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椿堂物語《完結》  作者: アレン
最終章 終わりと約束
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 話し合いの結果、蓮司と千恵、爺やさんは烏の里へ行き、律の鬼を刀に封印した蓮司のお父様に話を聞きに行くことに。太一はお店と律のことを任せることになった。そして私は。



「おいあれ、近藤少尉の娘じゃ」

「あの凶悪犯のか? 何でまたこんな所に」

「さぁ。だが、関わらないほうがいい。父親があんなだったんだ。大人しそうに見えても、いつ暴れ出すか分からないからな」


 微かに聞こえる話し声と、痛いほど浴びせられる視線で気分が悪い。軍服を着た男性が私の前を通る度、皆二度見して父様の名前を口にする。


 父様は、良い意味で有名だった。人当たりが良く、芯の通った人で、上司にも部下にも好かれていた。幼い頃、何度か仕事場に行った時、父様は素晴らしい人だと沢山の人に言われた。

 だけど、今や父様は悪い意味で有名になってしまった。『部下と家族を殺した凶悪犯』その事件のことは大々的に報道されたし、そもそも父様のことを知る人が多かったため、噂は父様の良い印象をかき消してしまったのだ。


 本当はここに来るのは怖かった。今だって逃げ出したい。だけど、私はどうしても会わなければいけない人がいる。


「あれ、葉月ちゃん?! 何でこんなところに……」


 軍の司令部の前で座っていた私に気づき、こちらに走ってくる武藤さん。彼を待っていたんだ。


「すみません。連絡もせずにいきなり待ち伏せなんてしてしまって」

「いえ、それは構わないんですが、一体どうしたんですか?」

「少しお話を聞きたいんですけど、今からお時間大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。では場所を変えましょうか」

「はい」





***************




 武藤さんと共に近くにあった酒場に入る。夜のため、お客さんの数は多いけど、少しざわついた環境の方が今の私には丁度良い。


「ごめんね。近くに酒場しかなかったから。もう少しいい店があれば良かったんだけど」

「いえ、大丈夫です」


 注文していた料理が届き、武藤さんがお酒を持ってニッと笑う。


「さ、乾杯しようか。葉月ちゃんが訪ねてきてくれた記念に」

「プッ。何ですかその記念は」


 吹き出しながら私はお茶を持ち、カチンとコップを鳴らす。


「で、僕に聞きたい話っていうのは何かな? 機密事項以外なら何でも話すよ?」


 お酒を一口飲んだ武藤さんは、冗談交じりに言った。少し固くなっていた体から力が抜ける。


「父の事について聞きたいんです。あの時の事を」

「あの時のこと、ですか」


 武藤さんは少し寂しげな表情を浮かべながら、コップを置く。


「正直言って、僕にも一体何が起きたのか分からないんです。あの日は、いつものように訓練をしていたんですけど、近藤さんが少し気分が悪いと席を外したんです。皆心配はしたんですが、後から様子を見に行こうとなって、訓練続けてた。そうしたら、近藤さんが戻ってきたんです。調子が良くなったのか、と思ったのですが、駆けつけた1人をいきなり刀で切りつけ、そして次々と……」


 話しながら、武藤さんは左腕に触れた。前にあった時には吊っていたが、今は取れたみたいだけど、やっぱり思い出すと痛むのだろうか。


「そうですか。辛い記憶を思い出させてしまってごめんなさい」

「いえ、そんな事は。それよりも、葉月ちゃんこそ大丈夫ですか?」

「え?」


 武藤さんは心配げな目を私の手へと向けていた。見てみると、机の上で握っていた手が震えている。無意識に握り締めてしまっていたみたいだ。私は慌てて手を机の下に下ろし、笑った。


「だ、大丈夫です! えっと、事件が起こる前に何かおかしな事とかはなかったですか? 小さいことでもいいんですけど」

「そうですね……」


 顎に手をやり首を傾げた武藤さんは、「あ、そういえば」と何かを思い出した様に手を叩いた。


「あの日の朝、近藤さんが刀を拾ったと言ってたんです」

「刀、ですか?」


 その単語に、私は父様があの日刀を持っていたことを思い出した。


「来る途中の路地で見つけたらしくて、警察に持って行ったと言ってたんです。物騒な物を捨てるなぁ、と怒っていたんですよ。あれ、そういえば、あの時に近藤さんが使ったのも刀だったな……」

「そうですね」


 拾った奇妙な刀と、凶器となった刀。それに、父様の手帳に書いてあった『神宿刀』。恐らくこれらは無関係ではないだろう。

 確か鉄鼠がカムイは憑依するものがなく、刀に憑依していると言っていた。ということは、神宿刀はカムイが憑依している刀のことを指しているのでは?

 あの事件の時、警察が駆けつけて捜査した時には、凶器が見つからなかったみたいだから、カムイは憑代とした人間が死ぬと、また刀に憑依して姿を消しているんじゃ。律の記憶で見たゆりも、死んだ後に持ってたはずの刀が消えていたし……



「葉月ちゃん?」


 声をかけられ、ハッと我に返る。


「大丈夫かい?」

「あ、はい。すみません、ちょっと考え事をしてしまっていて」


 あははは、と誤魔化すように笑い、慌ててお茶を飲む。

 いけない。武藤さんが居るのに、考えに浸ってしまった。


「聞きたいことは全部聞けたかな?」

「は、はい! ありがとうございました」

「じゃあそろそろお開きにしようか。かなりいい時間だしね。送っていくよ」

「いえ大丈夫です。1人で帰れますよ」

「いやいや、こんな時間に女の子を1人では帰らせられないよ。それに、そんな事したら近藤さんに怒られてしまう。あの人は葉月ちゃんのこととなると、呪いにくる位のことはしそうだからね」


 そう言いながら笑う武藤さんに、父様ならしでかしそうだ、と思い私も笑った。




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