六
目が覚めると、私は自分の部屋にいた。起き上り、外を見てみると、すっかり日はおち暗くなっている。そういえば、あの後家に帰ってそのまま寝ちゃったんだっけ。着替える元気もなくて、服は制服のままだ。私は服を着替え、部屋を出た。
お腹すいていたので、台所へ行ってみる。入ると、机に紙が置いてあった。
『棚におにぎりがあるから、お腹が空いたら食べてね 太一、千恵』
棚を開けてみると、おにぎりの乗ったお皿があった。それを見て、心がホッコリとする。
ありがとう。太一、千恵。
私はおにぎりを全て食べ、部屋に戻ろうと廊下に出た。と、明かりの灯っている部屋があることに気付く。あそこは律の部屋だ。
なんとなく気になって、襖越しに聞き耳を立ててみる。
「おい、何の真似だ?」
中から声がして、ビクリとする。え、なんでばれたの?! 驚くが、気づかれてしまったのなら、このまま逃げるのは気まずい。仕方なく私は襖を開けた。
「や、やぁ。こんばんは」
笑いながら入ると、律は眉をひそめながら私を睨んだ。
「隠れるんならもっと上手くやれ。陰で丸見えなんだよ」
なるほど、それでばれたのか。
律は私から目を離し、手に持っていた本へと下ろした。えっと、これからどうしたら。
「こんな時間まで起きてて大丈夫なの?」
「うるせぇな。お前には関係ないだろ」
目を向けず言われた言葉に、イラッとする。心配していったのに、その返しはないだろう。律のことを睨んでいると、ふと本を捲る手が止まった。
「お前は何でこんな時間に起きてんだ?」
聞かれた言葉に、私は目を丸くする。えっと、これは私のこと心配してるのかな。
「目が覚めちゃって。もう一回寝なおすよ」
「そうか」
そう言うと、また本を捲った。
イラつくようなことしてくるくせに、こうやって私の心配したりする。ほんと、訳わからない奴だ。
殺したい妖怪がいるって言ってたけど、一体そいつと律の間に何があったんだろう。彼が鬼になってまで、殺したいと思うほどの事。それが今彼がここに居る理由なんだよね。
そう思うと、少し寂しく感じる。こうやって一緒に暮らしていても、彼にとってはただの気まぐれってことなんだろうか。
ジッと律を見つめていると、彼がこちらに目線を送ってきた。いつまでいるんだと言っているような目。そりゃあ私がここに居る理由はないんだけどさ。なんだかこのまま行きたくなくて、私は何か話題がないかと考える。
「そうだ。学校の事なんだけど。ちょっと行き詰っちゃって」
浮かんだことを口に出したが、言った後にしまったと後悔する。こんなこと言ったら、そんなこと知るかって言われるに決まってる。だけど、律は何も言わず本を閉じて私の方へ体を向けた。
「何人か絞れてたんじゃねぇのか?」
真剣な表情で聞いてきた律に、私は目を丸くした。意外な反応だ、これは予想してなかった。ポカンとしている私に、律は眉をひそめる。私はハッとした。
「うん。そうだったんだけど、二人とも違って」
「確認したのか」
「どっちも妖怪に憑りつかれてたんだけど、犯人じゃなかったの」
私の言葉を聞き、律は顎に手を当てた。そんな彼の様子に、自分の中にある疑問を聞いてみようかと思った。
「ねぇ。犯人は妖怪に憑りつかれていない、ってこと有り得る?」
律は私を横目で見る。
「あるだろうな。犯罪を犯す奴ってのは、妖怪が寄ってくる前に、すでに悪に染まってるもんだからな」
「どういう意味?」
「悪意を持つから妖怪が寄り付くんだ。悪意ってのは恨みなんかの小さなものだけじゃねぇ、妖怪にとっちゃ悪に染まった人間は一番の好物だ」
「つまり、今回の犯人は妖怪がらみじゃないってこと?」
「知るか。後は自分で考えろ」
そう言いながら、律は私に背を向けて寝転がってしまった。
相談に乗ってくれるのはここまでってことか。疑問が解けたような、ますます分からなくなったような。取り敢えず、もう自分の部屋に戻ろう。私は立ち上がり、出口に向かった。
「犯罪を犯すような奴には、強い妖怪が寄り付く」
出ようと襖に手をかけた時、後ろから律の声がした。振り返ると、律は背を向けたままだったが、言葉を続ける。
「そういう奴は、憑りついた人間と同化して自分の気配を消す。悪意に重ねて、妖気を隠すんだ」
「え……」
つまり、憑りつかれていても妖気を感じられないってこと? あの学校で、そういう人の心当たりがある。
まさか、あの人が……
学校の奥、教室の扉を開ける。中は真っ暗で、何も見えない。
私と蓮司は頷きあい、ゆっくりと中に入った。
目を凝らし周りを見ると、壁には棚が置かれてた。これのせいで窓が塞がり、外の光が入ってこないみたいだ。部屋の中は鼻に着くような臭いが充満している。これは、薬品の臭い?
