四
朝、日が昇り始めた位に目が覚める。ボンヤリする思考の中、起き上がり布団を片付けた。そうしているとだんだん目が覚めてきて、身支度を整え部屋を出る。
「ふぁぁ」
欠伸をしながら井戸に向かい、水を勢いよく顔にかける。
「うぅ。冷た」
だけど、スッキリ目が覚めた。
天気も良いし、今日も頑張ろう。
心の中で気合を入れ、私は家の中に戻った。
「おはよう。姉ちゃん」
「おはよう、太一。ちゃんと顔洗ってきた?」
「うん」
朝食の準備をしていると、太一が眠そうに目を擦りながら来た。冷たい水でも、眠気はなくならなかったみたいだ。
「何か手伝うことある?」
「じゃあ、ご飯お櫃に入れて、持ってってくれる?」
「分かった」
私はいい匂いのしてきた魚をひっくり返す。
これにも慣れたものだ。料理は元々少し出来たけど、洋式の台所しか使ったことがなかったから、最初は随分苦労した。
焼けた二人分の魚をお皿に盛り、机に持っていく。それからお味噌汁なども並べ、朝食の完成だ。
「よしっ。食べようか」
「うん」
「おい、俺の分どこだよ」
さぁ食べようと座った瞬間、声がして私はバッと振り返る。私を見下ろす律の姿に、目を見開いた。
「えっ、なんで律起きてるの?!」
「あぁ?」
眉を顰める律。いやいや、だっていつも起きるの遅いじゃない。私達が食べ終わった位に起きてくるから、今日もまだ用意してなかったのに。
「いいから早く用意しろ」
「えぇぇ」
律は座り、私の分のお茶を飲む。
これは文句を言わずに用意した方が早いか。
私はため息をつき、台所に向かった。
「ちょっと、なに私の分食べてるのよ」
焼き上がった魚を持って戻ると、律は既に食べ始めていた。
「いいじゃねぇか。冷めたの食べたくねぇだろ」
「それは……」
そりゃあ、温かいの食べたいけど。
なんだか上手く丸め込まれた気がするけど、私は渋々座り、ご飯をよそった。
「いただきます」
手を合わせ、身をほぐして口に入れる。うん、美味しい。
「お前、今日はどうするんだ?」
「何が?」
いきなりの質問に、私は首をかしげた。そんな私の反応が不服だったのか、律は眉間にシワを寄せる。
「どこを捜査するんだよ」
「あぁ」
そういう事。ちゃんと主語入れてくれないと分からないじゃん。
「例の蔵の中を探してみようと思ってる。多分、あそこが原因だろうから」
「そうか」
そう言いながら、律はお茶を飲む。いやいや、そっちが聞いてきたのに、興味無しですか。
ムッとしつつ、私はご飯の残りを食べきった。
「さぁ、片付けたら直ぐに行くよ」
私は太一に言いながら立ち上がる。
食器を水に浸けに行っている時、律が太一に何かを話していた。
***************
錠前を外し、戸を開ける。その瞬間、重い空気が流れ出してきた。
相変わらず嫌な空気だ。だけど、心なしか昨日より薄い……?
ランプに火をつけ、中に入る。
昨日はざっと見ただけだったけど、改めて見ると猫系の物がすごい量ある。
本来可愛い物なんだろうけど、ここまであると少し怖い。
「そんな事思ってる場合じゃないでしょ!」
パンっと頬を叩き、私は部屋の捜索を始めた。
「うーん。やっぱり、いまいち分からないなぁ」
流れた汗を拭う。
妖気が薄くなったせいか、余計何が元なのか探しにくくなった。その上、配置をなるべく変えないようにと、神経を集中させているから疲れる。
「ここではあるんだけど」
一度外に出て休もうか。流石に長時間いたせいか、体がだるい。
そう思い、立ち上がって埃を払う。その時、ふと部屋の隅の物が目に入った。
あれは……
気になってそれを取ろうと手を伸ばした。
ガタッ。
後ろから音がして、慌てて振り返る。
「ご主人さん?」
音の正体は入口に立つご主人だった。彼は下を向き、ゆらゆらとこちらに近づいてくる。
また怒られるか、とも思ったが、どこか様子がおかしい。
近づくご主人を睨む。
「止まって!」
言うと、ご主人は止まった。そして、ゆっくりと顔を上げる。
「オマエ。美味ソウダナ」
そう言った声は、ご主人の声とは違っていた。見えた彼の目は赤く染まり、背には大量のもやと、ガラリと光る目があった。
これは、妖怪に取り憑かれたか。
「貴方が原因の妖怪ね」
「イイ、ニオイダ」
「ご主人から離れなさい!」
「クワセロ」
言葉を投げかけてみるが、まともな回答は返ってこない。
これは交渉できる妖怪じゃないな。
一人では無理だと思い、何とか逃げ出せないかと見回す。
そして、私はスキを見てご主人の横をすり抜けた。
「キャッ」
だけど、途中に転がっていた物に足を取られ、転んでしまった。
直ぐに起き上がろうとするが、それより早くご主人が私に近づいて来た。
「クワ、セロ」
いつの間にか刀を拾ったみたいで、それを振り上げる。
多分切れはしないだろうけど、まともに当たったら確実に気絶する。それは非常にマズイ。
何か受け止めるものはないかと探すが、見つからない。
これは、全神経集中させて避けるしかないのか?!
