六
「えっと、つまり昨日の蓮司の発言を、爺やさんが聞いていた、と」
「そうであります」
川原に移動して、私は爺やさんと千恵さんと向き合っている。
どうやら、昨日の私達のやり取りを、爺やさんは隠れて見ていたらしい。蓮司が、私に結婚して欲しい、なんて言ったから、私のことを蓮司の愛人だと勘違いしたとか。
「まぁ、あれだけじゃそう思ってもしょうがないか」
「その言い方だと、真実ではないと?」
「当たり前じゃない」
蓮司が、あの発言をどういう気持ちで言ったかは分からないけど、私としては冗談としか捉えていない。
私は千恵さんの方を見る。
「誤解は解けたかな」
「ええ。ごめんなさい、勘違いしてしまって」
千恵さんはショボンと肩を落とす。私は微笑んで、手を差し伸べた。
「さっきは色々誤解があって躊躇しちゃったけど、私から改めて。友達になってくれないかな?」
私の言葉に、千恵さんの表情がパッと明るくなる。
「も、もちろん! 嬉しいわっ」
両手で私の手を握った千恵さんに、私はクスクスと笑う。
本当に可愛らしい人だ。見た目は大人っぽいのに、子供っぽいというか。
「で、蓮司様がどこに居られるか、お前は知っとるのか?」
微笑み合う私達を遮るように、爺やさんが目の前に現れる。横から声をかけるだけでもいいんじゃなかろうか。
「蓮司なら、夕方には椿堂に帰ってくるんじゃないかな。用事があるって朝出ていったし」
「なにぃ、蓮司様を呼び捨てだと?! 身の程知らずが!」
騒ぎ出した爺やさんに、私は耳を押さえる。なんだか口うるさい老人みたいだ。さらに、烏だからか言葉に重なって鳴き声が聞こえてくるから、二倍でうるさい。
「蓮司が呼び捨てでって言ったのよ」
「またしても! 罰を与えねば分からぬと言うのか!?」
飛びかかってこようとした爺やさんを、千恵さんが抱え込む。
「まぁまぁ。蓮司が言いそうな事じゃない。私の友達にそんな怒るなんてしないでよ」
「ち、千恵様ぁ」
千恵さんの言葉で、爺やさんは大人しくなった。
二人のやり取りに、懐かしさを感じる。私も、爺やとこんな風な会話をしていたな。小さい頃から、私の世話をしてくれていた人。あの事件で、死んでしまったけど。
「葉月さん?」
千恵さんが心配そうに覗き込んできた。いけない、考え込んじゃってた。私は考えを振り払う。
「さん付けじゃなくてもいいよ、友達なんだから」
「ほんと? じゃあ、葉月って呼んでもっ?」
「もちろん」
「じゃ、じゃあ、私も千恵でいいわ!」
嬉しそうに笑う千恵に、私も笑みがこぼれた。
「さて、取り敢えず椿堂に帰ろうか」
いつの間にか日は傾き始めている。もしかしたら、蓮司も帰ってきてるかもしれない。
「千恵も晩御飯食べてくよね?」
「いいの?!」
「もちろん。その代わり、ちょっと買い物するけど、付き合ってね」
「もちろんよ!」
晩御飯の材料を買って、椿堂に帰ってくると、思った通り蓮司は帰ってきているみたいだった。私達は事務所の方に向かう。
「ただいま」
部屋を覗くと、蓮司と目が合った。
「おかえり葉月ちゃん。どこ行ってたのー?」
呑気な声に、私は苦笑が浮かぶ。貴方のせいで、散々な目にあったんだけど……
と、後ろにいた千恵さんが蓮司の元に駆け寄った。
「蓮司!!」
勢いそのまま飛びつく。抱きとめきれなかった蓮司は、ソファーに倒れ込む様になった。
「え、え? 千恵?!」
「何も言わずにいなくならないでよ! 凄く心配したのよ」
驚く蓮司と、涙声の千恵。
律のやつ、千恵が来てること蓮司に言わなかったんだな。私はため息をつきつつ、太一に近づく。
「えっと、これは?」
状況が掴めていない太一は、頬を赤くし、目を丸くしている。
「千恵って、蓮司の婚約者なんだって」
「え、婚約者?!」
太一はますます目を丸くする。そんな彼の肩に、爺やさんがとまった。
「蓮司様、こんなところに居られたのですな」
「うわっ」
飛び上がった太一。爺やさんは肩から飛び、机に移動した。
「またこのような人間の元になど。もう止めなされと何度も言っているでしょう?」
「じ、爺やまで」
蓮司は苦い顔をする。嫌味を言われた本人は、全く動じていないのにな。
私は律の方を見る。もしかして、この状況になること分かってたんじゃないだろうか。千恵が来て、様子がおかしいってことは、絶対分かったはずだし。
「ねぇ、律」
律に近づき、声をかける。律は紙から目を離し、私を見た。
「もしかして、面白がってあんなことしたの?」
この一連の出来事の事をさして聞いてみた。すると、律はニヤリと口元を上げる。
「何のことだ?」
この反応、完全に確信犯だ。私がどれだけ大変だったかっ。
「おもしれぇだろ、あの二人」
律の目線の先を見てみる。
「ち、千恵、いいから離れてくれ」
「いやよ! 謝らないと離れないわ!」
「いやいや、人前だからさ」
「そんなの関係ない!」
抱きつく千恵に、たじたじな蓮司。まぁ、見ている方からしたら、面白い光景ではあるんだけど。
私はチラッと律を横目で見る。頬を緩めていて、本当に面白そうだ。こんな表情、なかなか見たことない。
でも、なんか納得いかない。律が、千恵の勘違いをそのままにしたせいで、なんだか変な気持ちになってしまった。その事が、物凄く悔しい。
「律、今日の晩御飯おかず一つ抜きだから」
「はぁ?」
眉をひそめる律に、私はフンッとそっぽを向く。
これくらいしても罰は当たらないはず。当たってたまるか!
「ねぇ、全然状況が掴めないんだけど」
ポツンと取り残された太一が呟くと、爺やさんが彼の肩にまた乗る。
「大きくなったら、分かりますよ」
しみじみという爺やさんに、太一は首を傾げた。




