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椿堂物語《完結》  作者: アレン
六章 夢と幻
32/72

 早朝、眠い目を擦りながら私と太一は玄関で欠伸をする。


「なんだ、元気がないな。もっとやる気を出さないか」


 腕を組みながら言う飛翔さん。こんな朝早くから元気が出るわけがないだろう、と睨んでやりたいが、それすら出来ないほど眠気が襲っている。

 日が昇るより早く、飛翔さんは迎えに来て、私達を叩き起こした。大声で起こしてきたから律も起きてしまって、朝食を食べている間ずっと小言を言われ続けた。理不尽にもほどがある。


「さて、何処へ行く」

「あーと……」


 まだ働かない頭をフル回転させる。


「まずは、あの女の子の所縁のある場所に行きましょう」

「そうだな。それなら家か」

「家? あの子って、村長さんの子じゃないんですか?」

「あぁ。身寄りがないから、村長のとこに居候してんだ」

「そうなんですか。えっと、家は多分律が行くだろうから、他の場所とかは?」

「なら墓だ。案内する」


 歩き出した飛翔さんを追い、私たちも出発する。

 お墓ってことは、女の子の家族のってことかな。


「あの、お墓って……」


 前の飛翔さんに聞くと、一瞬目を向け、前に向き直った。


「両親と祖父母の墓だ。すず…… あの娘の事だが。早くに両親を亡くしてな。祖母の方も早くに死んでいて、鈴は祖父に育てられたんだ」

「その人も……」

「二か月ほど前に、流行病でな」


 だから身寄りがないのか。なんだか、少し太一と似ている気がする。

 太一の方を見ると、飛翔さんの話を黙ったまま聞いていた。


「鈴は、爺さんと仲が良くてな。死んじまった時は、かなり落ち込んじまって、塞ぎ込むようになっちまったんだ。だけど、一か月ほど前から様子がおかしくなり始めた」

「おかしくって?」

「爺さんが居るだの、二人で遊んでただの言い始めた。何度か見てやったんだが、どうにも治らなくてな」

「飛翔さんって、お坊さん…… なんですか?」


 気になって遠慮気味に聞くと、飛翔さんは睨みを向けてきた。


「お前、何言ってんだ。俺の格好を見れば分かるだろう?」

「そりゃあ、まぁ」


 分かるけど、信じられないっていうか。

 納得いかない私に、飛翔さんはため息をついた。


 そうこうしている内に、立派なお寺に辿り着いた。


「俺はここの住職だ」

「へ、へぇ」


 まさか、住職さんとは。人は見かけによらないというか。



 私達はお寺の裏にある墓地に行き、鈴ちゃんの家族のお墓へ行く。

 手を合わせ、私と太一はお墓を調べてみる。


「どうだ?」

「特に気になるところは……」


 太一の方を見てみるが、同じみたい。


「妖気は感じられないし、ここは関係ないみたいですね」

「あぁ。そういえば、妖気は感じねぇな」


 なるほどというように言った飛翔さんに、私は目を丸くする。


「あれ、飛翔さんって妖気分かるんですね」


 そういえば、私達や蓮司のこと妖怪だって言ってたし。もしかしたら、妖気を感じたからそう言っていたのか。


「お坊さんって、そういう力があるんですか?」

「いや。俺は先祖に陰陽師が居てな。そのせいで、多少は妖気を感じられるんだ」


 陰陽師っていったら、昔妖怪退治をしていた人たちの事だったか。


「そういえば。あの男達に紛れて分からなかったが、お前からも妖気を感じるな」

「えっ?!」


 疑いの目を向けてきた飛翔さんに、私は狼狽える。この目、私の事妖怪じゃないかと疑ってるかも。


「ねぇ。次の心当たりってあるの?」


 口ごもった私に助け舟を出してくれたのは太一だった。

 服を引っ張って聞く太一に、飛翔さんの意識は私から太一に移る。


「そうだな。鈴がよく遊んでた場所にでも行くか」

「うん」


 太一のおかげで、飛翔さんの気を逸らすことが出来た。




 次に来たのは昨日通り過ぎた鳥居のある神社だった。


「この村、お寺と神社があるの?」

「こっちの方は、随分前に廃れちまって、今じゃ荒れ放題なんだ」


 鳥居をくぐって中に入ると、雑草だらけの境内と廃れた社。長い間手入れされていなみたいだ。


