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椿堂物語《完結》  作者: アレン
最終章 終わりと約束
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 いつも笑顔で明るくて温かくて、僕なんかを家族だって言ってくれる大好きな葉月姉ちゃん。

 だから、今目の前にいる人は絶対に姉ちゃんじゃない。

 だって姉ちゃんはこんな掠れた声じゃない。こんな寒気のする嫌な笑い方なんてしない!


 姉ちゃんの手元を見ると、黒く汚れた刀が握られている。

 まさかあれって神宿刀なんじゃ。じゃあ、今姉ちゃんはカムイに取り憑かれているの?



 カムイは僕らを舐めるように見て、ニヤリと口角を上げる。


「烏ガ2羽ニ狐ガ1匹。ソレト人間ガ2匹カ。マサカコンナ上等ナ餌場ニ辿リ着ケルトハナ」


 そう言いながら懐から黒い羽を取り出した。光を反射し輝くそれがただの羽ではないということは、見るだけ感じる。


「あれは……」


 蓮司兄ちゃんは微かに呟き、爺やさんを睨みつけた。


「どういう事だ爺や。あれはお前の羽だな? お前、葉月ちゃんが何をしようとしていたのか知ってたのか?」


 怒りを見せる兄ちゃんに対して、爺やさんは何も反応せずただカムイをじっと見つめている。そんな爺やさんに、兄ちゃんのイライラはさらに増す。


「おい、じい──」

「ハハハハッ」


 兄ちゃんの声と重なって笑い声がする。カムイを見ると、可笑しそうにケラケラと笑っていた。


「アァ滑稽ダ滑稽ダ。コノ羽ソコノ烏ノ羽カ。ナラバオ主ラ、ソノ烏トコノ娘ニ売ラレタノダナ」

「な、何を」

「ソウダロウ? コノヨウナ強イ妖気ヲ放ツモノヲ懐ニ隠シテオクナド、仲間ノ居場所ヲ教エルヨウナモノダ」

「くっ」


 蓮司兄ちゃんはカムイから顔を逸らして眉をひそめ、千恵姉ちゃんは辛そうに顔が歪む。

 確かに、爺やさんの羽を持っていたら、爺やさんの居場所をカムイに知らせることになってしまうのに、どうして姉ちゃんは持っていただろう。



 もしかして、カムイの言う通り葉月姉ちゃんは僕らを……



 思わず浮かんでしまった考えを首を振って振り払う。


「馬鹿なこと言うな。姉ちゃんはそんなことをする人じゃない!」


 何を考えてしまったんだ。姉ちゃんが僕らを売るなんて絶対にしないってことは、考えなくても分かるだろう。絶対に何か理由があるはずだ。


 僕は精一杯カムイを睨みつけた。

 カムイは少し驚いたように目を丸くする。


「ホゥ。言ウナ小僧」


 視線を向けられビクリと震える。

 足が後ろへ下がりそうになった時、ポンと背を叩かれた。振り返って見上げると、笑う蓮司兄ちゃんと目が合う。


「そうだな。葉月ちゃんは俺達を裏切ったりなんか絶対にしねぇよな」

「そうね。葉月はそんな子じゃないわ」


 千恵姉ちゃんも微笑みながら僕の肩に触れた。

 僕は二人を見て強く頷き、もう一度カムイを睨みつけた。

 カムイは僕らを見て、目元を歪めてニヤリと笑う。


「オ主ラコノ娘ヲ相当信頼シテイルノダナ。アァ、良イ、良イゾ。ソンナ娘ノ手デ殺サレル時、オ主ラハサゾカシ良イ顔ヲスルノダロウナ」


 ゾクリと寒気が走る。

 狂気に満ちた笑みは、まるで遊びたくてしかたない子供みたいだ。


「イヤ、ダガ若干一名同ジ考エデハナイ者モイルヨウダナ」


 カムイの言葉で、律兄ちゃんが今までなんの反応もしていないことに気づく。律兄ちゃんにとってもカムイは敵だから、何か反応してもおかしくないのに。

 振り返ってみると、兄ちゃんは俯いている。表情は見えない。だけど、嫌な予感がする。


「律にい」


 声をかけようとすると、兄ちゃんが前へ歩き出した。

 無言の威圧を感じ、僕らは左右に分かれて道を開ける。

 兄ちゃんが横を通り過ぎた時、一瞬顔が見えた。目は伏せていたけど、口元は不敵な笑みを浮かべていた。



