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椿堂物語《完結》  作者: アレン
二章 傷跡とペンダント
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 目を開けると、辺りは薄暗かった。

 手足は何かで縛られているみたいで、動かせない。

 何とか起き上がろうと力を入れると、お腹に鈍い痛みを感じた。そうだ、殴られたんだっけ。私は顔を顰めた。

 起き上がり、もう一度辺りを見回す。目がだんだん慣れてきて、ここが倉庫かなにかだと分かった。


「誰かー!!」


 一応叫んでみたものの、返事は無く、ただ私の声が反響するだけ。


 まさか、これって誘拐? だけど、私なんて誘拐したって何もないのに……


 扉が重たい音をたてながら開く。強い光と共に、三つの影が中に入ってきた。その中の一つが私に近づき、目の前でしゃがみこんだ。


「やっとお目覚めか」


 そう言って、寒気のする笑みを浮かべた。

 この男は私を殴ってきた奴だ。だけど、あの時とは何かが違う気がする。何ていうか、黒いもやのようなものが、男を包み込んでいる。他の二人もそうだ。


「なぁ、コイツどうするんだ?」


 後ろの一人が聞くと、目の前の男は、私の頬を掴んで、まじまじと顔を見てきた。

 気持ちが悪いのに、振り払えない。


「そうだな。首を怪我してるが、それでも上玉だ。コイツを土産に持っていけば、組に入れてもらえるかもしれない」

「本当か? そりゃあいい!」


 男達は楽しげに笑う。

 いまいち話は理解出来ないけど、これ以上ここにいては危険だということは分かる。


 手の縄を解こうと、こっそり手を後ろに隠す。結び目はきつく縛られていて、このままでは解けそうになかった。

 そうしている内に、いつの間にか男達が私を取り囲むように近寄ってきていた。


「でもよぉ。このまま連れて行くってのは、ちょっと勿体ないよな」

「あぁ。少しは俺たちも、美味しい思いしても罰は当たらないだろ」


 そう言いながら、三人は私に手を伸ばしてきた。服を掴んできた手を、必死で避けるが、瞬く間に押さえつけられてしまった。

 私を見下ろす男達の顔は、真っ黒に染まっている。これは目の錯覚か何かなの? 恐怖で、自分がそう思っている事が見えてるだけなの?


「コイツ、いい物してるじゃねぇか。高く売れそうだな」


 そう言って、かけていたペンダントが引きちぎられた。

 その瞬間、見ていた景色が一変する。

 真っ黒だった男達の顔は、人とは思えない形相に変わった。目はつり上がり、包んでいた黒は煙になって体から出ている。まるで、妖怪の様だった。


「サァ。オ楽シミハ、コレカラダ」


 歪められた表情。男達の手がまた伸びてくる。

 もうだめっ!!


 そう思った時、バンッと大きな音が部屋中に響いた。

 男達の動きが止まり、音の方へ顔を向ける。私も目を向けた。


「へぇ。随分悪党らしいなりに、なったじゃねぇえか」


 そう言いながら、入口から部屋に入ってくる。男達に向け、ニヤリと笑う。


「律……さん?」


 声も、表情も、律さんだ。だけど、その姿は私の知る彼とは違う。

 頭の角、顔の痣、纏う空気。全て人のものとは違った。そう、目の前の男達と同じ、妖怪みたいだ。

 私は唖然と律さんを見つめた。


「ジャマヲ、スルナァァァ!!」


 男達が一斉に、律さんに襲いかかる。それに動揺する様子もなく、律さんは刀を構えた。


「自分との差も計れない、雑魚妖怪か」


 刀を振り、切った。そうすると、男達から黒いものが吹き出し、辺りに溶けて消えていった。

 空気が変わる。


「おい」


 ボーとしていた私に、律さんが目を向けてきた。


「無事か?」


 ぶっきらぼうな言葉に、瞬きをする。えっと、心配されてるの……かな?


「う、うん」


 起き上がって頷くと、律さんは私の方へ近寄ってきた。後ろに回り込み、腕と足の縄を切ってくれる。

 お礼を言おうかと律さんを見る。

 改めて彼を見るが、信じられない。さっきの男達もだけど、ちゃんと人の姿だったのに。まるで鬼の様な姿をしている律さんは、一体何者なのだろうか。


「怖いか?」


 ジッと見つめていると、そう律さんが聞いてきた。


 怖い……

 確かに、現れた時はビックリした。同じ様な姿だった、男達には恐怖を感じた。だけど、目の前に居る律さんには、そう感じない。むしろ、安心するような。彼の纏う空気は、男達の黒いものとは違い、とても澄んでいる。


「怖くない」


 私はそうハッキリ言った。

 そんな私に、律さんは目を丸くする。そして、一瞬悲しげな目をし、微笑んだ。


「変わらないな、お前は」


 まただ。律さんは一体何のことを言っているんだろう。彼はこの表情の裏で、何を思っているのだろうか。


「帰るか」


 そう言って立ち上がった律さんは、もういつもの彼の表情に戻っていた。

 懐から短い筒を取り出し、そこに刀を仕舞っていく。驚いたことに、長い刀はスルスルと筒に収まっていく。

 刀を仕舞いきると、律さんの姿がいつも通りのものに戻った。角も、痣もない。

 ポカンと見つめていた私に、律さんは眉間に皺を寄せた。


「何やってんだ。帰るぞ」


 私はハッと我に返る。


「いやいやいや。ちょっと待って!」

「何だよ」


 律さんはますます眉間に皺を寄せる。

 いや、何だよ、じゃないよ!


