表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
椿堂物語《完結》  作者: アレン
七章 想いと社交界
43/72

「あら、律君じゃない」

「お久しぶりです」

「ほんとうに。よく十和子さんと来ていたのに、いきなり来なくなるんだもの。とても寂しかったのよ」

「アハハ、すみません」


 今私の隣にいるのは、本当に律なんだろうか。奥様相手に、爽やかな笑顔と丁寧な対応。まるで別人だ。


「あら、初めて見る子ね」

「あ、えっと」


 話題が私の方へ向き、返事をしようとしたけど、なんと言っていいのかパッと浮かばなかった。


「僕の所で働いてくれている葉月です。ほら、ご挨拶を」

「は、葉月と申します」


 ぺこりと頭を下げると、奥様は気分を害した様子もなく笑顔を向けてくれた。


「では、他の方にも挨拶をしなければいけないので、僕らはこれで」

「あら、残念ね。後でお話がしたいわ。大丈夫かしら?」

「ええ、是非」


 奥様に頭を下げながらその場を離れる。


「はぁ……」


 緊張が一気に解けてため息が出る。


「なに疲れてんだよ」

「イテッ。何するのよ」


 頭を叩かれたので律を睨むと、彼も私を睨み返す。


「お前はほとんど突っ立ってるだけだろうが。疲れる要素は全くないだろ」

「うっ。そ、そうだけど」


 全くその通りだから言い返せない。

 だって、こういう場で挨拶なんてしたことないんだもの。父様と来た時は、父様が私を紹介した時に頭を下げるくらいしかしなかったから。


「やぁ、律君じゃないか」


 男が声をかけてくる。すると、律はさっきまで私を睨んで悪態をついていたのが嘘のように、ニコッ笑みを浮かべて男の方に向いた。


「お久しぶりです。覚えていて頂けて光栄です」

「君みたいな好青年を忘れる方が難しいよ。最近の若者には、君のような者はなかなかいないからね」

「ありがとうございます」


 この変わりよう、詐欺すぎる。


「葉月ちゃん?」


 名前を呼ばれ、振り向く。


「あれ、中島さん」


 驚き顔で私を見る中島さんは、いつもより綺麗な制服に身を包み、髪もきちんと整えている。


「どうして中島さんがここに?」

「上司のお供で来てるんだ。だけど、上司とはぐれちゃってね。知らない人だらけですごく不安でさぁ。いやぁ、知り合いがいてほっとしたよー」


 笑う中島さん。こっちこそ、知り合いがいてほっとした。


「葉月ちゃんはどうして? 律君までいるし」

「私達は知り合いの代わりにね」

「おい」


 話していると、律が割り込んできた。さっきの男との話が終わったのか。


「ごめんね中島さん。私行かなきゃ」

「あ、ううん大丈夫だよ」


 手を振って中島さんと別れる。


「いや、お前は来なくていい」

「え?」


 律の言葉に、手を振る手が止まる。


「中島、どうせ今暇なんだろ?」

「暇ではあるけど」

「じゃあコイツの相手してやれ」

「ちょっ、ちょっと律?!」


 慌てて律の腕を引くと、律は私を見る。


「どうせいてもいなくても同じだろ」

「そ、それは……」


 確かに、律と一緒にいても飾りのように立っていることしかできないけど。


「邪魔にならねぇところで大人しくしてろ」

「だ、だけどっ」

「中島、頼んだぞ」


 私の言葉なんて全く聞かず、律は行ってしまった。

 去っていく律の背を見ながら拳を握りしめる。


 なによ。そりゃあ、いても役にはたたないけど、あんな言い方ないでしょ。


「は、葉月ちゃん……」


 気まずそんな中島さん。そんな彼に、苦笑いを向ける。


「ごめんなさい、なんか巻き込んじゃって」

「いや、全然構わないんだけど」


 中島さんはポリポリと頭を掻く。


「えーと。あ、お腹すいてない? 何か取りに行こっか」

「そうですね」



***************



 ご飯を取り、人の少ない所へ行く。


「これ美味しいんだよ」


 お肉を掲げながら笑う中島さん。

 勧められたお肉を食べてみると、柔らかく、よく味がしみていて美味しい。

 笑みがこぼれた私を見て、中島さんがホッと息をついた。


