三
早朝、眠い目を擦りながら私と太一は玄関で欠伸をする。
「なんだ、元気がないな。もっとやる気を出さないか」
腕を組みながら言う飛翔さん。こんな朝早くから元気が出るわけがないだろう、と睨んでやりたいが、それすら出来ないほど眠気が襲っている。
日が昇るより早く、飛翔さんは迎えに来て、私達を叩き起こした。大声で起こしてきたから律も起きてしまって、朝食を食べている間ずっと小言を言われ続けた。理不尽にもほどがある。
「さて、何処へ行く」
「あーと……」
まだ働かない頭をフル回転させる。
「まずは、あの女の子の所縁のある場所に行きましょう」
「そうだな。それなら家か」
「家? あの子って、村長さんの子じゃないんですか?」
「あぁ。身寄りがないから、村長のとこに居候してんだ」
「そうなんですか。えっと、家は多分律が行くだろうから、他の場所とかは?」
「なら墓だ。案内する」
歩き出した飛翔さんを追い、私たちも出発する。
お墓ってことは、女の子の家族のってことかな。
「あの、お墓って……」
前の飛翔さんに聞くと、一瞬目を向け、前に向き直った。
「両親と祖父母の墓だ。鈴…… あの娘の事だが。早くに両親を亡くしてな。祖母の方も早くに死んでいて、鈴は祖父に育てられたんだ」
「その人も……」
「二か月ほど前に、流行病でな」
だから身寄りがないのか。なんだか、少し太一と似ている気がする。
太一の方を見ると、飛翔さんの話を黙ったまま聞いていた。
「鈴は、爺さんと仲が良くてな。死んじまった時は、かなり落ち込んじまって、塞ぎ込むようになっちまったんだ。だけど、一か月ほど前から様子がおかしくなり始めた」
「おかしくって?」
「爺さんが居るだの、二人で遊んでただの言い始めた。何度か見てやったんだが、どうにも治らなくてな」
「飛翔さんって、お坊さん…… なんですか?」
気になって遠慮気味に聞くと、飛翔さんは睨みを向けてきた。
「お前、何言ってんだ。俺の格好を見れば分かるだろう?」
「そりゃあ、まぁ」
分かるけど、信じられないっていうか。
納得いかない私に、飛翔さんはため息をついた。
そうこうしている内に、立派なお寺に辿り着いた。
「俺はここの住職だ」
「へ、へぇ」
まさか、住職さんとは。人は見かけによらないというか。
私達はお寺の裏にある墓地に行き、鈴ちゃんの家族のお墓へ行く。
手を合わせ、私と太一はお墓を調べてみる。
「どうだ?」
「特に気になるところは……」
太一の方を見てみるが、同じみたい。
「妖気は感じられないし、ここは関係ないみたいですね」
「あぁ。そういえば、妖気は感じねぇな」
なるほどというように言った飛翔さんに、私は目を丸くする。
「あれ、飛翔さんって妖気分かるんですね」
そういえば、私達や蓮司のこと妖怪だって言ってたし。もしかしたら、妖気を感じたからそう言っていたのか。
「お坊さんって、そういう力があるんですか?」
「いや。俺は先祖に陰陽師が居てな。そのせいで、多少は妖気を感じられるんだ」
陰陽師っていったら、昔妖怪退治をしていた人たちの事だったか。
「そういえば。あの男達に紛れて分からなかったが、お前からも妖気を感じるな」
「えっ?!」
疑いの目を向けてきた飛翔さんに、私は狼狽える。この目、私の事妖怪じゃないかと疑ってるかも。
「ねぇ。次の心当たりってあるの?」
口ごもった私に助け舟を出してくれたのは太一だった。
服を引っ張って聞く太一に、飛翔さんの意識は私から太一に移る。
「そうだな。鈴がよく遊んでた場所にでも行くか」
「うん」
太一のおかげで、飛翔さんの気を逸らすことが出来た。
次に来たのは昨日通り過ぎた鳥居のある神社だった。
「この村、お寺と神社があるの?」
「こっちの方は、随分前に廃れちまって、今じゃ荒れ放題なんだ」
鳥居をくぐって中に入ると、雑草だらけの境内と廃れた社。長い間手入れされていなみたいだ。
