表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
椿堂物語《完結》  作者: アレン
一章 化け猫と鈴
4/72

 

 朝、日が昇り始めた位に目が覚める。ボンヤリする思考の中、起き上がり布団を片付けた。そうしているとだんだん目が覚めてきて、身支度を整え部屋を出る。


「ふぁぁ」


 欠伸をしながら井戸に向かい、水を勢いよく顔にかける。


「うぅ。冷た」


 だけど、スッキリ目が覚めた。

 天気も良いし、今日も頑張ろう。

 心の中で気合を入れ、私は家の中に戻った。




「おはよう。姉ちゃん」

「おはよう、太一。ちゃんと顔洗ってきた?」

「うん」


 朝食の準備をしていると、太一が眠そうに目を擦りながら来た。冷たい水でも、眠気はなくならなかったみたいだ。


「何か手伝うことある?」

「じゃあ、ご飯お(ひつ)に入れて、持ってってくれる?」

「分かった」


 私はいい匂いのしてきた魚をひっくり返す。

 これにも慣れたものだ。料理は元々少し出来たけど、洋式の台所しか使ったことがなかったから、最初は随分苦労した。

 焼けた二人分の魚をお皿に盛り、机に持っていく。それからお味噌汁なども並べ、朝食の完成だ。


「よしっ。食べようか」

「うん」

「おい、俺の分どこだよ」


 さぁ食べようと座った瞬間、声がして私はバッと振り返る。私を見下ろす律の姿に、目を見開いた。


「えっ、なんで律起きてるの?!」

「あぁ?」


 眉を顰める律。いやいや、だっていつも起きるの遅いじゃない。私達が食べ終わった位に起きてくるから、今日もまだ用意してなかったのに。


「いいから早く用意しろ」

「えぇぇ」


 律は座り、私の分のお茶を飲む。

 これは文句を言わずに用意した方が早いか。

 私はため息をつき、台所に向かった。



「ちょっと、なに私の分食べてるのよ」


 焼き上がった魚を持って戻ると、律は既に食べ始めていた。


「いいじゃねぇか。冷めたの食べたくねぇだろ」

「それは……」


 そりゃあ、温かいの食べたいけど。

 なんだか上手く丸め込まれた気がするけど、私は渋々座り、ご飯をよそった。


「いただきます」


 手を合わせ、身をほぐして口に入れる。うん、美味しい。


「お前、今日はどうするんだ?」

「何が?」


 いきなりの質問に、私は首をかしげた。そんな私の反応が不服だったのか、律は眉間にシワを寄せる。


「どこを捜査するんだよ」

「あぁ」


 そういう事。ちゃんと主語入れてくれないと分からないじゃん。


「例の蔵の中を探してみようと思ってる。多分、あそこが原因だろうから」

「そうか」


 そう言いながら、律はお茶を飲む。いやいや、そっちが聞いてきたのに、興味無しですか。

 ムッとしつつ、私はご飯の残りを食べきった。


「さぁ、片付けたら直ぐに行くよ」


 私は太一に言いながら立ち上がる。

 食器を水に浸けに行っている時、律が太一に何かを話していた。





***************


 錠前を外し、戸を開ける。その瞬間、重い空気が流れ出してきた。

 相変わらず嫌な空気だ。だけど、心なしか昨日より薄い……?

 ランプに火をつけ、中に入る。

 昨日はざっと見ただけだったけど、改めて見ると猫系の物がすごい量ある。

 本来可愛い物なんだろうけど、ここまであると少し怖い。


「そんな事思ってる場合じゃないでしょ!」


 パンっと頬を叩き、私は部屋の捜索を始めた。




「うーん。やっぱり、いまいち分からないなぁ」


 流れた汗を拭う。

 妖気が薄くなったせいか、余計何が元なのか探しにくくなった。その上、配置をなるべく変えないようにと、神経を集中させているから疲れる。


「ここではあるんだけど」


 一度外に出て休もうか。流石に長時間いたせいか、体がだるい。

 そう思い、立ち上がって埃を払う。その時、ふと部屋の隅の物が目に入った。


 あれは……


 気になってそれを取ろうと手を伸ばした。



 ガタッ。


 後ろから音がして、慌てて振り返る。


「ご主人さん?」


 音の正体は入口に立つご主人だった。彼は下を向き、ゆらゆらとこちらに近づいてくる。

 また怒られるか、とも思ったが、どこか様子がおかしい。

 近づくご主人を睨む。


「止まって!」


 言うと、ご主人は止まった。そして、ゆっくりと顔を上げる。


「オマエ。美味ソウダナ」


 そう言った声は、ご主人の声とは違っていた。見えた彼の目は赤く染まり、背には大量のもやと、ガラリと光る目があった。

 これは、妖怪に取り憑かれたか。


「貴方が原因の妖怪ね」

「イイ、ニオイダ」

「ご主人から離れなさい!」

「クワセロ」


 言葉を投げかけてみるが、まともな回答は返ってこない。

 これは交渉できる妖怪じゃないな。


 一人では無理だと思い、何とか逃げ出せないかと見回す。

 そして、私はスキを見てご主人の横をすり抜けた。


「キャッ」


 だけど、途中に転がっていた物に足を取られ、転んでしまった。

 直ぐに起き上がろうとするが、それより早くご主人が私に近づいて来た。


「クワ、セロ」


 いつの間にか刀を拾ったみたいで、それを振り上げる。

 多分切れはしないだろうけど、まともに当たったら確実に気絶する。それは非常にマズイ。

 何か受け止めるものはないかと探すが、見つからない。


 これは、全神経集中させて避けるしかないのか?!