パチンと音がし、部屋が明るくなる。いきなり目の前が明るくなって、私は目を閉じた。
「見つかってしまったようだね」
後ろから声がし、振り返る。入口に立つ人が、後ろ手に扉を閉めた。
「ようこそ。僕の楽園へ」
歯をだし笑った顔は、私の知る表情と同じなのに、纏う空気が全く違う。
「蘇芳先生……」
先生は私たちに視線を送り、パチパチと拍手をしだした。
「いやぁ、君達は他の生徒とは違うと感じてはいたが、まさかここを見つけられてしまうなんてね」
私は周りに目をやる。部屋一面を埋め尽くす棚には、大量も瓶が並べられている。瓶の中には、緑色の液体と、動物が。鳥にネズミ、猫、犬。様々な動物が瓶詰にされている。
気味が悪い。吐き気がし、私は口に手を当てた。
「こりゃあ、随分いい趣味だな」
蓮司も、部屋を見回し表情を歪めた。そんな私たちに、先生は嬉々とした表情を浮かべる。
「可愛い子たちだろう? どれだけ見ていても飽きない」
先生は瓶を持ち、まるで恋人を見るような目をそれに向ける。
「眺めるたび思い出すんだ。死ぬ間際の抵抗する姿、鳴き声、怯えた目。全てが僕を興奮させるんだ」
異常だ。狂ってる。
「学校で見つかった死骸は、全部先生がやったの?」
「そうだよ。我慢できずついね。だけど誰も僕を疑わない。笑えるよね」
クスクスと笑いだす先生に、恐怖を覚える。私の知る温和な先生とは全くの別人。これが先生の本性なのか。
犯人はこの人で決まりだ。だけど、一つ疑問が残る。
「先生。涼介と新一君の事も、貴方が関係しているの?」
先生は瓶を置き、私へ目を向ける。
「何のことだい?」
「二人は妖怪に憑りつかれてしまった。そうなる直前、二人とも先生に会っているの」
ここ来る前二人に確認したが、涼介も新一君も、記憶がなくなり始めた直前に先生と二人きりで話をしていたらしい。
「悪人には強い妖怪が寄り付く。そういう奴は、自分の気配を悪意に隠して感じなくさせる」
「この学校で、妖気を感じられねぇのはあんただけだ。強い妖怪なら、弱い奴を従えて、憑りつかせたりもできるだろうな」
先生は私と蓮司、それぞれを見てニヤリと笑った。
「そこまで見抜いてしまうなんてね。いやはや、君達には驚かされてばかりだ」
そう言った瞬間、先生から黒いモヤが漂い始めた。
恐怖に体が固まる。そんな私を、蓮司が守るように引き寄せた。
先生の周りには無数の妖怪が集まり、彼の体に巻きつく黒い蛇が現れた。
「こいつは僕の相棒なんだ」
そう言いながら蛇を撫でる。
強い妖気の元はあの蛇だ。こんな強い妖気を放つ奴に憑りつかれているのに、先生は平気な顔をしている。それだけ意思が強いのか、妖怪に取り込まれないほど異常なのか。
「先生の趣味は動物を痛めつけることじゃないの?」
「痛めつけるだなんて。僕なりの愛情表現だよ」
愛って……
心外だという風に首を振る先生に、私は寒気を感じた。
これが悪人という奴なのか。常識の全く通用しない相手。同じ人とは思えない。
「だけどね。正直少し飽きてしまったんだよ。どの子も反応が同じすぎてね、昔ほど心躍らなくなったんだ。そんな時だよ、こいつと出会ったのは」
そう言いながら、蛇へ目を向ける。
「こいつは僕に最高の玩具をくれた。最初は涼介君に妖怪を憑りつかせた。あの子は暴力的な心を持っていたから、とても扱いやすかったよ。僕の思惑通り、弱い子を見つけ、欲望のまま動いた」
嬉しそうに語る先生は、両手を大きく広げ、身を震わせる。
「最高だったよ。新一君を痛めつけ、笑う涼介君達。そして、それに怯え、震える新一君の表情。とても興奮した」
まるで嬉しい思い出を語る様に話す先生。私は激しい怒りがわき起こる。
そんな事の為に、涼介に新一君を虐めさせていたなんて。
「最低」
私の呟きに、先生はニヤリと歯を見せ笑う。