「それにしても」


 ほかの料理も美味しくて、どんどん食べていると、中島さんがまじまじと見つめてきた。


「今日の葉月ちゃんは、雰囲気が全然違うね。普段も綺麗だけど、洋装もなかなか……」

「アハハ」


 鼻の下を伸ばす中島さんに、苦笑する。

 毎回この人は大袈裟だな。


「あ、今冗談だと思ったでしょ」

「そりゃあそうよ。誰にでも同じこと言ってるんでしょ?」

「酷いなぁ。こんなこと葉月ちゃんにしか言わないに決まってるじゃないか」

「ありがと」


 中島さんはムゥと眉間に皺を寄せる。そして、ハァとため息をついた。


「いつになったら、僕の気持ちは君に届くんだろうね」

「え? どういう意味?」


 首を傾げると、中島さんはもう一度ため息をついた。


「葉月……ちゃん……?」


 声がして顔を向けると、目を丸くし固まっている男が私を見ていた。この人は……


「武藤さん……?」


 名前を呼ぶと、武藤さんはもう一度は目を丸くし、顔をくしゃりとした。


「あぁ、本当に葉月ちゃんなんだね」

「は、はい」


 武藤さんは近づいてきて、私を見つめる。


「元気そうでよかった。行方が分からなくなってる、って噂で聞いたから、ずっと君がどうしているのかと心配していたんです」


 笑みを浮かべる武藤さんに、微笑みを向ける。と、肩を叩かれ、中島さんが耳元に近づいてきた。


「葉月ちゃん、この人は?」

「私の知り合いなの」

「軍人だよね? どうしてそんな人と」

「ちょっと、ね」


 武藤さんは、父様の部下だった人。私が小さい頃からずっと父様の元にいて、家に遊びに来ることもよくあった。その時は、遊び相手をしてもらったっけ。


 武藤さんに向き直り、ニコッと笑う。


「すみません、心配かけてしまって。武藤さんの方は……」


 チラッと彼の腕を見る。白い布で吊った左腕。武藤さんは父様の補佐をしていた。だから、あの時も一緒にいたはずだから、この怪我は……


「あぁ、これですか」


 私の視線に気づき、武藤さんは腕を少し上げた。


「大袈裟に見えるけど、全然大したことないんですよ」


 ニッと笑う武藤さん。

 大したことない、だなんて嘘だ。あの事件の時、部下の人たちは大体怪我をしただけだったけど、みんな重傷で病院に運ばれたって聞いた。


「ごめん、なさい」


 私は武藤さんに深く頭を下げた。


 父様が妖に取り憑かれてやった事とはいえ、大怪我をさせてしまったのだ。怪我した場所が悪かったら、仕事を失ってしまったかもしれない。


「葉月ちゃん、顔を上げてください」


 恐る恐る顔を上げると、武藤さんは私のことを優しげな目で見ていた。


「謝る必要なんてありません。僕は、今でも近藤さんがあんなことをしたこと、信じられないんです。だって、あの人はこっちが心配になるくらいお人好しで、優しい人だったんですから」


 父様のことを思い出す。

 強面で無口な人だったから、怖い人だと勘違いされることもあったけど、本当は世話好きのお人好し。一度関わったら、とことん構い倒す人だった。だから、父様を慕ってくれる人は沢山いた。


「葉月ちゃん」


 武藤さんが私の手を握りしめる。


「僕や他の奴らも、近藤さんに救われた。ずっとあの人と過ごしてきた。だから、あの人はなんの理由もなく、僕らや家族を傷つける人じゃないって信じてます。それを君に伝えたかったんです」


 涙が出そうになる。

 父様のこと、信じていてくれる人たちがいた。私だけじゃ、なかった。


「ありがとう、ございます」


 声が少し震えてしまったが、精一杯笑顔で武藤さんを見た。彼は、嬉しそうに笑う。


「何かあったら連絡して下さい。何か力になれるのなら、何でもします。あなたは僕の恩人の娘さんですから」

「はい。ありがとうございます」


 武藤さんは私に連絡先を書いた紙を渡して、去っていった。


「えっと……」


 中島さんが戸惑うように頬を掻く。


「何のことだかさっぱりだけど、よかったね」


 微妙な笑みを浮かべる中島さんに、私は吹き出しながらニッと笑う。


「はいっ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