 そんな事を考えているうちに、ご主人は刀を振り振り下ろそうとする。


 えぇい。やってやる!!


 横に飛び出そうと身構える。



「おいおい。意気込んで来たってのに、ただの雑魚妖怪じゃねぇか」


 声がして、ご主人の動きが止まる。

 振り向いて見ると、律が腕を組み、入口に立っていた。


 どうして、来れないんじゃなかったの?


 聞きたかったけど、律を見て安心したのか、声が出なかった。


「オマエ、何者ダ」


 ご主人の注目が律に移る。それに、律はニヤリと笑った。


「何者だ? そんな事、お前が気にする必要はねぇよ」


 そう言いながら、懐から短い棒を取り出した。


「直ぐに消えるんだからな」


 両手で持ち、刀を抜くように手を動かす。棒は半分に割れ、刃が現れた。それは短い見た目からは想像できないくらい、どんどん長くなっていく。

 丁度刀くらいの長さで抜ききり、その瞬間律の姿が変わる。


「オ、オマエ……!!」


 ご主人が目を見開く。


「ほぉ。分かるくらいの知性はあるのか」


 律は口元を上げながら、肩に刀を乗せた。

 彼の頬には痣の様な模様が浮かび、髪は少しだけ伸びている。そして、頭には二本の角が。その姿はまさしく……


「オ、オニカッ?!」


 そう叫んだご主人の顔には、恐怖が浮かんでいる。腰は完全に引け、後退りをしていた。


「おい葉月」


 いきなり呼ばれ、ビクリとする。

 律の方を見ると、ご主人を真っ直ぐ見据えていた。その目は完全に獲物を見る目だ。


「こいつが倒れたら受け止めろよ」

「はいっ。って、え?」


 反射で答えてしまったけど、かなり無理のあること言ってきてないか?!

 そう思ったが、律は既に刀を構えてご主人に向かっていた。

 振り上げ、躊躇なく振り下ろす。刃はご主人に触れ、そのまますり抜けた。


「グッ、グワァァァァ!!」


 しかし、ご主人は苦しみだす。それと同時に、彼を包んでいた妖怪が一つの塊になっていく。


「ク、クソォォ」


 そう叫んだ妖怪を、律が切りつける。刃が触れたと同時に、妖怪は消えていった。


 蔵の中の空気が一気に晴れる。


「ふぅ」


 詰まっていた息を吐き出し、安心する。

 が、私はハッとご主人を見た。丁度倒れる寸前で、慌てて受け止めようとする。


「グハッ」


 だけど、足が痺れてしまっていて、結局ご主人の下敷きになる形になってしまった。


「なんて受け止め方してんだよ」


 律は呆れ顔で私を見る。

 いやいや。


「律が無茶な事言うからでしょ!」


 そもそも、男の人を受け止めろなんて無理だ。


 私は何とか下から這い出し、ご主人を寝かせた。妖気は無くなってるから、もう大丈夫だろう。

 

「で、原因は分かったのか?」


 そう言いながら律は刀を仕舞う。

 元の短い棒に戻った瞬間、律の姿は人に戻る。いつ見ても不思議な仕組みだ。


「多分あれだと思う」


 私はご主人が来る前見つけた物の所へ行く。

 奥に手を伸ばして引っ張り出し、律に見せる。


「この壺なんだけど」


 抱える位の大きさの壺。

 妖怪は居なくなったけど、まだ少しだけ嫌な雰囲気を醸し出している。


「あぁ。なるほど」


 律は納得した顔をした。


「何が分かったの?」

「何人もの、戦での恨みつらみが染み込んでやがる。相当昔のやつだから、恐らく戦で持ち帰った耳でも入れてた壺なんだろう」

「は?」


 私は耳を疑った。


「えっと、それはどういう……」

「昔の戦は、自分の功績を示す為に、耳やら鼻やら切り落として持って帰ってたんだよ」

「いっ!!」


 聞いた瞬間、私は壺を律に押し付けた。それに律は笑いながら、壺を持つ。


「大方、この怨念に妖怪が惹かれて、取り憑いたんだろ」

「じゃあ、それさえ何とかすればいいの?」

「あぁ」


 ということは、問題解決なのでは?


「私、時子さん呼んでくる!」

「はぁ? コイツどうすんだよ」


 律が指差したのはご主人。

 どうしろって。


「律が家まで運んでよ」


 私は律が文句を言わない内に、外に出た。

 後ろから睨みの視線が感じられたけど、気にしないでいよう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