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椿堂物語《完結》  作者: アレン
六章 夢と幻
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「暑い……」


 私は汗を拭いながら、顔を手で仰ぐ。夏だから暑いのは当然だけど、今日は一段と暑い。早いこと用事を済ませて、家に帰って冷たい水を浴びたい。

 私は椿通りを歩き、団子屋に向かった。


「葉月ちゃん。いらっしゃい」

「どうも」


 店はお客でいっぱいで、美枝子さんは忙しそうに動き回っていた。

 これはしばらく待った方がいいかな。そう思い、私は隅に寄り、人が少なくなるのを待った。

 徐々に人が減っていき、最後のお客が店を出る。


「待たせて悪かったね。何がいい?」

「いえ、大丈夫ですよ。いつものお願いします」


 笑みを向けてきた美枝子さんに、私も微笑み近づく。


「相変わらず繁盛してますね」

「まぁね。有難い事だよ」


 ここの団子は本当に美味しくて、椿通り以外の人も買いに来るほど。だから、お客さんは絶えず来きていて、たまに今日の様に美枝子さんだけでは大変そうな時がある。


「一人じゃ大変そうですね」

「まぁね。出来れば、もう一人居てくれたら助かるんだけど、なかなかね」

「そうなんですか」

「ま、何とかなるさ。はい、いつものやつね」

「ありがとうございます」


 袋を受け取り、代金を払う。その間にも、お客が店に入ってくる。私は邪魔にならないよう、店を出た。


 帰り道、歩いていると元気そうに走る子供達とすれ違う。太一と同い年くらいだろうか。

 その姿に微笑みつつ、私は家へ急いだ。



「ただいま。買ってきたわよ」


 事務所へ行くと、ソファーに寝転ぶ律と、本を片付けている太一が私の方へ目を向ける。


「やっとか」


 欠伸をしながら起き上がる律。私は彼を睨んだ。


「また太一に仕事押しつけて。寝るなら、一緒にやればいいじゃない」

「うるせぇな。仕事くれって言ったのは太一だ」


 私の言葉に、律は鬱陶しそうに顔を背けた。その態度にため息をつきつつ、私は太一の方へ行く。


「半分ちょうだい」

「いいよ。ほんとに、僕がするって言ったんだから」

「いいから」


 遠慮する太一に微笑んで言うと、太一も頬を緩めた。

 二人で本を片付けている間、律は自分の机に座り、また欠伸をしていた。


「さて、これで終わりね」


 全て片付け、二人で笑い合う。


「じゃあお茶でも飲みながら、お団子食べようか」

「うん」


 嬉しそうに笑った太一。私は、頭を撫でてやる。


「俺のはここに持ってこいよ」


 こちらに目を向けないまま言ってきた律に、カチンと頭にくる。

 私は、太一にニコッと微笑む。


「命令だけで、何もしない奴はほっといて、私達だけで食べようか」

「あ゛ぁ?」


 睨みを向けてきた律を無視し、私は太一の手を引いて部屋を出た。



「いいの? 葉月姉ちゃん」


 心配げに聞いてきた太一に、私は微笑んだ。


「大丈夫。後でちゃんと持っていくから」


 ちょっとは反省すればいい。まったく、律は太一を使い過ぎなんだ。

 美味しそうに団子を頬張る太一を眺めながら、帰りに見た子供達を思い出す。


「太一は、外で他の子と遊ばないの?」

「ふぇ?」


 首を傾げる太一。口いっぱいに団子を食べている彼に微笑みつつ、私は口元についたあんこを取ってやる。


「ずっと手伝いばかりでしょ? 遊んできてもいいのよ?」


 太一は口の中のものを飲み込み、ニッと笑った。


「いいんだ。僕、兄ちゃんと姉ちゃんの手伝いするの好きだから。それに、蓮司兄ちゃんや千恵姉ちゃんが遊んでくれたりするから、大丈夫」

「そうだけど……」


 ここに蓮司や千恵が来る度、太一の遊び相手になってくれている。まけど、それでいいのだろうか。ちゃんと、人間の友達をつくるべきなんじゃないのかな。


「それにさ」


 太一は小さく呟き、目を閉じた。


「僕なんかがここに居られることだけで、奇跡みたいなことなんだから。それ以上は望まないよ」


 悲しげに言った太一。私は首を振り、彼の肩を掴む。


「なんてこと言うのよ。何でも望んでいいのよ? 友達だって、やりたい事だって」


 私の言葉に、太一はただ悲しげに微笑むだけだった。


 ここに来てから随分経ったけど、太一の中ではまだ、ここへ来る前の記憶が根強く残っているのだろう。

 過去が、彼を縛りつけている。悲しいけど、それを私達では取り除けないのかもしれない。

 なにか、太一にとって進むきっかけがあればいいんだけどな。



 律用のお茶と団子をお盆に乗せて事務所に持っていくと、蓮司の姿があった。


「やぁ葉月ちゃん、久しぶり」


 手を振る蓮司に、私は微笑みつつお盆を律の机に置く。


「ちょっと待ってね。すぐお茶いれてくるから」


 蓮司が居るってことは、千恵と爺やさんも来てるのかも。最近は、三人一緒に来ることが多いからな。


「あ、いいよ。すぐそっちに行くから」


 そう言いながら、蓮司は懐から手紙を取り出した。


「これ、依頼書。至急の依頼みたいだぞ」


 手紙を受け取った律は、すぐに中を確認する。


「なるほどな」


 律は立ち上がり、私を見た。


「明日出るぞ。準備しとけ」

「は?」


 それだけ言って、律は部屋を出ていった。


 一体どういう事なんだ?


