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椿堂物語《完結》  作者: アレン
五章 制服と幼馴染み
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「葉月、これでいいの?」

「うん大丈夫。ゆっくり混ぜてね」


 真剣な顔をして、卵をかき混ぜる千恵。なんでも、蓮司に食べさせてあげたいらしく、私が料理を教えてあげている。


 あれ以来、千恵はよく家に遊びに来ている。

 ついでに、着いてくる爺やさんも来ていて、どうやら太一のことが気に入ったらしく、よく二人で話しているみたい。大体は自慢話らしいが、太一は面白がって聞いているみたいだ。


「葉月姉ちゃん」

「ん?」


 太一が台所に来た。爺やさんも一緒だ。


「どうしたの?」

「律兄ちゃんが呼んでるよ」


 律が? どうしたんだろう。


「分かった。千恵、あとは焼くだけだから、太一に見てもらって。よろしくね太一」

「うん」


 千恵のことを太一に任せ、私は台所を出た。



 部屋を覗くと、律だけがいる。珍しい、いつもなら蓮司か中島さんが居るのに。

 最近、ここが集会所のように、人が集まっている。中島さんは前からだけど、蓮司と千恵が加わって、凄く賑やかだ。


「何か用?」


 中に入って律の元に行くと、黙ったまま数枚の紙を渡された。受け取って見てみると、依頼文のようだ。


「お前行ってこい」

「行ってこい、て……」


 私は依頼文に目を通す。


「私じゃ無理なんじゃ」

「なんでだよ」

「なんでって、これ中学校からの依頼じゃない。しかも、生徒に紛れて捜査してほしいって書いてあるし、私じゃ無理よ」


 中学校は、尋常小学校を卒業した男子のみが入れる学校だ。そんな所に、女の私が入れるわけがない。


「太一じゃ無理だろ」

「律が行けばいいじゃん」

「なんで俺が」


 嫌そうな顔をする律。そんなワガママな。


「校長様直々の依頼だ。受けねぇわけにはいかねぇだろ」

「にしたってさ」


 そもそも、中学校の校長が依頼してきたって事も、気になるんだけど。

 律はたまに、ビックリするくらい偉い人と知り合いだったりする。この前は、警察のお偉いさんから手紙が来ていたみたいだし。


 私はもう一度依頼文を見てみる。

 なんでも、最近校内で動物の死骸が見つかっているらしい。それも、相当の数が。もしかしたら、校内に犯人がいるのでは、ということで調べてほしい、とのこと。


「校内のことなら、学校が調べたらいいんじゃない?」

「表沙汰にしたくねぇんだよ。もし犯人が生徒なんてことになれば、記者共が喜んで記事にするだろうからな」


 学校の体裁を守る為、ってやつか。


「まぁ心配すんな。対策は考えてやってるから」


 ニヤリと口元を上げた律。

 嫌な予感しかしない。私は、律に紙を返してやりたい気分になった。



 結局律に押しきられ、結局中学校へ行くことになってしまった。

 校門には、制服を着た男子が次々と登校している。


 ヤバイ、吐きそうかも。緊張で、心臓が口から出てしまいそうだ。人が横を通る度、変な汗が出てくる。


「あのぉ」


 声をかけられ、ビクリと肩を震わせる。前を向くと、若い男の人が私を見ていた。


「今日転入してくる人、かな?」

「は、はい」

「よかった。僕は君の担任になる、蘇芳すおうです」


 ニコッと微笑んだ蘇芳先生に、私は慌てて頭を下げた。


「律といいます。よろしくお願いします!」


 頭を下げた私に、先生は焦った顔をした。


「そんな畏まらないでいいよ」

「はぁ」


 蘇芳先生って、なんだか先生としては、ちょっと頼りない印象だ。いい人ではありそうだけど。いや、私の周りの男が、変な人ばっかりだからかな。


「それにしても、律君って可愛い顔をしているね。女の子みたいだ」


 笑いながら言った先生。私はその言葉に表情を固くした。


「え、えっと」

「あ、ごめん。失礼だよな、こんなこと言うのは。申し訳ない」

「大丈夫です……」


 頭を搔く蘇芳先生に、私は苦笑を浮べる。


「じゃあ行こうか」


 歩き出した先生の後を追いながら、気付かれないように息を吐く。

 バレたかと思ったよ。

 私は息苦しくて、首の襟を少し緩める。



 律の言っていた対策というのは、私が男装をするというものだった。

 流石に無理があるだろう、と反論したかったのだが、既に制服とカツラが用意されていて、完全に退路を絶たれてしまっていた。

 律は、絶対に私で遊んでいる。制服を見て苦笑いをする私を、可笑しそうに笑っていたし。

 この他にも対策は用意してるって言ってたけど、どうにも嫌な予感しかしない。



「この時期に転入なんて珍しいね」

「家庭の事情で」


 教室に向かう中、蘇芳先生の話に相槌を打ちつつ、私は辺りの様子を伺う。


 特別変わった学校じゃない。だけど、空気が悪い。

 ちょこちょこ見かける生徒達には、弱い妖怪がまとわりついている。


「さぁここだよ」


 蘇芳先生が戸を開けると、中にいた生徒の目線が、一気に私に向けられる。


