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椿堂物語《完結》  作者: アレン
最終章 終わりと約束
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 次の日私はまた中島さんを訪ね、もう1度資料を見せてもらえないかとお願いした。


「本当に大丈夫? 無理してない?」


 事件の資料を持ってきてくれた中島さんが、心配そうな顔をしながら資料を渡してくれる。


「はい。もう大丈夫です」


 ニコッと笑いながら受け取り、机に置く。表紙を捲ろうとすると、指が微かに震えていた。だけど、心は前ほど恐怖に包まれてはいない。

 息を吐き、表紙を捲る。



 一年前。陸軍少尉近藤克彦は軍司令部の訓練場において、刀を用いて部下を死傷。その後自宅にて使用人と娘を死傷させた。容疑者は犯行後、自宅の書斎で首を吊って自殺した。


「部下の証言によれば、近藤さんは事件を起こしたあと忽然と姿を消したらしいんだ。そして自宅での事件が」

「この凶器が刀っていうのは? 凶器は発見されなかったって書いてあるよね」

「部下の証言だよ。あと、付けられた傷が刀傷だったんだ」


 確かに、父様は刀を持っていた。あの刀が無くなったってことは、あれがカムイの宿っていた神宿刀だったということか。


「改めて見ると、すごく不思議な事件だよね」

「え?」


 資料を眺めながら、中島さんは神妙な顔をする。


「まぁ、変な事件ではありますよね。今でも父様があんなことしたって、信じられないもの……」


 カムイのせいだったとはいえ、世間的にも部下の人達にとっては父様がやったとされているんだから。


「あ、ごめん! 違うんだ。そうじゃなくてさ。この事件が起きた頃、同じような事件が多発していたんだ」

「え?」


 初耳だ。そんな事件があったなんて聞いたことないけど。


「同じような事件って? そんな大きな事件あったっけ?」

「いや。こんな大きな事件じゃないよ。数件刀を使った辻斬りが発生していたんだ。そして、全て凶器は発見されていない」

「刀での辻斬り、か」


 しかも刀は見つかっていない。つまり、その事件で使われた刀も神宿刀だった、と考えてもいいだろう。


「ねぇその辻斬りの犯人は捕まったの?」

「いや、全員死亡している。自分で首を切ったそうだよ」

「そう……」


 やっぱり。カムイの手段と一致する。あいつは憑代とした人が限界と知ると、相手を殺して憑依を解くのだ。ゆりさんの時もそうだったし。


「ねぇ、最近似たような事件は起きてない? 刀を使ったとか、凶器が見つかないとか」

「あ、そういえば。あったよ似たような事件!」

「本当?!」

「うん。近くで何件かね。そんな大きなものじゃないけど、凶器が見つかってない不思議な事件なんだ」

「それ、どこで起きたのか分かる?」

「分かるよ。ちょっと待ってね」



 中島さんと別れた帰り道。まだ日は暮れて居なくて、通りには多くの人が歩いている。

 今日は早く帰れそうだから、夕飯作ろう。昨日一杯励ましてもらったから、豪華なご飯作ってあげよう。


「あら、葉月ちゃん」


 肩を叩かれ振り向く。


「あ、十和子さん」

「どうしたのこんなところで?」

「ちょっとこっちに用事があって。十和子さんこそ珍しいですね」


 この辺りは、十和子さんの家からは随分遠い場所なんだけど。


「今から別荘へ行こうと思っていたの。そうだ、時間があるならお茶しない? 丁度いい茶葉を頂いたのよ」


 ニコッと笑いながら鞄を持ち上げる十和子さん。別荘っていうのは私の実家のこと。そっか、ここはあそこから近い。まぁ、今から帰っても時間が早いし、十和子さんとも話したいな。


「はい、もちろん」



 屋敷について、私は目を丸くして驚いた。


「うわぁ。すごく綺麗になってる」


 荒れ放題だった庭は綺麗に整備され、くすんでしまっていた外装も塗り直されていた。


「ちょっとずつ手を加えてたの。どうかしら?」

「びっくりしました。完全に元通りです」

「良かった。ちょっと私の趣味も入れてるから、葉月ちゃんのお気に召さなかったらどうしようかと思ってたのよ」

「そんな。完璧ですよ」


 記憶の中の家が戻ってきたようで、涙が出そうになった。


「あ、そうだわ。葉月ちゃんに見せないといけない場所がもう一つあるの」


 パンッと手を合わせた十和子さんは、私の手を引いて庭の奥へ向かった。


「あ……」


 連れられて来たのは、私の花園だった場所。この前来た時は荒れ放題だったそこが完全に元通りになっている。


「ここね、律くんが元に戻したのよ」

「え」

「最近一人で来てたの。葉月ちゃんには内緒にしろって言われたから、話したこと秘密にしておいてね」


 律がここを元通りにしてくれた。前に一緒に来ないかと言った時、嫌がっている様だったのに。


 耐えていた涙が溢れ、その場に座り込む。そんな私の背を十和子さんが優しく撫でてくれた。


「律くんはきっと大丈夫よ。元気になったら、みんなでここでお茶を飲みましょう」


 十和子さんの言葉に、私は何度も頷いた。


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