「新一君は何度も僕に相談しに来てね。あの時の表情といったら、頬が緩むのを抑えるのに苦労したよ。何度か相談に乗って、僕は思いついた。涼介君を恨む新一君に、妖怪を憑りつかせたら、もっと面白いことになるんじゃないか、てね」
そう言って、先生は下を向き、ため息をついた。
「だけど、そこで邪魔が入ったんだよね」
顔を上げた先生は、先程までとは違い、怒りの表情を浮かべる。私達を睨む目は、赤く染まっている。
一気に強い妖気が部屋中を包み込み、鳥肌が立つ。
「ほんと、困ルんダヨね。僕ノ玩具を次々と壊シチャッテサ。君達何者ナノ?」
段々と先生の言葉が濁っていく。どういう事? なんでいきなりこんな風に。
そう思った瞬間、横を何かが凄い勢いで横切った。後ろから何かがぶつかる音がし、私はバッと振り返る。そこには、倒れる蓮司が。
「アァ君、妖怪ナンダネ。随分上手ニ化ケテタから、気付カナカッタヨ」
真横から声がし、顔を向ける。いつの間にか先生は私の横に居て、蓮司を見て、笑みを浮かべていた。
いつの間に、こんな近くに。
私は先生から離れようとしたが、髪を掴まれてしまった。
「あっ!」
そのせいで、カツラが取れてしまい、まとめていた髪があらわになってしまった。
私の髪に、先生は目を丸くする。
「驚イタ。君ハ女ノ子ダッタンダネ」
「つぅっ」
先生は私の髪を掴み、自分の方へ引き寄せた。痛みに顔を歪めつつ、私は先生を睨みつける。
「人をなんだと思ってるの?! 涼介も、新一君も貴方の玩具じゃないのよ!」
叫んだ私に、先生は顔を歪めながら笑う。
「君ハ本当ニ面白イネ。コンナニ震エテイルノニ、僕ニソンナ事言ナンテ」
先生は髪から手を離し、私の首を掴んだ。そのまま上へ持ち上げる。
「くぅっ」
息ができず、私は先生の手を退けようともがく。その様子を、先生は面白そうに眺める。
「ソンナ君ガ、死ニ際ニドンナ顔ヲスルノカ、トテモ興味ガアルナ。サァドウダイ? 息ガ出来ズ苦シイダロウ?」
「くそっ。お前、いい加減にしろよ! 葉月ちゃんを離せ!」
立ち上がった蓮司が先生に飛びかかる。だけど、先生に巻きついていた蛇が蓮司に襲いかかり、彼はまた壁へ吹き飛ばされてしまった。
「れ、んじ……」
棚が壊れるほど強く打ち付け、蓮司は倒れ込んで、顔を歪める。頭からは血が流れ、痛むのか起き上がれなくなってしまった。
「他人ノ心配ヨリ、自分ノ心配ヲシタ方ガイインジャナイカナ?」
「うっ」
先生は手の力を強め、私の首をますます締めてくる。
意識が遠のき、目が霞んでくる。その中、見える先生の赤い目、歪んだ表情が、あの時の父様と重なった。
私はグッと歯を食いしばり、目を見開く。
こんな、こんな奴にっ……!!
締める手に掴みかかった私に、先生が目を見開く。
「あんた、なんかの、好きになんて、させないっ。思い通りに、なんて、ならないわよ!!」
全力で先生の手を引き剥がす。そんな私に、先生は興奮したように、表情を歪める。
「アァ良イイヨ。トテモイイ! 君ハ最高ダヨ!」
「くっ、あ……」
私の力より強い力で首を締めてくる。骨が軋む音がする。
「は、づきちゃんっ」
必死に起き上がろうとする蓮司が、視界の端で見えた。
あ、もう……
力が抜け、手が先生の手からすり抜ける。
パリンッッッ!!
物凄い音がし、棚が音を立てて倒れる。割れたガラスが床に撒き散る。
「ナ、ナンダ?!」
困惑した先生の声。私は霞む目を、音のした方へ向ける。
「グギァァァァ!!」
と、先生の叫びが聞こえ、首にあった力が消える。浮いていた体から支えがなくなり、私はそのまま後ろへ倒れる。私はグッと目ととじた。
床に当たると思ったが、誰かが私を受け止めた。目を開けた時、視界の端に赤い髪が映った。
「てめぇ」
鋭い目をし、前を睨みつける。その表情は、いつもと違っていた。これは、新月の日に見た彼で。
「律……?」
私は震える声で、小さく呟いた。




