リサ、皇帝と対談する
皇帝ユノスは帝都ブリストル城につくやいなや、馬を降りて早足で階段を上がる。
国を挙げての儀式に失敗した。
魔王マモンを従えるどころか、魔王マモンに魂を大量に奪われ、ゾンビを生み出してしまった。
階段を上がりきったところで、城のエントランスホールには近衛兵たちが集まっている。
「集まっているな・・・それでは討伐戦に出る」
「報告します。皇帝陛下」と、近衛隊長ザラスが跪いて頭を下げてから、口を開く。
左目に傷のある男だ。
「何だ、ザラス。手短にな」と、皇帝ユノスは言う。
「はっ。来客があります。その来客は畏れ多くも皇帝陛下の椅子に座って待っておられます」
「いや、ちょっと待て。帝都ブリストルのゾンビはどうした?それよりも来客じゃと?それもわしの椅子に座っておるとは不届きな。汝らは黙ってみておったのか」
皇帝ユノスは怒鳴る。
「いいえ。抵抗はいたしました。しかし誰も勝てなかったのでございます。それとゾンビの問題はすでに解決しております。ペンタゴラール国に傭兵を申請されたのだとしたら・・・無駄足となりました。」と、ザラスは地面を見たまま答える。
「・・・バカな。誰もじゃと、一体どんな化物がわしの椅子に座っておるのじゃ」
「6歳の女の子です。黒と銀が混じったイブニングドレスを着ている事を除けば、どこにでもいる普通の女の子です。ただ・・・いえ、それは直接会ってお確かめください」と、ザラスは答える。
「では、ザラス。ついてまいれ」と、皇帝ユノスは言う。
「はっ。しかし、武器は置いて行かせてもらいます」
「わしを守る近衛兵が武器を置くとはどういう事か?」と、皇帝ユノスは怒鳴る。
「武器は意味が無いのです。それも会われたらわかります」
「何じゃザラス!人質でも取られているのか!」と、皇帝ユノスは怒鳴る。
「愛娘、イブが・・・自分から傍に仕えています」と、ザラスはまだ地面を見ている。
「・・・」皇帝ユノスはザラスを蹴った。ザラスの左肩を。
ザラスは後ろへ尻餅をつく。
「ええい、もうよい。とにかく武器を持たずともそなたにはついて来てもらうぞ」と、皇帝ユノスは言う。
「はっ。ありがとうございます」と、ザラスは再び跪いて頭を下げた。
皇帝ユノスは傲岸不遜に大股で歩いて行く。エントランスホールの上はまた階段になっており、その後、赤い絨毯の廊下とそれぞれの部屋へ分かれている。
玉座までは10ファラデー(5分)とかからない。
皇帝ユノスは自分が歩いて行くと階段の両脇にいる兵士たちが敬礼をしていく。
だが、上の階段にいる兵士は跪いて頭を下げている。
その態度は皇帝ユノスが近づいても変わる事は無かった。大蛇の描かれた扉は開いており、赤い絨毯の廊下の先頭に黒髪で赤く光る目をしていて、黒いローブを着たペンタゴラールが誇る無敵の魔導兵士がいる。
「コルシカです。リサ様のところまで案内します」と、魔導兵士コルシカは皇帝ユノスに対して頭を下げて挨拶した。両脇の兵士たちは全員もれなく跪いて頭を下げている。
「・・・これは何じゃ・・・まるで城の主が変わったかのよう」と、皇帝ユノスはつぶやく。
「1000イリ(500m)進めばわかります」と、ザラスは答える。
「・・・」皇帝ユノスは咄嗟に口を抑えた。
こみ上げてくる恐怖と怖さに。
これは夢じゃ。そうじゃ、夢を見ておるのじゃ。わしは300年続くバシリウス帝国、皇帝ユノスぞ。
「皇帝陛下」と、ザラスは呼ぶ。
「ん?何じゃ。いや、すまんの。足まで止まっておったか」と、皇帝ユノスは歩き出す。
