私の手でも収まるでしょう?お父様と一緒よ。
「お父様にはっ!この薔薇と一緒に逝って貰う!私達の思い出の華よ!最後の贈り物なの!絶対にそれだけは邪魔させないわ!」
誰かあの気狂いを取り押さえろ!お祖父様が杖を振り上げて叫ぶ。
ふふ。
でも、もう遅いわ。
お父様は、私がつけた炎の中よ。轟々と燃えていくわ。
熱で体が歪んたお父様が手を振ってバイバイをしてくれたわ。
私は、お祖父様に頭を殴られてポタポタと血が出て、意識が薄れてきているわ。まあ、万が一にも消し止められても、もうお父様の一部と薔薇はとっくに燃え尽きてるわ。
いい加減、睡魔に身を任せましょう。
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