「取り敢えず調べてみようか」


 私達は別れて調べることにした。



 社の裏に回ると、林が広がっていた。木が生い茂り、中に入ってしまったら迷いそうだ。


「おい」


 いきなり声をかけられ、驚く。振り返ると、飛翔さんが立っていた。


「さっきの話の続きだが」

「え……」


 忘れてくれなかったか。二人きりだから、もう逃げようがない。


「お前から感じる妖気、かなり強いものだ。呪いみたいにお前の体に纏わりついてる」


 飛翔さんは一歩私に近づき、心配そうな表情を浮かべた。


「俺じゃその妖気を祓ってやれないが、知り合いを紹介してやるぞ」


 そう言った飛翔さんを、私はジッと見つめた。

 この人は、私のこと心配して言ってくれてる。余所者だって言ったりしてくるけど、根はすごく優しい人なんだろう。


「心配してくださってありがとうございます。だけど、原因は分かってるんで、大丈夫です」


 笑顔で言うと、飛翔さんは納得しないように眉をひそめた。

 そんな飛翔さんに、私は苦笑を浮かべる。


「ここには何もないみたいですから、戻りましょうか」


 飛翔さんの横を通り過ぎようとすると、腕を掴まれた。


「もう一つ。あの律とかいう奴からは離れた方がいい」

「え?」


 真剣な目で言う飛翔さんに、私は目を丸くする。


「どういうこと、ですか?」

「あの男は危険だ。もう一人の奴も妖怪だからやめた方がいいが、それよりももっとだ」


 私は目を見開く。飛翔さんは、そんな私を引き寄せた。


「あいつからは死臭がする。それもかなりな」

「そ、んなこと」

「どういう関係かは知らんが、あいつはやめとけ」


 そう言って、飛翔さんは私を離し行ってしまった。

 私はその場で固まったまま動けなくなる。


 律が危険…… 確かに、あいつは普通の人とは違う。人間だけど、鬼を抱えている。そういう意味では一緒に居るのは危険なんだろう。

 だけど、律は私を助けてくれる。だから危険なんて……

 そう思うけど、飛翔さんの言った『死臭』という言葉が心に引っ掛かる。

 もしかして、律が鬼を抱える理由とつながるのだろうか。


 疑問を抱えつつ表に戻ると、飛翔さんと太一が話していた。

 私に気付いた太一がこちらを向き、駆け寄ってくる。太一は私の顔を見て、心配そうな表情を浮かべた。


「どうしたの?」


 私は太一の頭を撫で、笑みを浮かべる。


「なんでもないよ」


 飛翔さんの方を見てみると、頭をかいて目を背けていた。



「ここにも手がかりはないね」

「他の場所か。後考えられんのは……」


 私と飛翔さんが話していると、太一が服を引っ張ってきた。

 振り返ると、太一は社の裏の方を見ている。


「どうしたの?」

「女の子がいるんだ」

「え?」


 私も社の奥を見てみるが、女の子なんて見当たらない。


「昨日見たこと同じだと思う」

「えっと……」


 私は飛翔さんへ視線を送ると、飛翔さんも首を傾げる。


「あ、待って!」


 そう言って太一は林の方へと走った。


「ちょ、太一!」

「待てお前らっ」


 私は慌てて太一を追いかけ、飛翔さんも後ろから追ってくる。

 林に入ると昼間なのに暗く、先を走る太一の姿が見えにくい。目を凝らしながら追いかけるが、見失ってしまった。


「どうしよう、飛翔さん」


 後ろを振り返ると、追いかけてきていたはずの飛翔さんの姿がない。

 これ、はぐれちゃったてことだよね。周りを見回してみるが、太一と飛翔さんの姿は見当たらない。

 これは一回戻った方がいいかな。だけど、何も考えないで走ってたから、自分がどこから来たのか分からない。

 どうしようかと悩んでいると、後ろから物音がした。


「誰!?」


 振り返ると人が立っていて、私に微笑みかけてきた。


「何をやってるんだ、葉月」


 私は目を丸くする。


「え、どうして」


 だっておかしい。この人がこんなところに居るはずないのに。


「父……様……?」


 父様は、懐かしい笑みを浮かべた。




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