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椿堂物語《完結》  作者: アレン
二章 傷跡とペンダント
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 律さんは、基本一日中家にいる。

 大体は、あのソファーのある部屋に。多分あそこが探偵事務所の部屋になっているんだろう。そこで、ただ座っていたり、ソファーで寝転んでいたりする。


「あの人、本当に探偵なのか?」


 私は隠れて律さんを観察しながら、そう呟いた。

 あの人が探偵らしいことをしている所を、まだ見たことがない。美枝子さんは、ここは探偵事務所だって言ってたけど、どうも信じられないんだよなぁ。


「おい」


 いきなり声をかけられ、私はビクリとする。律さんは、真っ直ぐ私の方に目を向けていた。


「な、なんですか?」


 気づかれていたことに驚いたが、それを悟られないよう平静を装って、私は部屋の中に入った。


「お前、暇だな」


 決めつけた言い方。確かに、今は言われたこと全部終わって、暇ではあるけど、なんだか言い方にムッとした。


「まぁ」


 少し不機嫌気味に返事をする。律さんは、それに何も反応せず、机から手紙を取り出した。


「これを届けてこい。場所は紙に書いてるから」


 差し出された手紙を受け取る。一緒に紙もあって、そこには簡単な地図が書いてあった。ここから二つ向こうの通りにある家が、目的の場所らしい。


「さっさと行ってこい。あと、中見るなよ」

「見ないわよ!」


 律さんの言葉に、思わず敬語を忘れてしまった。

 私はパッと口を押える。律さんを見るが、彼は特に気にした様子もない。

 素の言葉遣いが出てしまったことが恥ずかしくて、私はそそくさと部屋を後にした。



「えーと。この通りだよね」


 地図を見ながら、目的地を目指す。地図は、分かりやすく書かれていて、なんだかムカついた。


 通りを入って、二つ目の角を右に。三つ目の家が目的の場所だ。


「うわぁ。大っきい家」


 目の前の家は、まるで外国にある家みたいだ。私が住んでた家より、一回りくらい大きいんじゃないだろうか。

 私は、呼び鈴を恐る恐る鳴らした。

 ドキドキしながら待っていると、扉が開いた。


「いらっしゃい」


 笑顔で出てきた女性は、少し髪が白くなっているが、表情はとても若々しい。声も笑みも優しげだ。


「あの。私、手紙を届けに来たんですけど」

「あら。ありがとう」


 そう言いながら、女性は手紙を受け取り、中身を取り出した。そして、手紙に目を通すと、何故かクスクスと笑い始める。


「なるほど。そういう事ね」


 そう呟くと、女性は私に向けて微笑む。


「疲れたでしょ? さぁ、中へどうぞ」


 女性は、私の手を引いて中へ入って行く。止める間もない動作に、私はそのまま女性について行った。

 手を引かれ、連れていかれたのは、煖炉のある明るい部屋。置いてあるテーブルには、お茶が既に用意されていて、女性は私用のカップを持ってきた。


「紅茶はお好き? クッキーも用意してるのよ」

「え、でも……」


 ここまで来てしまったが、帰らなくても大丈夫なんだろうか。律さんには、手紙を渡してこいって言われただけなのに。遅くなったら、怒られるんじゃないだろうか。

 と悩んでいると、女性は微笑みを浮かべた。


「心配しなくても大丈夫。律君も、私の所へ来て、すぐに帰ってくるとは思ってないだろうから」


 そうなのか? じゃあ、ゆっくりしていってもいい、のかな。


 納得した私に、女性は紅茶を入れて、渡してくれた。


「自己紹介がまだね。初めまして。三井十和子(みついとわこ)よ。あの事務所の建物の、支配人をしているの」

「は、初めまして。葉月と申します」

「やだぁ、そんなに畏まらなくていいのよ。葉月ちゃんって呼んでいいかしら。私も下の名前で呼んでね」

「は、はい。十和子さん」


 十和子さんはクスクスと笑う。

