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椿堂物語《完結》  作者: アレン
六章 夢と幻
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 駅から随分時間がかかり、やっとのことで村に辿り着く。


「や、やっと着いた……」


 私と太一は、座り込んでへたり込む。

 ここまで休みなしで歩きっぱなし。疲れてもう一歩も動けない。

 顔を上げると、律は平気な顔で私達を見下ろしている。超人か、この人は。


「村長に会えばいいみたいだな。何処に家あるんだ」

「書いてないの?」

「あぁ」


 まさか、これからまた探し歩かないといけないとか? 流石に勘弁してほしいんだけど……


 ため息をつきそうになっていると、何かが私達の方に飛んできた。


「きゃっ」


 手で避けようとしたが、律が私達の前に立ってくれて当たらずにすんだ。

 地面に落ちた物を拾い上げて見てみる。


「お札?」


 難しい文字がビッシリ書かれた紙。よくお寺とかで見るようなお札に似ている。


「妖怪、この村に何用だ!!」


 怒鳴り声と共に、男の人が現れた。作務衣さむえを着ているからお坊さんかな。髪はあるけど。


「妖怪風情が。この村には一歩も入らせんぞ」


 そう言いながら、お坊さんはお札を構えた。

 妖怪って、私達のことだよね。律は微妙だけど、妖怪じゃないんだけどな。

 私と太一は目を見合わせる。すると、律がお坊さんの方に近づいていった。


「うるせぇな。俺らはここに用があんだよ」

「と、止まらんか!」


 狼狽えるお坊さんに構わず、律はどんどん進んでいく。お坊さんの目の前まで進んで止まった律。彼をお坊さんは目を丸くして見た。


「な、何故入ってこれる。妖怪は結界内に入れないはずなのに……」

「あ゛? 何言ってんだ」


 律がお坊さんに掴みかかろうとして、私は慌てて律の腕を掴んだ。


「私達、妖怪じゃないです! ここには依頼で来たんですけど」

「依頼?」


 怪訝な顔をしたお坊さんに、私は鞄から手紙を出して渡した。受け取ったお坊さんは、中を読み、眉をひそめた。


「確かに、この村の村長からのものだな。それに、ここに書かれている事は起こってる」

「じゃあ」

「うむ…… 怪しいが仕方ない」


 渋々頷いたお坊さんに、私と太一はホッと息をついた。



 お坊さんの案内で、村長の家まで連れて行ってもらう。

 村は本当にのどかで、若い人よりお年寄りの方が多い印象だった。

 歩いていると、鳥居が見えてきた。真っ赤な鳥居は、妙な存在感を放っている。そこで、太一が立ち止まった。


「あれ、あそこに誰か……」


 太一は鳥居の方を指さす。指す方を見てみるが、神社の社があるだけだった。


「誰も居ないけど……」


 律達の方を見てみると、二人共同じ様に私に目を向けていた。


「気のせいじゃない?」

「そう、かな……」


 太一は首を傾げつつ、頷いた。



 村長の家は村の中心辺りにあり、一番大きな家だった。お坊さんは遠慮なく扉を開け、中に入っていった。律も躊躇なく入り、私と太一は遠慮気味に中に入った。

 廊下を進んでいき、お坊さんは突き当たりの部屋の扉を開ける。


「おう、村長。客を連れてきたぞ」

飛翔ひしょう。来たのなら声くらいかけろ」

「おぉ、すまん。と、もう一人お客来てんのか……」


 と、飛翔さんは言いかけながら、後ろに飛び退いた。


「なんでこんな奴がここに!」


 また札を構えた飛翔さん。私は部屋の中を覗き込んでみる。


「やぁ。遅かったね」

「え、蓮司?!」


 お茶を片手に、笑みを浮べる蓮司に、私は目を丸くした。


「家に帰ったんじゃ」

「いやぁ、逃げ出すの大変だったよ」


 蓮司はハハハ、と笑う。今頃、銀二さんと爺やさんがカンカンに怒っている気がするな。


「妖怪が! どうやってこの村に入ったんだ! 結界があっただろう?!」