 行かせちゃ駄目だ。



「律兄ちゃんっ」


 引き止めようと手を伸ばした手は服の裾を掠める。


 駄目だ。このままじゃ兄ちゃんがどこかへ行ってしまう。

 恐怖が湧き出していく。兄ちゃんを追いかけるため立ち上がろうと腰を浮かせる。だけど、千恵姉ちゃんに後から抱き締められて止められてしまう。


「だめ……」


 姉ちゃんを見ると、真っ青な顔で首を振った。手が微かに震えている。

 そして、自分自身の手も震えていることに気づく。


「確かにそうだな」


 律兄ちゃんが喋り出す。声はとても落ち着いていて、だけどそれが逆に怖い。


「俺は今こいつらとは違う感情を抱いてる」

「ホゥ。コノ娘ニ裏切ラレタ怒リカ? ソレトモ絶望カ?」

「いや……」


 兄ちゃんが刀を取り出し抜く。同時に体が変化していくけど、いつもと違う。

 禍々しくて重い空気が体にまとわりついてくる。刀を抜いた後の兄ちゃんを怖いなんて思ったことがなかったのに、今は怖くて怖くて体が竦んでいる。


「感謝してんだ。お前を俺の元に連れてきてくれたんだ。やっとお前を切り刻める」


 兄ちゃんがカムイに斬りかかった。弧を描き向かってきた刃を、カムイは表情を崩すことなく刀で受け止める。刃と刃のぶつかる甲高い音が鳴り響く。


「律のやつ、本気じゃねぇか」


 蓮司兄ちゃんが呟いた。

 今の律兄ちゃんの攻撃、僕から見ても本気だと分かるものだった。相手が仇のカムイとはいえ、体は葉月姉ちゃんなのに。


 鍔迫り合いの状態の中、カムイは兄ちゃんをマジマジと見つめ、何かを思い出したように目を少し動かした。


「オ前、ドコカデ見タコトガアルト思ッタガ、昔会ッタコトガアルナ。確カ、私ニ歯向カウヨウナ目ヲ向ケテキタ珍シイ人間ダッタハズ。ダガ何故鬼ノ姿ヲシテイル? 先程マデハ人間ダッタノニ、刀ヲ抜イタ瞬間、鬼ノニオイガ混ジリダシタガ……」


 そう言って少し考える様な表情を浮かべ、カムイは嬉しそうに口元を上げた。


「アァソウカソウカ。私ニ対スル復讐心ガ鬼ヲ生ミ出シタカ。ソレトモ、オ前ノ女ヲ贄ニシタ者共デモ斬リ殺シタカ?」


 カムイが高笑いをしながら兄ちゃんを跳ね返した。兄ちゃんは少し体勢を崩しその場に跪く。


「アァ、アァ!! 本当ニ良イ! オ前ハアノ時カラズット私ヲ憎ミ、殺ソウト生キテイタノカ。憎悪ノ鬼ヲ飼イナガラ、仇ヲ討ツタメダケニ生キテキタノカ?! ソンナオ前ヲ今カラ斬リ殺セル…… 今私ガドレホド興奮シテイルカオ前ニハ分カルダロウ!!」


 歓喜に震えながら叫ぶカムイ。


「狂ってる……」


 誰かが呟いた。

 その場の全員がカムイの狂気に身を奪われる。ただ一人を除いて。


「そうだな。あの時はその場全てのものが憎かった」


 律兄ちゃんが立ち上がる。そして刀を構え直し、カムイへと対峙する。


「だが、今ノ俺はお前を切リ刻ムコトダケガ目的ダ。心配シナクテモ、存分ニ斬リ殺シテヤル」


 そうしてまたカムイへ斬りかかる。

 カムイは笑いながら兄ちゃんの攻撃を弾き返した。その瞬間、兄ちゃんが後ろへと弾き飛ばされた。その衝撃はこちらまで届く。

 兄ちゃんは家の方へと飛ばされてしまった。


「兄ちゃん!!」

「あ、まって太一!」


 千恵の静止を振り切り家へと走る。方向的には中庭の方だ。


 家の中に入らず直接庭へ行くため角を曲がった。飛び出した瞬間、ピタリと足が止まった。いや、体が固まった。


 律兄ちゃんは丁度立ち上がったところで、初めて真正面から兄ちゃんを見る。

 痛むのか眉を歪めている。だけど、口元だけは不敵に歪んでいた。その姿は、まさしく鬼。狂気に満ちた鬼だ。



 兄ちゃんがこうなってしまうことは、姉ちゃんの計画のうちなの?

 一体姉ちゃんは僕らに何を託したの?


 僕の知らない律兄ちゃんを見つめながら、後に感じる恐怖に身が震えた。

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