 とても明るくて、人懐っこい人だ。なんだか温かくて、くすぐったい。


「葉月ちゃんは、探偵事務所で働いているの?」

「いえ。ちょっと、律さんに助けて頂いて」

「へぇ、律君が。詳しく聞いてもいいかしら?」


 その質問には、少し答えに迷う。

 一体どこまで話したらいいのだろうか。父様のことは、話さない方がいいよね。


「えっと。少し、家で色々ありまして。家を出て、この辺りを歩いていたら、男達に絡まれてしまって。そこを律さんに助けてもらったんです」


 結局、律さんに助けてもらった時の事だけ、簡単に説明した。

 十和子さんは、少し驚いたように目を丸くしている。


「律君が、男達から助けてくれたのね」

「あの。そんなに意外なんですか? 律さんが助けたってことは」


 確か、美枝子さんも驚いてた。


「律君は、あまり人と深く関わるような人ではないのよ。だけど一度関わると、放っておけないみたいで、何だかんだ色々助けてくれるんだけどね」


 そう言いながら、十和子さんはさっき渡した手紙を取り出した。


「今回だって、葉月ちゃんにゆっくりしてもらいたくて、私の所に来させたのよ」


 見せられた手紙は、何も書かれていない真っ白な物だった。

 だから中を見るなって言ってたんだ。


「でも、なんで……」

「フフフ。律君って、素直じゃないのよ」


 そう言って、十和子さんは面白そうにケラケラ笑う。


 本当にそうなら、律さんは相当素直じゃない。だけど、そんな彼の考えを、白紙の紙だけで分かってしまうなんて。


「よく知ってるんですね。あの人のこと」


 聞くと、十和子さんはニコッと微笑んだ。


「そりゃあ、長い付き合いだからね。もう四十年近くになるかしら」

「よ、四十年?!」


 うそっ、アイツってそんな年寄りだったの?! 見た目は私とそう変わらないのに。もしかして若作り……にしては若すぎるし。


「えっと、律さんって一体いくつなんですか?」


 恐る恐る聞くと、十和子さんはクスっと笑う。


「葉月ちゃんが思ってることは分かるわ。律君は、見た通りの年齢であり、そうではないの」


 どういう意味だ?

 分からなくて首を傾げると、十和子はテーブルの上に置いていた私の手を握った。


「今は分からないかもしれない。でも、このままあなたがあの事務所にいるのなら、いつか必ず分かるわ」


 そう言って、強く私の手を握りしめる。


「あんな、意地っ張りで素直じゃないけど、いい子なの。だから、貴方さえよければ、もう少し付き合ってあげて」


 アイツがいい子。思い出してみると、少し優しい所もあるのかな、って思う時もある。そう思わない時の方が多いけど。

 だけど、私は律さんと過ごしてから、そう時間は経っていない。なら、決めつけるのは早いのかな。


 そう思い、私は十和子さんに向けて頷いた。



「何かあったら何でも相談してね。いつでも待ってるから」


 そう言う十和子さんに笑みを向けながら、私は家を後にした。

 辺りはもう夕暮れ時で、随分長い間話し込んでいたみたいだ。

 流石に早く帰った方がいいよね。そう思い、私は足を早めた。


「おい」


 肩を掴まれ、私は振り返った。一瞬律さんかと思ったけど、居たのは男三人。この人達、見覚えが……


「また会ったな」


 そうニヤリと笑った顔に、ハッと思い出した。コイツら、私を襲ってきた男達だ。

 気づいて、私は逃げようと肩の手を振り払った。が、すぐに他の男達が腕を掴んでくる。


「おいおい、その反応はねぇだろ。せっかくまた会えたんだから、ちょっと付き合ってくれよ」

「嫌よ! なんでアンタ達何かと。離して!」

「今日はあの男は居ないみたいだな」


 そう言葉を聞いた瞬間、お腹に強い痛みを感じた。

 殴られた、そう気づいた時には、もう意識が途切れる寸前だった。


 意識を失う瞬間。何故か律さんの顔が浮かんだ。

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