「結界? あぁ、あれか。上空の守りが甘いな。飛んでだったら簡単に入って来れるぞ、あれ」

「な、なんと……」


 飛翔さんは青い顔をし、肩を落とした。

 彼にとって、今日は災難な日になっただろうな。


「おぉ、探偵の方か。待っておったのです」


 村長さんらしい人が私達に笑みを向けてきた。


「どうぞ、中に入って下さい。お疲れになったでしょう」


 促され、私達は部屋の中に入った。飛翔さんは落ち込んだままだったので、そっとしておく。


「遠いところから、わざわざ来て下さって。本当にありがとうございます」

「もういい。詳しく話を聞かせろ」


 律は村長さんの前に座り、そう言い放った。


「村の娘がおかしくなった、という事だったな」

「はい……」


 私は座りながら、手紙を出してもう一度内容を確認する。

 今回の依頼は、一週間程前から様子がおかしくなった娘がいて、もしかしたら妖怪にでも取り憑かれたのではないか、ということで調べほしいとのこと。


「それが、少々事態が悪くなってしまいまして」

「どういう事だ」

「娘が眠ったまま起きなくなったんだ」


 立ち直ったらしい飛翔さんが、話に割り込んだ。

 私達は飛翔さんに目を向ける。


「いつからだ」

「三日前だ。色々試してみたが、全く効かん」


 悔しそうに自分の手を殴った飛翔さん。村長さんも、肩を落としている。


「取り敢えず、その娘の所に案内しろ」


 律の言葉に、村長さんは頷いた。



 案内されたのは隣の部屋。そこには、女の子が眠っていた。

 女の子は太一と同い年くらいで、とても気持ち良さそうに寝ている。


「この子です」


 律は女の子に近づき、膝をついた。そして、手を女の子の額に乗せる。

 しばらくそうして、顔をしかめた。

 その様子に、私達は部屋に入って女の子の近くに座った。


「どうしたの?」


 聞くが、律は返事しない。何か悩むように黙り込む律に、私は蓮司の方へ目を向けた。

 蓮司も同じ様に女の子の額に触れ、眉をひそめる。


「こりゃ。魂が抜けちまってるな」

「え?!」


 私と太一、村長さんは声を上げて驚く。飛翔さんは腕を組んだまま、無表情だった。


「微かに妖気があるから、妖怪の仕業だろうな。これは早く魂を戻さないと、戻れなくなっちまうぞ」

「戻すったって、どうやって」

「犯人の妖怪を探し出すか、魂が迷い込んでる場所を探すかだな。大体、こういう場合は、妖怪が創り出した空間に迷い込んでるから、それを探し出さないと」


 律と蓮司の様子から、かなり危険な状態であるということは感じられる。だけど、空間を探し出すなんて、簡単には……


「俺も手伝おう。村の事だからな、余所者だけに任せておけん」

「わ、私も手伝います」


 飛翔さんと村長さんの言葉に、蓮司は頷いた。


「じゃあ、二手に分かれるか。俺は葉月ちゃんと……」

「いや、俺がこの嬢ちゃんと坊主と回る」

「は?」


 蓮司の言葉を遮り、飛翔さんがそう言った。私と太一は目を丸くして、飛翔さんを見る。


「いいよな」


 確認するように言った飛翔さんの目は、意を認めないと言っているようで、私達は頷いざるをえなかった。


「まぁ、今日はもう暗いから、明日からだな。朝イチにくるから、準備しとけよ」


 そう言って、飛翔さんは部屋を出ていってしまった。

 なんだろう。この言うだけ言って、行ってしまう感じ、律みたいだ。

 しんと静まり返った部屋。村長さんが、遠慮気味に咳払いした。


「え、えっと。皆さんうちでお休み下さい。お疲れでしょう」

「あ、ありがとうございます」


 そそくさと出ていってしまった村長さんを、私は眺めた。

 すると、ポンッと肩を叩かれる。


「頑張ってね、葉月ちゃん」


 励ます蓮司に、私はため息をつきたくなる。

 明日は、とても大変な日になりそうだ。






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