 蓮司の方を見ると、やれやれと言うふうに笑った。


「京都に行くんだよ。依頼先は、京都の山奥の村なんだ」

「京都?!」


 いきなり京都なんて。しかも明日って言ったよね。


「まぁ心配しないで。汽車の手配はしてるから」


 笑う蓮司に、頭を抱えたくなった。


 その心配をしてるんじゃないんだけど。いや、それも心配だったけどさ。

 まぁ、律の無茶苦茶はいつもの事だ。私があれこれ言ったって、変わらないんだから。


 私はため息をつき、律の机を見る。いつの間にか団子とお茶は全て無くなっていた。

 一体いつ食べたんだか。

 私はお盆を持って、部屋を出た。





「うわぁー」


 真っ黒で大きな汽車の前で、子供達が興奮気味に集まっている。その太一もその集団の後ろの方で、目をキラキラとさせている。


「おっきいね!」

「ほんと! こんなのが動くなんて、信じられないわ」


 ついでに千恵も一緒になって騒いでいた。私は二人を少し遠くで眺める。


「千恵も汽車初めてなんだ」

「あいつ家からあんまり出ねぇからな。葉月ちゃんは初めてじゃないんだ」

「うん」


 小さい頃、父様に連れられて色々な所に行っていたから、汽車にも何度か乗ったことがある。


「蓮司は乗ったことあるの?」

「一回だけな。汽車が初めて出てきたときに、律引っ張って乗りに行ったんだ。懐かしいなぁ。あの時はホームに人が居すぎて、進めなくて大変だったんだよ」


 懐かしそうに言う蓮司。汽車が出てきたときって、一体何年前の話なんだろうか。

 苦笑いを浮かべつつ、私は蓮司の腕を引っ張る。


「そういえば、どうして蓮司と千恵も一緒に?」


 馴染みすぎてここまで聞きそびれてたけど、どうして二人がここに居るんだろう。まぁ賑やかになるからいいんだけど。


「京都には俺らの実家があるから、色々案内してやれるだろ?」

「へぇ。蓮司たちって京都出身なんだ」

「おう。鞍馬山に家があるんだ」


 鞍馬山か。そういえば天狗が居るので有名だったけ。


「あれ、じゃあ何で爺やさんいないの?」


 いつも千恵に着いて来るのに、今日は姿が見えない。


「爺やは汽車嫌いなんだよ。飛んで先に京都に行ってるってさ」

「へぇ」


 汽笛が鳴り、辺りが騒がしくなる。


「おい、行くぞ」


 ずっと黙っていた律が、そう言って荷物を持ち、汽車の方に向かう。


「ちょっと待ってよ。おーい、太一、千恵行くよー」

「「はーい」」



 汽車に乗っている間、太一と千恵はずっと上機嫌だった。

 そしてついに京都に到着。


「やっと着いたぁ」


 背伸びをしながら扉を出る。と、出た瞬間誰かにぶつかってしまった。


「っと、ごめんなさい」


 謝りながら顔を上げ、私は固まった。

 がたいのいい男の人。私を見下ろす顔は、鋭い目つきと顎の髭で迫力がすごい。


「あれ。銀二じゃないか。どうしてここに?」


 固まる私の後ろから、蓮司が顔を出して目を丸くする。蓮司の知り合い?


「若! やっと見つけましたよ」


 銀二さんは私を押し退け、蓮司に掴みかかった。


「一体今まで何処にいたんですか。皆心配しているんですよ!!」

「え、いやぁ」


 詰め寄る銀二さんに、苦笑を浮かべる蓮司。私は二人を唖然と見つめる。


「あれ、銀二さんがどうしてここに」


 出てきた千恵も、銀二さんを見て驚いた顔をした。


「千恵も知り合いなの?」

「うん。蓮司の側近の一人なの」


 おぉ、流石次期当主。普段忘れそうになっちゃうけど。


「でもどうしてここに居るのかな。蓮司も私も、京都に来るって伝えてないのに」


 不思議そうに首を傾げる千恵。


「私です!」


 そう言いながら、烏が降り立った。


「爺やじゃない。どうしてここに」

「いい加減蓮司様に帰ってきて下さらなければ、皆心配で胃に穴が開いてしまいます」

「それは言い過ぎじゃあ……」


 胸を張る爺やに、苦笑を浮かべる千恵。


「さぁ若、帰りますよ」

「俺帰らないぞ。やることあるんだよ!」


 首を振りながら逃げようとする蓮司と、連れて行こうとする銀二さん。

 繰り広げられる騒ぎに、私は唖然を見つめる。


 えっと、これどうすれば……


「おい、行くぞ」


 腕を引かれ振り向くと、律が太一と私の手を引いて歩き始めた。


「え、蓮司達置いてくの?」

「放っとけ」


 私と太一は蓮司達を見つつ、律に引きずられていく。と、蓮司と目が合った。


「え、ちょっ。置いてくなよー!!」

「逃げないでください若」


 叫ぶ蓮司の声は、ホームに響いた。

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