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椿堂物語《完結》  作者: アレン
五章 制服と幼馴染み
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 律は、私に目を向けた。その目が鋭く、私は思わず身を竦めた。

 そんな私の反応に、律は少し表情歪める。


「痛イナァ」


 唸り声がし、そちらに目を向けると、先生が起き上がった。


「イキナリナンダイ? 酷イナ、腕ガナクナッテシマッタヨ」


 そう言いながら掲げた先生の腕は、手首の部分からなく、血が流れ出していた。目線を下へ向けてみると、腕が床に転がっていた。


 これ、律がやったの……?


 私はブルリと身を震わせる。

 首を絞める力が消えたのは、律が先生の手を切ったからだったんだ。


 先生は床の腕を拾い上げ、切られた傷口に押し付けた。

 私は咄嗟に目を逸らす。見ているだけで痛そうだ。


「コレデイイ」


 満足気な先生の声が聞こえ目を向けてみると、切られた腕は完全に繋がり、元に戻っていた。

 まさか、そんな事が有り得るの? 唖然と先生を見つめていると、律が私を後ろに押し倒した。


「え?」


 いきなりのことに、目を丸くしたまま後ろに倒れる。そんな私を、蓮司が受け止めてくれた。


「あっぶねぇ」

「蓮司……」

「大丈夫か、葉月ちゃん」


 聞いてきた言葉に頷きつつ、私は律へ目を向けた。

 彼は先生を睨みつけ、刀を構えている。先生は律を上から下へと見て、首を傾げた。


「君、何者ナンダイ? 見タ目ハ鬼ダ。ダケド、人間ノ匂イモスル。トテモ美味ソウナ匂イダ」


 クンクンとにおいを嗅いだ先生は、舌なめずりをした。横にいる蛇も同じ行動をする。

 今の先生は、完全に妖怪に取り憑かれてしまっているみたいだ。


「そんな事、お前には関係ねぇよ!」


 そう言いながら、律は先生に斬りかかった。

 先生はそれを避けようとせず、ただ眺める。


 脳天に向け、刀を振り下ろす。しかし、それが先生を捉える直前、律の横から尾の様なものが襲いかかった。

 律は防御出来ず、壁の方へ吹き飛ばされてしまった。


「律!!」


 律がぶつかった棚は壊れ、倒れた律の周りに瓶破片や、棚の残骸が撒き散る。

 律は起き上がろうとするが、血を吐き出しまた倒れ込んでしまう。彼の額や腕からも血が出ている。


 私は律に駆け寄ろうしたが、蓮司に腕を掴まれ止められてしまう。

 蓮司を見ると、駄目だと言うふうに首を振られた。


「行っちゃ駄目だ。君が行っても、危ないだけだ」

「でも!」


 反論しようとした瞬間、ゾッと寒気を感じた。まるで喉元に牙を突き付けられたような感覚。

 先生に目を向けると、彼は私を見つめて微笑んでいた。


「君ハ他人ノ心配バカリスルネ。ソウイエバ、君モ凄クイイ匂イガスルネ。アノ鬼ヨリモ、モットイイ匂イダ」


 そう言いながら、先生は私の方へ向かってきた。

 獲物を見るよう目を向けられ、私は金縛りにあったように動けなくなる。

 そんな私を、蓮司が守るように引き寄せた。しかし、先生の歩みは止まらず、ますます表情を緩めていく。


「君ヲ食ベタラ、ドンナ味ガスルンダロウネ。痛メツケタ後、食ベタラサゾ美味シイダロウナ」


 先生は私へと手を伸ばしてくる。



「ふざけたこと、抜かしてんじゃねぇ」


 低い声が部屋に響いた。

 先生の動きが止まり、後ろを振り返る。私も彼の後ろに目を向けた。


 律が口元を拭いながら、立ち上がっていた。

 そしてゆっくり顔を上げる。

 見えた顔に、私はゾッと背筋が凍った。


 瞳は真っ赤に染まり、禍々しい妖気が彼を包んでいる。これは、新月の夜に見た時と同じ……


 律は床を蹴り、先生に斬りかかった。

 刃は先生の肩口を捉え、血飛沫が飛ぶ。

 先生は、刀が振り切られる前に避け、肩を押さえた。


「マルデ別人ノヨウダネ。何ガ君ヲソウサセルノカ、興味ガアルナァ」


 先生がそう言うと、蛇と周りにいた妖怪達が律に襲いかかる。

 律はそれを腕で振り払い、先生に飛びかかった。

 そのまま二人は後ろに倒れ、律が先生の喉元に刃を突きつけた。

 そして、喉へと刃を刺そうと、握る手に力を込める。


「駄目!!」


 私の叫びで、律の動きが止まる。

 寸前で止まった刃は、先が皮膚を裂き、微かに血を流していた。


「ドウシタ。怖気ヅイタノカ?」


 動きを止めた律に、先生は挑発するように言葉を発する。

 律は表情を変えず、先生を睨みつけた。

 そんな律に、先生はニヤリと口元を上げた。


「オ前、鬼ナンダロウ? 今更ソンナ感情ナドナイダロウ。鬼ニ成ルヨウナ奴ダ。ドウセ何人モ殺シテイルンダロ?」


 その言葉に、律の眉がピクリと動く。


 人を殺した……?


