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椿堂物語《完結》  作者: アレン
二章 傷跡とペンダント
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***************


 家の扉を開く。


『ただ今戻りました』


 そう言いながら中に入ると、玄関ホールに誰かが立っていた。光の具合で、影になって姿はよく見えない。だけど、誰かはすぐに分かった。


『父様!』


 私は父様の方へ向かった。


『どうしたの? 今日は部下の人を指導するからって、遅いんじゃなかったっけ』


 近寄っていくが、父様はピクリとも動かない。

 なんだか、様子がおかしい気がする。そう思い、私は途中で立ち止まった。


『父様?』


 父様はやっと反応し、一歩前に出た。

 影がなくなり、父様の姿がよく見えるようになる。


『ねぇ、どうした……っ?!』


 見えた父様の姿に、私は目を疑った。

 服と頬に、ベッタリと赤い物が着いている。目線を下ろすと、同じように赤く染まった刀が見えた。これは……血?


『オマ……エ』


 聞こえた声は、父様の声とはかけ離れたものだった。ニヤリと歪めた顔も、父様のものではない。


 逃げなきゃ。


 そう本能的に思い、走ろうと体を動かそうとした。

 だけど、父様が一気に近づいてきて、私の首を掴んだ。私は倒れ、父様はそのまま首を絞め始めた。


『とう、さまっ』


 苦しい。息ができない。

 逃げようと体を動かそうとするけど、何故か指一本も動かせない。

 段々と視界が霞んでいく。


『ヤット見ツケタゾ』


 父様はそう言い、笑った。

 その時、父様の背に何か異様な者が見えた気がした。



***************



「父様やめてっ!!」


 叫びながら飛び起き、荒い息を吐き出す。

 しばらくそうして、ふと畳の匂いがした。周りを見ると、父様の姿はない。


 ここは……


「起きたか」


 誰かの声に、私はバッと顔を向ける。

 襖を開き、男の人が部屋に入ってきた。彼はそのまま、私の元に近づいてくる。


「お前、三日寝てたんだぞ」


 そう言いながら座った。

 私は彼のことをジッと見る。真っ赤な髪、そこそこ整った顔立ち。見覚えのない人だ。もし会ったことあるなら、絶対に忘れない位の特徴のある人だもの。


「あの……」


 声を出すと、かすれて聞き取りずらいものだった。だけど、彼はちゃんと聞こえたらしく、私には目を向けた。


「あなたは?」

「律だ。路地裏でお前を拾ったんだが、覚えてないのか?」


 路地裏……


 記憶の糸を辿る。そして、差し出された手をとったことを思い出す。


「あぁ」

「で、お前は?」

「私は葉月です。助けて頂きありがとうございます」


 頭を下げると、律さんは私のことを探るような目を向けた。


「お前、家出娘か?」

「い、え……」

「なら、何故あんな所で男に絡まれてた」


 私は口をつぐむ。

 言いたくない。助けてもらったとはいえ、この人は何も知らないんだもの。

 そんな私に、律さんはため息をついた。


「ま、いいだろう」


 律さんは立ち上がった。私は顔を上げてそれを見る。


「もう少し休んでろ」


 そう言って部屋を出て行った。

 静かになった部屋の中で、私は大きく息を吐く。


 私、助けられたんだ。


 首に手をやり、さっきの夢を思い出す。

 夢、なら良かったんだけどな。私がこんな所にいるってことは、あれはやっぱり現実だった。

 私は寝転び、布団を顔の隠れるまで上げる。

 いっそ、夢なら良かったのに。

 涙が頬を伝った。




***************


 起きると、部屋は少し暗くなっていた。

 体を起こし、私は部屋の襖を開く。そうすると、夕日に染まった庭が目に入った。庭には、椿の花が咲いていた。

 私は、それを横目に見つつ、縁側を歩く。ギシギシとなる廊下は、とても静かだ。