「コイツらは何だったの? それに、さっきの律さんだって」

「そんなこと、どうでもいいだろ」

「よくない!」


 食い下がった私に、律さんは面倒くさそうに頭をかいた。


「アイツらは妖怪に取り憑かれてたんだよ」

「妖怪、に?」

「お前も見ただろ」


 律さんは男達の方へ行き、盗られたペンダントを拾って、私に投げてきた。


「それ、妖怪を見にくくする術が込められてんだ」

「えぇ?!」


 ペンダントをまじまじと見る。

 見た感じじゃ、何の変哲もないペンダントなのに。だけど、これをくれたのは父様で。そんな術なんて……


「理由はどうあれ、それはそういう代物だ。だから、今まで妖怪を見たことなかったんだろ」

「妖怪って、そんな普通に見れるものなの?」

「いや。稀に見えるやってのはいるんだ」


 その稀が私だと。

 信じられない。だけど、実際に妖怪というものを見てしまったわけだし。


「えっと。じゃあ、妖怪って本当に存在するものなの?」

「そう言ってんじゃねぇか」


 私は頭を抱える。

 今まで信じてきたものが、全て崩れ落ちた気分だ。まさか、妖怪なんてものが存在するなんて。あんなの、噂や物語だけのものだと思ってたのに。

 そこで、ハッと思い出す。


「ね、ねぇ。この男達は、妖怪に取り憑かれてたって言ったよね」

「あぁ」

「妖怪に取り憑かれるって、そんな簡単に起こる事なの?」

「基本的に、妖怪ってのは、コイツらのような、悪意に満ちた心や、不満や、闇を好む。そういう奴は簡単に取り憑かれるんだ。あとは、強い妖怪が取り憑いた物とかに、触れてしまうと乗っ取られたりする事もある」

「じゃ、じゃあっ、父様も?!」

「恐らく」


 父様が、律さんの言う、妖怪の好む心だったのか、何かそういう物に触れてしまったのかは分からない。だけど、さっきの男達たちの様子と、あの時の父様はとてもよく似ていた。


「父様は、妖怪に取り憑かれていた……?」


 言葉にした瞬間、バチッと全てが繋がったような気がした。ずっとモヤモヤしていたものが、スッと無くなる。

 そんな私に、律さんは真っ直ぐな瞳を向けてきた。


「なら、お前はどうしたいんだ?」


 その問は、私の中で纏まったものが答えだ。


「父様に取り憑いた妖怪を見つけだす! そして絶対に仇をとる!」


 優しかった父様に、あんなことさせた妖怪を絶対許さない。だから……


「妖怪を見つけ出すまで、探偵事務所に居させて欲しい」


 律さんは黙って私の言葉を聞いていた。そして、背を向ける。


「勝手にしろ」


 歩き出した彼に、私は固まる。


 えっと、これは居てもいいって事なのかな。返事らしい返事ではないような気がするけど。

 そこで、十和子さんの言葉を思い出した。

 意地っ張りで、素直じゃない。

 私はクスッと笑う。なるほど、そういうことか。


 私は立ち上がり、駆け出して横に並んだ。そうすると、歩みが少し遅くなる。私の歩幅に合わせてくれてるのかな。

 横目で見た顔は仏頂面。

 だけど、この人は私のこと、ここまで助けに来てくれた。

 一度関わったら、放っておけないって言ってたけど、本当なのかな。


「ねぇ」


 声をかけると、目線だけをこちらに向けてくる。

 私はそれに向け、笑みを浮かべた。


「探偵の仕事。仕方ないから手伝ってあげる」


 私の言葉に、眉間に皺が寄る。


「何ぬかしてやがる。タダで置いてやるわけねぇだろ」


 相変わらずの口調だけど、始めほど癇に障ることはない。

 こういう人だと思えばいいんだよね。


 だけど、私は何でも言う事聞く、いい子ちゃんじゃないから。


 私はニッと微笑む。


「じゃあ、これからよろしくね、律」


 言った瞬間、律が私の方へ顔を向けた。その顔は驚いている。何だか反撃できた気分だ。


「おまっ。何で呼び捨てなんだよ!」

「いいじゃん。これから一緒にやっていくのに、畏まってちゃやりづらいでしょ?」


 私の言葉に、律はグッと悔しそうな顔をする。


「勝手にしろ!」


 言い捨てるように言って、律は歩みを早めた。

 そんな律に、笑いが込み上げて、私はケラケラと笑った。





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