 蓮司に目を向けると、彼は拳を握りながら、険しい表情を浮かべていた。

 この反応は、真実を言っているからなんだろうか。


「ホラ、殺レヨ」


 口元を緩める先生に、律は刀を握る手の力を強めた。


「律!!」


 そして、律は刀を下に突き刺した。




「ナ、ンダト」


 目を丸くする先生。

 刃は、先生の喉ではなく、彼の顔の横を刺していた。そして、それは蛇の頭を貫いていた。


「俺はお前とは違う。同じように語ってんじゃねぇよ」


 そう言い放ち、刀を薙ぎ払った。


「グギャァァァ!!」


 蛇は悲鳴を上げ、悶えながら消えていった。それと同時に、集まっていた妖怪達も消えていく。

 部屋を包み込んでいた禍々しい妖気がなくなり、律のものだけになった。


「あ、あぁぁぁ」


 消えゆく蛇を見ながら、先生は涙を流し始めた。


「なんて事だ。僕の、僕の相棒がっ!!」


 泣き叫び、律を睨みつける。


「僕の最高の玩具だったのに! なんて事をしてくれたんだ!」


 駄々をこねるように叫ぶ先生は、まるで玩具を取られた子供のようだ。

 そんな先生を、律は見下ろす。


「知らねぇよ。お前のこれからの相棒は、牢獄のネズミだろうよ」


 言い放った律の言葉に、先生がピタリと泣き止む。そして、ゆっくりと口元を上げる。


「ネズミか、それも悪くないね」


 そう言い、先生は気を失った。


 最後まで、狂った人だ。この人なら、牢獄でも楽園だと言い出すのだろうな。


 私は立ち上がり、律の方に向かう。


「律」


 声をかけると、律は私に顔を向けた。向けられた目は黒。いつもの律だ。


「良かった」


 ホットし息をつくと、律が顔を背けた。


「首……」

「え?」

「また、痣できちまったな」


 言われて首に手をやる。自分じゃ分からないけど、絞められてまた痣が出来てしまったようだ。


「大丈夫。蓮司に貰った薬塗れば、すぐなくなるから」


 笑って言うが、律の表情は険しいまま。

 この前もだけど、律って残るような傷に対して、凄く気にしてくれる。

 その事が嬉しくて、頬が緩んでしまう。


「危なっかしい真似すんなよな。止めに入った方がいいかと、ヒヤヒヤしたぞ」


 と、笑いながら蓮司は律の肩を叩く。律は刀をなおしながら、蓮司を睨みつけた。


「うるせぇな。そもそもお前がしっかりしてねぇから、俺が出てくる羽目になったんじゃねぇか」

「無茶言うなよ。あんな強い奴だとは思わなかったんだ。おかげで、あばらを何本かやられたよ」

「え?!」


 笑いながら言う蓮司に、私は目を見張る。


「大丈夫なの? 急いで手当した方が」


 聞くと、蓮司はニッと笑った。


「大丈夫。妖怪は人間より治癒力が高いから、こんな傷なら直ぐに治る」

「だけど」


 言葉を続けようとしたが、廊下からざわめき声が聞こえ、ハッと入口の方を見る。

 耳をすませると、いくつもの足音がこちらに向かってきていた。


「誰か来るな」

「来るな、ってどうするのよ!?」


 もしかしたら、今まではあの蛇の妖怪の力か何かで、誰もここの事態に気付かれていなかったのかも。だけど、蛇はいなくなってしまったから気付かれてしまったようだ。

