十二
カムイがこちらに近づいてくる。
「サテ、誰カラ殺ソウカ。烏ヲ先ニ殺スカ…… イヤ、女狐ノ悲鳴ヲ聞クノモ面白ソウダ。ダガ、ガキモ捨テ難イシ……」
そう言いながら舌舐りをする。そして、ニヤリと笑う。
「ソウカ。烏ト女狐ヲ半殺シニシテ、ガキヲ殺ソウ。ソウスレバ、ガキノ叫ビト烏ト女狐ノ表情ヲ楽シムコトガ出来ルナ」
ゾワリと背筋が凍る。怖くていっそう強く律兄ちゃんの手を握った。
目の前の蓮司兄ちゃんと千恵姉ちゃんもゴクリと唾を飲み込んだ。
「千恵、お前律と太一を抱えて逃げられるか?」
「そんな遠くは無理だけど、ここから離れるくらいなら出来るわ」
「なら、カムイは俺が相手する。隙を見て逃げろ」
「ちょっと待って。それじゃあ蓮司兄ちゃんが危ないよ」
蓮司兄ちゃんと千恵姉ちゃんの視線がこちらに向く。
二人の会話は、蓮司兄ちゃんを囮にして僕らを生かそう、というものだ。そんなことしたら、蓮司兄ちゃんの命が危ないのに。
駄目だ、という気持ちを込めて首を振る。そんな僕に蓮司兄ちゃんはフッと笑い、頭を撫でてきた。
「心配するな。死ぬ前にはトンズラするから。後で合流して、ちゃんと作戦を練ろうぜ」
いつもと同じように歯を見せて笑う。だけど、それはよく葉月姉ちゃんがする笑みと似ている。危険なところへ1人で行こうとする時にする笑みに。
蓮司兄ちゃんは前を向くと、千恵姉ちゃんの肩を叩く。
「任せたぞ」
「うん」
兄ちゃんの言葉に、千恵姉ちゃんは強く頷いた。
そして兄ちゃんは部屋から庭へ下り、カムイの目の前に立つ。
「話ハツイタカ?」
「なんだ、待っててくれたのか? 優しいところもあるんだな」
皮肉を言った蓮司兄ちゃんに、カムイはフッと笑う。
「イヤ? オ前ラガ何ヲシヨウト、結果ハ変ワラナイカラナ。ダガ、ドウセナラ足掻イテクレタホウガ殺ス時ニ楽シイ、トイウダケノコトダ」
「へっ。趣味悪ぃな」
腰を落として警戒する蓮司兄ちゃんに、カムイは口元を歪めながら刀を振り上げる。
「オ前トハ趣味ガ合ワンヨウダナ。マァ
セイゼイ足掻イテ私ヲ楽シマセロヨ!」
そう言いながら地面を蹴って蓮司兄ちゃんへ飛びかかる。
兄ちゃんの首筋めがけて刃が落ちる。
放物線を描き襲いかかるそれを、兄ちゃんは素手で防ぐ。
刃は兄ちゃんの腕に触れていたが、その腕は黒い羽が浮き上がっていて、硬く固まったそれで防がれていた。
攻撃が防がれたと気づいたカムイは、少し驚いたように目を動かしたが、すぐにニヤリと頬を歪め、後退する。
「妖気ヲ纏ワセタ羽カ。ナカナカ面白イコトヲスル。ナラ、コウイウノハドウダ?」
そう言いながら刀を挙げた。挙げられた刀は禍々しい黒い何かを纏い始める。
多分、兄ちゃんがしたように刀に妖気を纏わせたのだろう。
「少シ表情ガ硬クナッタゾ? 恐怖ヲ感ジテイルノカ?」
蓮司兄ちゃんを見ながらカムイが言う。兄ちゃんを見ると、少し見える頬に汗が流れている。
二人の戦いに見入っていると、ポンッと肩を叩かれた。
ハッとして横を見ると、千恵姉ちゃんが僕を見ていた。
「カムイが蓮司に攻撃した瞬間逃げるわよ」
「え?」
千恵姉ちゃんの言葉に耳を疑った。
だってそれは……
「蓮司兄ちゃんを見捨てるの?」
僕でも今のカムイの攻撃を受けたら無事では済まないということは分かる。
そんな状態なのに、逃げるなんて。
千恵姉ちゃんは僕を見つめ、グッと唇を噛んだ。苦しそうな表情の姉ちゃんに、僕はハッとした。
そうだ。僕が考えること、姉ちゃんが考えないわけないんだ。
それに、姉ちゃんにとって兄ちゃんは幼馴染で婚約者。大切な人だ。
そんな人が危険なのに、さっき言ってたように僕らを逃がそうとしてくれている。
目をギュッと瞑り、頭の中にグチャグチャ浮かんでいる考えを振り払う。そして、目を開け、姉ちゃんの手を握った。
「うん。分かった」
逃げる隙を見逃さないようにカムイと蓮司兄ちゃんの方を見つめる。
そんな僕に、千恵姉ちゃんは強く手を握り返してきた。
カムイはゆっくりと蓮司兄ちゃんへ近づく。その表情は、兄ちゃんの反応を楽しんでいるようだった。
「私ノ妖気トオ前ノ妖気、ドチラガ強イノダロウナ」
蓮司兄ちゃんは両腕を変化させ、防ごうと構える。
カムイは口元を歪め、刀を兄ちゃんへと振り下ろす。
「ッッ!!」
苦痛の声がする。
ジャリジャリと音を立てながら後ろへ下がっていく。
苦しげな表情を浮かべながら、胸元を掴む。
「ナ、ナン、ダ……!!」
苦しげに叫ぶ。
何故か、カムイが。
「な、なに?」
目の前で起きていることが信じられず、僕らは唖然とした。
なんでカムイが苦しんでいるんだ? 蓮司兄ちゃんを斬ろうとしていたはずなのに。
蓮司兄ちゃんを見ると、兄ちゃんも訳が分からないのか、構えたままカムイを見ていた。
待て、落ち着くんだ。ずっと二人を見てたんだから、何が起きたのかは見ていたはずなんだ。
カムイは、蓮司兄ちゃんに妖気のこもった刀を振り下ろした。
それは、また蓮司兄ちゃんの首筋を狙っていて、兄ちゃんは同じように防ごうとしていた。
だけど、刃が届く前にカムイの動きが止まったんだ。
そして、カムイが苦しみ始めた。
一体カムイに何があったんだ? なんでいきなり苦しみだしたんだ?
カムイの方を見ると、息を荒らげ悶え苦しんでいる。
「グッ…… ク、ソ!! ナンナンダ、一体。グ、グァァァ!!」
いっそう苦しみだしたカムイ。すると、体から黒い靄が溢れ出てきた。
禍々しい靄は、ずっと感じているカムイの気配を放っている。ということは、漏れ出ているのはカムイ?
「カムイが葉月の体から離れそうになってるの……?」
千恵姉ちゃんがボソリと呟いた言葉は、僕が浮かんだことを言葉にしてくれたものだった。
カムイが葉月姉ちゃんから離れそうになっている。だけどなんでいきなり。
訳が分からなくて頭が追いつかない。
律兄ちゃんの手を握る力が強くなる。
と、微かに手を握られる感覚がした。
バッと律兄ちゃんを見る。
もう1度握られる感覚がして、閉じられていた兄ちゃんの瞼がゆっくりと開かれた。




