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椿堂物語《完結》  作者: アレン
四章 烏と狐
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「えっと、つまり昨日の蓮司の発言を、爺やさんが聞いていた、と」

「そうであります」


 川原に移動して、私は爺やさんと千恵さんと向き合っている。

 どうやら、昨日の私達のやり取りを、爺やさんは隠れて見ていたらしい。蓮司が、私に結婚して欲しい、なんて言ったから、私のことを蓮司の愛人だと勘違いしたとか。


「まぁ、あれだけじゃそう思ってもしょうがないか」

「その言い方だと、真実ではないと?」

「当たり前じゃない」


 蓮司が、あの発言をどういう気持ちで言ったかは分からないけど、私としては冗談としか捉えていない。

 私は千恵さんの方を見る。


「誤解は解けたかな」

「ええ。ごめんなさい、勘違いしてしまって」


 千恵さんはショボンと肩を落とす。私は微笑んで、手を差し伸べた。


「さっきは色々誤解があって躊躇しちゃったけど、私から改めて。友達になってくれないかな?」


 私の言葉に、千恵さんの表情がパッと明るくなる。


「も、もちろん! 嬉しいわっ」


 両手で私の手を握った千恵さんに、私はクスクスと笑う。

 本当に可愛らしい人だ。見た目は大人っぽいのに、子供っぽいというか。


「で、蓮司様がどこに居られるか、お前は知っとるのか?」


 微笑み合う私達を遮るように、爺やさんが目の前に現れる。横から声をかけるだけでもいいんじゃなかろうか。


「蓮司なら、夕方には椿堂に帰ってくるんじゃないかな。用事があるって朝出ていったし」

「なにぃ、蓮司様を呼び捨てだと?! 身の程知らずが!」


 騒ぎ出した爺やさんに、私は耳を押さえる。なんだか口うるさい老人みたいだ。さらに、烏だからか言葉に重なって鳴き声が聞こえてくるから、二倍でうるさい。


「蓮司が呼び捨てでって言ったのよ」

「またしても! 罰を与えねば分からぬと言うのか!?」


 飛びかかってこようとした爺やさんを、千恵さんが抱え込む。


「まぁまぁ。蓮司が言いそうな事じゃない。私の友達にそんな怒るなんてしないでよ」

「ち、千恵様ぁ」


 千恵さんの言葉で、爺やさんは大人しくなった。

 二人のやり取りに、懐かしさを感じる。私も、爺やとこんな風な会話をしていたな。小さい頃から、私の世話をしてくれていた人。あの事件で、死んでしまったけど。


「葉月さん?」


 千恵さんが心配そうに覗き込んできた。いけない、考え込んじゃってた。私は考えを振り払う。


「さん付けじゃなくてもいいよ、友達なんだから」

「ほんと? じゃあ、葉月って呼んでもっ?」

「もちろん」

「じゃ、じゃあ、私も千恵でいいわ!」


 嬉しそうに笑う千恵に、私も笑みがこぼれた。


「さて、取り敢えず椿堂に帰ろうか」


 いつの間にか日は傾き始めている。もしかしたら、蓮司も帰ってきてるかもしれない。


「千恵も晩御飯食べてくよね?」

「いいの?!」

「もちろん。その代わり、ちょっと買い物するけど、付き合ってね」

「もちろんよ!」



 晩御飯の材料を買って、椿堂に帰ってくると、思った通り蓮司は帰ってきているみたいだった。私達は事務所の方に向かう。


「ただいま」


 部屋を覗くと、蓮司と目が合った。


「おかえり葉月ちゃん。どこ行ってたのー?」


 呑気な声に、私は苦笑が浮かぶ。貴方のせいで、散々な目にあったんだけど……

 と、後ろにいた千恵さんが蓮司の元に駆け寄った。


「蓮司!!」


 勢いそのまま飛びつく。抱きとめきれなかった蓮司は、ソファーに倒れ込む様になった。


「え、え? 千恵?!」

「何も言わずにいなくならないでよ! 凄く心配したのよ」


 驚く蓮司と、涙声の千恵。

 律のやつ、千恵が来てること蓮司に言わなかったんだな。私はため息をつきつつ、太一に近づく。


「えっと、これは?」


 状況が掴めていない太一は、頬を赤くし、目を丸くしている。


「千恵って、蓮司の婚約者なんだって」

「え、婚約者?!」


 太一はますます目を丸くする。そんな彼の肩に、爺やさんがとまった。


「蓮司様、こんなところに居られたのですな」

「うわっ」


 飛び上がった太一。爺やさんは肩から飛び、机に移動した。


「またこのような人間の元になど。もう止めなされと何度も言っているでしょう?」

「じ、爺やまで」


 蓮司は苦い顔をする。嫌味を言われた本人は、全く動じていないのにな。

 私は律の方を見る。もしかして、この状況になること分かってたんじゃないだろうか。千恵が来て、様子がおかしいってことは、絶対分かったはずだし。


「ねぇ、律」


 律に近づき、声をかける。律は紙から目を離し、私を見た。


「もしかして、面白がってあんなことしたの?」


 この一連の出来事の事をさして聞いてみた。すると、律はニヤリと口元を上げる。


「何のことだ?」


 この反応、完全に確信犯だ。私がどれだけ大変だったかっ。


「おもしれぇだろ、あの二人」


 律の目線の先を見てみる。


「ち、千恵、いいから離れてくれ」

「いやよ! 謝らないと離れないわ!」

「いやいや、人前だからさ」

「そんなの関係ない!」


 抱きつく千恵に、たじたじな蓮司。まぁ、見ている方からしたら、面白い光景ではあるんだけど。


 私はチラッと律を横目で見る。頬を緩めていて、本当に面白そうだ。こんな表情、なかなか見たことない。

 でも、なんか納得いかない。律が、千恵の勘違いをそのままにしたせいで、なんだか変な気持ちになってしまった。その事が、物凄く悔しい。


「律、今日の晩御飯おかず一つ抜きだから」

「はぁ?」


 眉をひそめる律に、私はフンッとそっぽを向く。

 これくらいしても罰は当たらないはず。当たってたまるか!



「ねぇ、全然状況が掴めないんだけど」


 ポツンと取り残された太一が呟くと、爺やさんが彼の肩にまた乗る。


「大きくなったら、分かりますよ」


 しみじみという爺やさんに、太一は首を傾げた。





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