 今ここに来られるのはまずい。倒れる先生に、散乱するガラスの破片と壊れた棚の残骸、そして所々に飛び散っている血の跡。これのどう説明すればいいのよ。


 戸惑う私を他所に、蓮司と律は目配せをし、蓮司は私に微笑みかけた。


「葉月ちゃん、ちょっと我慢してね」

「へ?」


 蓮司は私を抱きかかえ、そのまま律が入ってきた時に割れた窓から外に飛び出した。

 ちょっ、ちょっと待って。ここ二階なんですけど?!





「し、死ぬかと思った……」


 私はしゃがみながら、胸に手を当てた。心臓が壊れるんじゃないかと思うほど動く。


 二階から飛び降りた後、私達は人に見つからないように学校の外に出た。

 校門には、警官が集まっていて、どうやら律が時前に呼んでいたみたい。これで、先生は捕まり、事件解決だ。


「いつまでへばってんだ。帰るぞ」


 私を見下ろし、歩き出す律。

 いやいや、二階から飛び降りるなんて、そんな体験した後にすぐ動けるわけないでしょう。

 ムッと律を睨んでいると、蓮司が笑い出す。


「葉月ちゃんって、あんなおかしな奴には歯向かってくのに、二階から飛び降りたのは駄目って。ほんと面白いね」

「何よそれ」

「いや。流石葉月ちゃんだ」


 そう言いながら、手を差し伸べてくれた。


 自分でやるのと、そうじゃないのとでは違うのよ。


 手を取り立ち上がると、蓮司が顔を近づけてきた。


「ねぇ葉月ちゃん」

「な、何?」


 何事かと蓮司を見ると、彼は真剣な目を私に向けていた。


「律って、いつもあぁやって助けてるのか?」

「あぁって?」

「鬼になって」

「そうだね。今日はちょっとおかしかったけど、大体は」


 どうして今日はあんなだったんだろう。今日は新月じゃないはずなんだけど。

 蓮司は険しい顔をし、腕を組んだ。


「何かあるの?」


 聞くと、蓮司は律の方を見て、眉を歪めた。


「あまり長く鬼になると、戻れなくなるんだ。鬼があいつの精神を乗っ取ろうとするから」

「え……」


 てことは、今まで私を助けてくれた時、そんな危険を犯してたってこと?

 さっと血の気が引く。


「いや、今回位の長さなら、全然大丈夫なんだよ。もっと長時間ってこと」

「でも、今日おかしかったじゃない」

「さっきのは…… 律があの先生に強い敵意を感じて、それと鬼が同化しちまったんだ」

「敵意……」


 そういえば、今日の律は凄く怒ってた気がする。


「ま、あいつが無茶しないよう、見てやってくれよ」


 ポンッと私の頭を撫でた蓮司に、私は笑って頷いた。

 なにはともあれ、律は何度も私を助けてくれた。ムカつくこともあるけど、優しい奴だってことは分かってるから。少しでも私が助けになるのなら、出来ることはやろう。


「何やってんだ。早くしろ」


 振り返って声を上げた律に、私達はクスリと笑って歩き出した。




 後日、事務所に手紙が届いた。

 差出人は新一君。どうやら、校長先生に私の住所を聞き出したらしい。


 手紙には、私がいきなり居なくなったことに驚いき、残念だったという事や、虐めがなくなり、話す友達ができたことが書かれていた。

 そして最後に『ありがとう』と。



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