「転入生の律君だ。色々教えてやってくれ」


 先生の言葉に、返事をする人はいない。みんな、私のことを物珍しそうな目で見ていた。


「じゃあ好きな場所に座ってくれ」

「え?」


 先生はそれだけ言って、教室を出ていってしまった。正直、このまま放置は辛いんだけど……

 私は取り敢えず、空いている後ろの席に座った。その様子を、周りは黙ったまま見続ける。居心地が悪いな。


「あの」


 もう帰りたいと思っていると、横から声をかけられた。顔を向けると、眼鏡をかけた男子が、遠慮気味に微笑んでいた。


「初めまして。僕、新一しんいち

「あ、どうも。律です」

「もし良ければ、分からないことがあったら聞いて」

「え、いいの?!」


 思わず声を上げてしまった。新一君は、驚いたように目を丸くしている。

 しまった、あまりの嬉しさに。


「いいのか?」


 改めて聞くと、新一君はホッと表情を緩めた。



 午前中の授業をなんとか無事のりきり、私は机に倒れ込む。

 疲れた。私は、一応高等女学校に通っていたんだけど、一年くらい勉強をしていないと、少しやっただけで、頭が爆発しそうだ。

 しかも、男っぽい振る舞いをずっと意識しているから、精神的疲労が半端じゃない。

 これは早く解決しないと、私がもたないな。


「おい、そんな所につったってんじゃねぇよ!」


 外から怒鳴り声が聞こえ、何事かと見に行ってみる。少し向こうで、何人かの男子が、倒れる一人を囲んでいる。あれは、新一君だ。


「ご、ごめんなさい」

「あぁ? 聞こえねぇな。ちゃんと話せねぇのかよ」


 そう言って、男子達はゲラゲラ笑う。そして、全員で新一君を蹴り始めた。その様子を、周りは見て見ぬふりをし、その場から逃げていく。


「ちょっと!」


 私は新一君の元に駆け寄り、男達を振り払った。


「なんだお前は。どういうつもりだ?!」

「それはこっちが聞きたい!」


 一人相手に、複数でなんて。しかも、見た感じ新一君が何かをしたという事ではなさそうだ。

 私は男子達を睨みつける。


「こんなことして、恥ずかしくねぇのかよ」


 無意識に、言葉が出てしまった。ハッと口に手を当てるが、男子達の顔色が変わってしまっていた。


「あ゛?! 今なんつった!!」


 明らかに怒らせてしまった。流石に今のはまずかったよね。言葉もだけど、口調が何故か律に似てしまった。


「え、えっと」

「お前、誰に言ってんのか分かってんのか、あ゛?」


 穏便に解決したかったのに。

 男子達は、私に掴みかかろうとする。


「おい、何やってんだ」


 別の声がして、私達の動きが止まる。男子達は、その声の方へ顔を向けた。


「いや、今コイツが俺たちに歯向かってきて」

「そうなのか?」


 聞こえてくる声。この声は聞き覚えがある。まさか……

 私はゆっくりと顔を上げる。


涼介りょうすけさん、どうしますか?」


 涼介と呼ばれた男は、ニヤリと口元を上げた。その表情に、私は顔が引きつった。


「お前、生意気だな。俺に歯向かおうってのか?」


 嫌味な口調に、寒気のする表情。コイツは、私の幼馴染みの涼介だ。

 こんな所で会うなんて。出来れば、一生会いたくなかったのに。

 私は、涼介に顔を見られないよう、なるべく俯く。


「コラ! そこ、何をしてるんだ」


 顔を少し上げると、向こうから走ってくる蘇芳先生の姿が目に入った。


「チッ、行くぞ」


 先生が来たことで、涼介達はその場から立ち去っていった。私はホッと胸を撫で下ろす。

 なんとかバレなかった、かな。


「だ、大丈夫?」


 新一君が、心配そうに私を覗き込んできた。


「大丈夫。そっちこそ、膝擦りむいてる」


 新一君の両膝からは血が出ていて、蹴られたせいで、所々擦りむいている。

 アイツら、何でこんなこと。


「大丈夫かい、君たち!」


 先生は私達に近づき、新一君の怪我を見て、目を丸くする。


「ど、どうしたんだそれは?!」

「これは」


 涼介達にやられたんだ、と言おうとすると、新一君に止められた。


「転んで擦りむいてしまって」

「そうか。手当しないとな、行こう」


 新一君は先生の言葉に頷き、立ち上がった。一瞬私に申し訳なさそうな顔を向け、そのまま先生と一緒に行ってしまった。


 どうして言わなかったんだろう。完全に一方的な暴力だったのに。

 納得がいかないものの、今更何かできるわけでもない。

 私は立ち上がる。


 あの男子達も、新一君にも、妖怪がまとわりついていた。見た限り、ここの人達はみんなそうだ。

 この学校一体どうなってるんだ?

 それに、まさか涼介がここにいるなんて。

 あぁ、なんて依頼を押し付けてきたんだ、あいつは。


 私は頭を抱え、ため息ついた。









補足説明


《尋常小学校》今でいう小学校。男女共に通える。


《中学校》尋常小学校を卒業した人が入れる。男子のみ。


《高等女学校》尋常小学校を卒業した人が入れる。女子のみ。


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