「取り敢えず調べてみようか」
私達は別れて調べることにした。
社の裏に回ると、林が広がっていた。木が生い茂り、中に入ってしまったら迷いそうだ。
「おい」
いきなり声をかけられ、驚く。振り返ると、飛翔さんが立っていた。
「さっきの話の続きだが」
「え……」
忘れてくれなかったか。二人きりだから、もう逃げようがない。
「お前から感じる妖気、かなり強いものだ。呪いみたいにお前の体に纏わりついてる」
飛翔さんは一歩私に近づき、心配そうな表情を浮かべた。
「俺じゃその妖気を祓ってやれないが、知り合いを紹介してやるぞ」
そう言った飛翔さんを、私はジッと見つめた。
この人は、私のこと心配して言ってくれてる。余所者だって言ったりしてくるけど、根はすごく優しい人なんだろう。
「心配してくださってありがとうございます。だけど、原因は分かってるんで、大丈夫です」
笑顔で言うと、飛翔さんは納得しないように眉をひそめた。
そんな飛翔さんに、私は苦笑を浮かべる。
「ここには何もないみたいですから、戻りましょうか」
飛翔さんの横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。
「もう一つ。あの律とかいう奴からは離れた方がいい」
「え?」
真剣な目で言う飛翔さんに、私は目を丸くする。
「どういうこと、ですか?」
「あの男は危険だ。もう一人の奴も妖怪だからやめた方がいいが、それよりももっとだ」
私は目を見開く。飛翔さんは、そんな私を引き寄せた。
「あいつからは死臭がする。それもかなりな」
「そ、んなこと」
「どういう関係かは知らんが、あいつはやめとけ」
そう言って、飛翔さんは私を離し行ってしまった。
私はその場で固まったまま動けなくなる。
律が危険…… 確かに、あいつは普通の人とは違う。人間だけど、鬼を抱えている。そういう意味では一緒に居るのは危険なんだろう。
だけど、律は私を助けてくれる。だから危険なんて……
そう思うけど、飛翔さんの言った『死臭』という言葉が心に引っ掛かる。
もしかして、律が鬼を抱える理由とつながるのだろうか。
疑問を抱えつつ表に戻ると、飛翔さんと太一が話していた。
私に気付いた太一がこちらを向き、駆け寄ってくる。太一は私の顔を見て、心配そうな表情を浮かべた。
「どうしたの?」
私は太一の頭を撫で、笑みを浮かべる。
「なんでもないよ」
飛翔さんの方を見てみると、頭をかいて目を背けていた。
「ここにも手がかりはないね」
「他の場所か。後考えられんのは……」
私と飛翔さんが話していると、太一が服を引っ張ってきた。
振り返ると、太一は社の裏の方を見ている。
「どうしたの?」
「女の子がいるんだ」
「え?」
私も社の奥を見てみるが、女の子なんて見当たらない。
「昨日見たこと同じだと思う」
「えっと……」
私は飛翔さんへ視線を送ると、飛翔さんも首を傾げる。
「あ、待って!」
そう言って太一は林の方へと走った。
「ちょ、太一!」
「待てお前らっ」
私は慌てて太一を追いかけ、飛翔さんも後ろから追ってくる。
林に入ると昼間なのに暗く、先を走る太一の姿が見えにくい。目を凝らしながら追いかけるが、見失ってしまった。
「どうしよう、飛翔さん」
後ろを振り返ると、追いかけてきていたはずの飛翔さんの姿がない。
これ、はぐれちゃったてことだよね。周りを見回してみるが、太一と飛翔さんの姿は見当たらない。
これは一回戻った方がいいかな。だけど、何も考えないで走ってたから、自分がどこから来たのか分からない。
どうしようかと悩んでいると、後ろから物音がした。
「誰!?」
振り返ると人が立っていて、私に微笑みかけてきた。
「何をやってるんだ、葉月」
私は目を丸くする。
「え、どうして」
だっておかしい。この人がこんなところに居るはずないのに。
「父……様……?」
父様は、懐かしい笑みを浮かべた。




