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椿堂物語《完結》  作者: アレン
一章 化け猫と鈴
3/72

 

 案内された部屋には、ソファーとテーブルが置かれてあった。おそらく客間なのだろう。持ってきたティーセットを置き、ソファーに座る。時子さんも座って、紅茶をカップに注いでいった。


「お砂糖おいくつ?」

「一つでお願いします」

「分かったわ。はい、どうぞ」


 カップを受け取り、一口飲む。独特の風味が口に広がった。


「美味しいです」


 私の言葉に、時子さんは笑みを浮かべた。


「これ、海外の物なのよ。お口にあって良かったわ」


 そう言いながら紅茶を飲む。その時、腕の鈴がチリンと音を鳴らした。


「あの、その鈴って」

「これ?」


 鈴を指さした時子さんに、私は頷いた。


「昔飼っていた猫のものなの。もう随分昔だけどね」

「そうなんですか」

「真っ白い猫でね。主人もすごく可愛がっていたの」


 そう言いながら鈴を撫でる。


「だけど、あの蔵で起きた火事で死んでしまってね。いつも蔵を遊び場にしていたんだけど、ランプが倒れて火がついてしまったみたいで。気づいた時には、もう火が完全に燃え広がってしまっていたの」


 時子さんは悲しげに微笑み、手をギュッと握った。


「何もできなくて。今でも、鳴き叫んでたあの子の声を憶えているわ」

「そう、だったんですか……」


 悪いことを聞いてしまったな。だけど、これで分かったことがある。何度か見た猫は、話の猫と同一だろう。幽霊にでもなって、今だここを離れられないのだろうか。それとも、今回のことに関わっているとか……?


「もしかしたら、私達のことを恨んでいるのかもしれないわね」


 そう小さく呟いた時子さんの言葉は、後悔の滲む悲痛な声だった。

 そんなことない。そう言いたいけど、言い切れなくて、私は黙ったまま俯いた。


「ごめんなさいね。嫌な話になってしまって」

「いいえ。私が聞いたんですから」


 首を振った私に、時子さんは微笑んだ。


「おかわりは?」


 聞かれて、紅茶がすっかり冷めてしまっていたことに気づく。私は残りを飲み干し、カップを渡した。


「今度は私が質問していいかしら」

「はい」


 私は、渡される紅茶を受け取りながら頷く。


「葉月さんは、どうして探偵事務所に?」

「どうして、とは?」

「貴女位の年で働いているのは普通の事だわ。だけど、貴女はどこか名のある家の出身なんじゃないかしら」


 私は目を見開いた。そんな私を見つつ、時子さんは続ける。


「ちょっとした仕草から、ちゃんと作法を学んでいるんだって分かったの」

「そう、ですか……」

「これは私の好奇心で聞いている事だから、無理に答えてとは言わないわ」


 そう言って言葉を切った時子さんを、私は見つめる。

 そして、フゥと息を吐き、カップをテーブルに置く。


「時子さんの言う通り、私は少し地位のある家の出身です。父が軍でそこそこの階級でして」

「まぁそうなの。お父様は貴方が働くことに賛成されているの?」


 その問に、私は一瞬戸惑った。でも、笑みを浮かべる。


「父は、少し前に亡くなりまして」

「そうだったの……」


 謝ってきた時子さんに、私は首を振った。


「それから、色々ありまして。所長に助けられて、その恩と、まぁその、色々返すために探偵事務所て働いているんです」

「そう。じゃあ、そのペンダントはお父様との思い出の物なのかしら?」


 時子さんが言ったのは、私が付けている物。そうなんだけど、なんで分かったんだろう。


「お父様の話をしている時、握っていたからそう思ったの」

「あぁ」


 無意識に触ってたみたいだ。


  「小さい頃に貰って、それからずっと付けているんです」

「そうなの。貴方みたいな娘さんがいるんだもの、お父様は立派な方だったのでしょうね」

「……はい」


 ニッコリ笑った時子さんに、私はペンダントを握りながら微笑んだ。



 それから、太一と春さんが来て、四人でしばらく話をした。


「もうこんな時間になってしまったのね」


 そう言った時子さん。部屋にある時計を見ていると、夕暮れ時だった。


「そろそろ帰ろうか」


 私と太一は立ち上がる。


「あぁ、葉月さんちょっと待って」


 時子さんを見ると、彼女は鍵を取り出した。それはあの蔵を開けるための物だ。


「これ、貴方にお貸ししておくわ」

「え、でも」

「明日も私が案内できるか分からないから。問題が解決したら、返してくれればいいわ」


 そう言われたら断れない。私は有り難くそれを受け取った。





「ねぇ、太一先に帰っててくれる?」

「え?」


 表通りに出て、私は太一にそう言った。太一は不思議そうな顔を向けてくる。


「ちょっと忘れ物しちゃった」

「もう暗くなっちゃうよ。僕もついて行かなくていいの?」

「大丈夫。そんなに遅くならないから」


 手を振り私は元来た道を戻る。太一は心配そうな顔をしていたものの、私を見送ってくれた。


 しばらく進んで、歩みを止める。クルリと体を後ろに向け、また歩き出す。

 表通りに出て、椿通りとは反対に進む。いくつか通りを抜け、ある路地裏にたどりついた。薄汚れた壁に、埃っぽい空気。私はそこにしゃがみこみ、顔を膝に埋めた。


 立派な人、か。


 時子さんとの話を思い出す。

 私にとっては、父様は立派な人だ。だけど、世間からしたらそうじゃない。

 ギュッと手を握り、身を小さくする。


「おい、何してんだ」


 ふと頭上から声を落とされた。顔を上げると、腕を組み、私を見下ろす律と目が合った。


「律? なんでこんな所に」

「あぁ? 団子が食べたくなって、たまたまここを通っただけだ。文句あるか?」


 団子って。律がいつも食べるのは、椿堂にある団子屋さんのだ。ここを通る必要なんてない。


「逢魔が時にこんな所に居て、取り憑かれても助けてやんねぇぞ」


 そう顔を背けながら言った律に、私は笑みが浮かんだ。そうか、私を心配してくれたの、かな? 多分太一が律に言ったんだろう。


「そうだね。ごめん」


 私は立ち上がり微笑んだ。律は私を見ることなく歩き始めた。私はそんな律を追って隣に並ぶ。


「私もお団子食べたいな」

「自分で買え」

「私、お金持ってない」

「チッ。自分で持てよ」

「はーい」


 路地裏を律と共に後にする。まるであの時みたいだ。律に助けられた日と。




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