そんな事を考えているうちに、ご主人は刀を振り振り下ろそうとする。
えぇい。やってやる!!
横に飛び出そうと身構える。
「おいおい。意気込んで来たってのに、ただの雑魚妖怪じゃねぇか」
声がして、ご主人の動きが止まる。
振り向いて見ると、律が腕を組み、入口に立っていた。
どうして、来れないんじゃなかったの?
聞きたかったけど、律を見て安心したのか、声が出なかった。
「オマエ、何者ダ」
ご主人の注目が律に移る。それに、律はニヤリと笑った。
「何者だ? そんな事、お前が気にする必要はねぇよ」
そう言いながら、懐から短い棒を取り出した。
「直ぐに消えるんだからな」
両手で持ち、刀を抜くように手を動かす。棒は半分に割れ、刃が現れた。それは短い見た目からは想像できないくらい、どんどん長くなっていく。
丁度刀くらいの長さで抜ききり、その瞬間律の姿が変わる。
「オ、オマエ……!!」
ご主人が目を見開く。
「ほぉ。分かるくらいの知性はあるのか」
律は口元を上げながら、肩に刀を乗せた。
彼の頬には痣の様な模様が浮かび、髪は少しだけ伸びている。そして、頭には二本の角が。その姿はまさしく……
「オ、オニカッ?!」
そう叫んだご主人の顔には、恐怖が浮かんでいる。腰は完全に引け、後退りをしていた。
「おい葉月」
いきなり呼ばれ、ビクリとする。
律の方を見ると、ご主人を真っ直ぐ見据えていた。その目は完全に獲物を見る目だ。
「こいつが倒れたら受け止めろよ」
「はいっ。って、え?」
反射で答えてしまったけど、かなり無理のあること言ってきてないか?!
そう思ったが、律は既に刀を構えてご主人に向かっていた。
振り上げ、躊躇なく振り下ろす。刃はご主人に触れ、そのまますり抜けた。
「グッ、グワァァァァ!!」
しかし、ご主人は苦しみだす。それと同時に、彼を包んでいた妖怪が一つの塊になっていく。
「ク、クソォォ」
そう叫んだ妖怪を、律が切りつける。刃が触れたと同時に、妖怪は消えていった。
蔵の中の空気が一気に晴れる。
「ふぅ」
詰まっていた息を吐き出し、安心する。
が、私はハッとご主人を見た。丁度倒れる寸前で、慌てて受け止めようとする。
「グハッ」
だけど、足が痺れてしまっていて、結局ご主人の下敷きになる形になってしまった。
「なんて受け止め方してんだよ」
律は呆れ顔で私を見る。
いやいや。
「律が無茶な事言うからでしょ!」
そもそも、男の人を受け止めろなんて無理だ。
私は何とか下から這い出し、ご主人を寝かせた。妖気は無くなってるから、もう大丈夫だろう。
「で、原因は分かったのか?」
そう言いながら律は刀を仕舞う。
元の短い棒に戻った瞬間、律の姿は人に戻る。いつ見ても不思議な仕組みだ。
「多分あれだと思う」
私はご主人が来る前見つけた物の所へ行く。
奥に手を伸ばして引っ張り出し、律に見せる。
「この壺なんだけど」
抱える位の大きさの壺。
妖怪は居なくなったけど、まだ少しだけ嫌な雰囲気を醸し出している。
「あぁ。なるほど」
律は納得した顔をした。
「何が分かったの?」
「何人もの、戦での恨みつらみが染み込んでやがる。相当昔のやつだから、恐らく戦で持ち帰った耳でも入れてた壺なんだろう」
「は?」
私は耳を疑った。
「えっと、それはどういう……」
「昔の戦は、自分の功績を示す為に、耳やら鼻やら切り落として持って帰ってたんだよ」
「いっ!!」
聞いた瞬間、私は壺を律に押し付けた。それに律は笑いながら、壺を持つ。
「大方、この怨念に妖怪が惹かれて、取り憑いたんだろ」
「じゃあ、それさえ何とかすればいいの?」
「あぁ」
ということは、問題解決なのでは?
「私、時子さん呼んでくる!」
「はぁ? コイツどうすんだよ」
律が指差したのはご主人。
どうしろって。
「律が家まで運んでよ」
私は律が文句を言わない内に、外に出た。
後ろから睨みの視線が感じられたけど、気にしないでいよう。