その足取りは遅い。
大股だった歩幅は小さくなっていた。
大蛇と獅子が戦う絵柄が見えてくる。
自分がいつも威厳を持って座っている部屋の象徴であり、バシリウス帝国そのものだ。
そうじゃ、わしは右手に魔王マモンの魔力の1部を黒き蛇として纏っておるのじゃった。
皇帝ユノスは再び立ち止まり、右手を見る。
そこにはたしかに黒き蛇の刻印があった。
それを撫でる。
紫色のオーラが溢れ出る。いつもなら自分が絶対者であると落ち着くところだ。
今日は違った。生贄を用意しなければ動くはずの無い刻印が動いた。
蛇は自分の尻尾を噛んで止まった。
「あ・・お・・」と、皇帝ユノスはつぶやく。
「皇帝陛下、今日はおやめになりますか」と、ザラスは言う。
「・・・」皇帝ユノスはただ首をふった。横に強くふる。
また止まってしまった。
皇帝だけに伝わる言い伝えを思いだしていた。
『何があっても・・・刻印の蛇が自ら動き、尻尾を噛んだ時、その相手に逆らってはいけないよ』
「ただの言い伝えじゃ。そんなモノは関係無い!」と、皇帝ユノスは自分を励ました。
大股で歩こうとするが、1度小さくなった歩幅はそのままだ。
階段を上ると、扉は開いた。
玉座の間に入って、4イリ(2m)歩いたところで、見たくないモノを見てしまった。
自分の玉座に座っているのは茶髪で三つ編みにしている、6歳らしい女の子。瞳は青に戻る事もあったが、赤く光っている。
それはよかった。問題はその後ろだ。
紫の天使の輪が頭上に輝き、青く濁った水晶が目のある場所にはまっている。
皮膚は灰色で、紫色のローブを着ている。
左手というよりは大きなハサミが左手として機能している。
右腕には複数のナイフが肉を突き破るように飛び出している。
マモンだ。
強欲と貪欲の魔王がいる。
それもマモンは6歳らしい女の子の後ろにいる。
「マモン、姿を変える事を許す」と、6歳らしい女の子、リサはしゃべった。
紫と黒が入り混じって巨大な狼となる。赤い目が怪しく光る。
皇帝ユノスはわかってしまった。
あれはわしのように力を貸してもらっているのではない。
上位契約でも無い。
支配者
ありえんだろ。こんな事があっていいのか。
「皇帝陛下」と、ザラスは呼ぶ。
「・・・わかっておる」と、皇帝ユノスは歩き出す。
リサの20イリ(10m)手前で皇帝ユノスは跪いて頭を下げた。
「初めまして、女王様・・・いや、何と呼べばいいか。わたくしめはユノスと言います」
「リサでいい。何、国を取ろうとか、そういうわけでは無い。ただわたしの10年後の誕生日、セラ・スペイドの32日の朝、ユノスの軍を動かして欲しい。それだけだ。報酬は国民の復活・・・魂はわたしが全員分預かっている。喜べ、無敵の魔導兵士誕生だ。もしも裏切るならマモンに10年後、滅ぼしてもらうだけの話」と、リサは言う。
「裏切ったりしません。ええ、皇帝に受け継がれてきた教えにもあります通り、兵を動かします。わたくしめの近衛部隊とリサ様に頂いた魔導兵士を」と、皇帝ユノスは赤い絨毯を見つめたまま話す。
「うん。いいだろう・・・それではわたしは帰る」と、リサは白き光で扉を創り、その扉へ入って行った。
コルシカとイブも扉へ入ると、扉は消えた。
パルナーラ村へ帰るとシャーレが走って来る。
「東にある倭の国で、魔王ベルゼブブを召喚する儀式を国を挙げてするって」
「わかったわ、2日ほど休みを取ってからいきましょう」と、リサは答えて父と母のゾンビのいる家へ入って行った。