 進んで行って、明かりの漏れている部屋を見つけた。私はその戸をゆっくりと開く。

 中を覗くと広めの部屋で、真ん中にはソファーと机、その向こうに書斎にあるような机と椅子があった。


「おい」


 後ろからいきなり声がして、ビクリと体を震わせる。振り返ると、律さんがいた。


「あ、あの」

「入れ」


 そう言って部屋に入ってく。私も、恐る恐るそれに続いた。

 律さんは黙ったまま、奥の椅子に腰を下ろす。どうしようかと思ったけど、ソファーに座ることにした。


「お前、近藤克彦の娘か?」


 言葉に、私は目を見開いた。律さんを見ると、静かな瞳と目が合う。


「な、んで」

「仕事柄、噂は耳に入ってくんだ。しかもあれだけ大事(おおごと)なら、なおさら」


 ギュッと手を握る。そんな私を気にせず、律さんは話を続けた。


「近藤克彦。半年前、部下と自分の家の者を殺し、自殺した。動機は未だ不明。何か恨みでもあったんじゃないか、と言われてるけどな」

「父様はそんな人じゃない!!」


 叫んだ私を、律さんはジッと見つめてきた。まるで私の次の言葉を待っているよう。


「と、父様は、誰かを恨んで殺したりするような人じゃない。優しくて、とても、立派な人で……」


 話しながら、私の体は震えていた。

 吐き出した言葉は、自分に言い聞かせているもの。頭の中では、あの時の情景が思い出されていた。


 首を絞められ、気を失った。そして、気がついて、父様を探そうと家の中をさ迷った。

 その時、何人もの倒れている人を見た。みんな血を流して、見えた顔は生気がない。死んでいる、それだけしかあの時の私には分からなかった。

 そして、父様の書斎で、首を切って倒れている父様を見た。


 ギュッと自分の体を抱きしめる。


「お前はどう思ってんだ?」


 私は顔を上げる。律さんの言葉の意味が分からなかった。


「私……?」

「噂は噂だ。お前自身は、自分の父親が自分を殺すような奴だと思ってんのか?」


 ハッとした。心にあったモヤモヤとしたものが一気に晴れる。

 そう、あんなの父様じゃなかった。あの時の父様は、いつもと違っていた。まるで誰かに操られているようだったもの。


「違う。父様はあんなことする人じゃない」


 私は真っ直ぐと律さんを見つめた。

 その私に、律さんはフッと笑った。


「お前の首の痣。そこに妖怪の気配が残ってんだ」

「は?」


 いきなり言い出した言葉に、私は首を傾げる。

 妖怪? 何を言ってるんだ?


「父親は妖怪に取り憑かれてた可能性がある」


 そう自信たっぷりに言う律さん。

 えぇーと……


「あの、妖怪なんて、いるわけないじゃないですか」

「あぁ?」


 恐る恐る言った私に、律さんは睨みを向けてきた。


「お前、父親は人殺しするような奴じゃないって思ってんだろ?」

「そうです。だけど、妖怪になんて……」

「じゃあ、それ以外で狂う理由があるのか?」


 私は黙り込む。

 父様がどうしてあんなことしたのかは、分からない。だけど、妖怪の仕業なんてあまりにも信じられない。


「信じられません」


 律さんはイライラした風にため息をついた。


「お前。父親はまともな奴だと言うくせに、妖怪は否定するのかよ」

「だって……」


 自分でも矛盾してるって思ってる。だけど、どちらもそう思うんだから、仕方ないじゃないか。


「まぁいい。それは一先ず置いといて、だ」


 律さんは立ち上がり、私を見下ろすように見る。なんだかすごく偉そうだ。


「三日世話してやったんだ。その分働いてもらうぞ」

「は?」


 思わず声が出る。

 いや、まぁお世話になったんだから、何かお礼しないといけないけど。


「なんでそんな偉そうなのよ」

「何か言ったか?」


 思わず零れた愚痴に、律さんはニヤリと口元を上げ、睨んできた。


「さぁ、何をしてもらおうか。こき使うから覚悟しとけよ」


 律さんは楽しそうに笑う。

 私、もしかしたらやばい人に助けられちゃった、のか?





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