表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
椿堂物語《完結》  作者: アレン
一章 化け猫と鈴
2/72

 

 人通りの多い表通りの一つ脇。少し不思議な雰囲気を醸し出す椿通り。ここに探偵事務所、椿堂がある。私達はここに住み込みで働いている。


「只今戻りました」


 言いながらドアを開けるが、返事は返って来ない。おかしい、今日は事務所に居るはずなのに。

 嫌な予感がして私は部屋の中に入り、中央に置いてあるソファーに近づく。覗き込んでみると、目を閉じ寝ている男がいた。


 私たちが苦労して仕事してきたっていうのにこの男は……!!


「ちょっと(りつ)! なに寝てるのよ」


 怒鳴ると律はゆっくりと目を開けた。私と目が合った瞬間眉を顰める。


「やっと帰ったのか」


 そう言いながら欠伸をする。


 何でこんな態度なんだ。もう少し労るとかないのか。


 こっそり睨むと、律はこちらを向きニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「今日は無事会えたみたいだな。昨日までみたいに偽装工作しねぇで済んで良かったな」


 律の言葉にウッと怯む。

 昨日まで失敗したなんて知られたくなくて、太一と夕方まで時間を潰していた。まさかバレてたとは。


「まぁ、今回は許してやるよ」


 そう、偉そうに笑う。


 この男は私たちの雇い主の律。

 探偵事務所の所長のはずなのに、ほとんどの仕事を私に押し付けてくる。本当に人使いが荒いうえに、俺様で訳の分からないやつ。いつか訴えてやりたい。

 それでもこの仕事を辞めないのは、こいつに対しての大きな恩と、私自身の目的、それとまぁ色々あるからだ。


「で、どうだったんだ」


 いつの間にかソファーから自分の机の方に移動した律が聞いてきた。私も太一と共にソファーに座る。


「一応依頼人とは会えた。ご主人じゃなくて奥様の方だったみたい」

「へぇ。依頼書に名字しか書いてなかったから分からなかったな」


 その情報すら私に届いてなかったけどね。と、つっこんでやりたかったがグッと堪える。


「で、依頼は最近おかしくなったご主人の理由の解明と解決」

「なるほど」


 手に顎を乗せた律は、太一の方に目を向けた。


「何かおかしな点はあったか? 」

「家全体に妖気が漂ってた。僕らは平気だったけど、普通の人じゃ多分気分が悪くなる位の」

「恐らく原因はそれだろうな」

「そりゃあ、そうだろうけど」


 あの妖気で平気な人なんて稀だろう。

 でもあの家の人たちは比較的平気そうだったな。奥様も妖気でって感じじゃなかったし、春さんに関しては全然平気そうだったし。


 考えていると、バンッと律が机を叩いた。


「何はともあれ原因を見つけてこい」

「見つけてこいって。妖怪絡みなら律が行ったほうが早いんじゃない?」


 その方が確実だし、すぐに解決すると思うんだけど。


 私の言葉に律は首を振った。


「今回はお前らで調べろ。あの家に俺は入れねぇんだ」

「え、どうして?」

「さぁな。ついでにその理由も探してこい」

「えぇ?!」


 なんで仕事増えるのよ。ただでさえ律がいないので大変になるのに。

 抗議しようと立ち上がると、律が私の方に近づいて来た。そして私の頭をガシッと掴む。


「いいから探してこい。早く解決したいんだろ?」

「うぅ。はい……」


 私はしぶしぶ頷いた。


 そんな私たちの様子を、太一はやれやれという風に見つめていた。





 ***************



 次の日、私たちは昨日と同じ時間に家を訪れた。


「いい、太一。ここは二手に分かれましょう。私が依頼の方を調べるから、律が入れない理由の方を調べて」

「分かった」

「危ない真似はしないでね」


 頷く太一に、私は髪を撫でてやった。

 まぁ太一なら大丈夫だろう。どちらかというと、私の方が危ない気がするし。


 気合いを入れ直し、裏口の戸を叩くと直ぐに戸は開いた。


「お待ちしておりました」


 春さんが顔を出してきたことにホッとする。流石にもうあのやり取りをするのは御免だ。


「あの、今日は分かれて捜査したいんですけど、大丈夫ですか?」

「え、えーと……」


 私の言葉に、春さんは困った様に目を泳がせた。


 流石に難しいか。仕事が増えたから分かれて捜査したかったんだけど。


「無理、ですか?」

「私からは何とも」

「なら、私も協力しましょうか?」


 私たちの会話に割って入った声、目を向けると時子さんがこちらに近づいてきていた。


「奥様っ。動かれて大丈夫なのですか?」

「ええ、今日は調子がいいの」


 時子さんは慌てる春さんに笑みを向け、そのまま私の方を見る。


「どうかしら?」

「そうして頂けたらすごく助かりますけど」

「なら決まりね」


 子供みたい笑った時子さんに、春さんは諦めたようにため息をついた。





 結局、春さんが太一と、私は時子さんと行動することになった。


「さて、まず何処に向かえばいいのかしら」

「そうですね」


 昨日見た猫のことを思い出す。


「中庭に行きましょうか」


 私は時子さんと共に中庭の方へ向かった。






「ここに何かあるの?」


 猫のいた辺りを調べる私に、時子さんは興味津津な目で見つめてきた。


「いえ、特には……」


 昨日は変な感じがしたんだけど、今は全く感じない。

 嫌な感じではなかったから、依頼には関係ないのかな。あぁこんな時に律が居れば便利なのに。


 私は立ち上がり膝に付いた土を払う。

 そうしていると、ふと向こうに大きな蔵が見えた。


「奥様。あの蔵は?」


 指さすと時子さんもそちらを見る。


「あぁ、あれは主人の趣味の物が置いている場所なの。骨董品とかがあるのよ」

「入ることはできますか?」

「えぇ、もちろん」


 鍵を取りに行くと家の中に入って行った時子さんを見送り、私は蔵に目を向けた。

 少しだけど妖気が漂っている。


 蔵に近づき戸に手を当ててみると、外にあるものと同じ妖気を感じられた。だけど外のよりも弱々しい。

 一体どういう事なんだろう。ここが原因だと思うけど、この妖気で人がおかしくなるとは到底思えない。もしかして他にも原因があるの?



「おい何をしている!!」


 怒鳴り声がしてハッと振り向く。

 いつの間にかご主人が後ろに立っていて、怒りの形相で私を睨みつけていた。


「あの」

「お主、昨日までしつこく来ていた小娘か!何故家の中にいる?!」

「えっと、それは」

「ハッキリせんかっ!」


 怒鳴るご主人に、私は口に手を当てる。

 声を上げる度、まとわりついている妖気が濃くなっていく。もう彼の表情が分からないほど。


 駄目、このままじゃご主人が危ない。そう思うのに吐き気で言葉を発せない。


 一瞬ご主人から逸らした目に、あの白い猫が映った。



「何をしているんですかっ」


 時子さんの声がその場に響いた。ご主人はハッと声を上げるのを止め、駆けてくる時子さんに目を向ける。


「時子……」


 そう呟いた彼は、目を丸くしている。まとわりついていた妖気は消えていた。

 時子さんは私たちの間に入り、ご主人を睨んだ。


「この方は私のお客様です。それなのに、あんな怒鳴り散らすなんて」

「客だと? 私の許可なく勝手に入れるとはどういう事だ!」

「いちいち許可なんていらないでしょう?」


 怯むことなく言葉を発する時子さんに、ご主人はイラついた様に眉間に皺を寄せる。段々と消えていた妖気が戻り始めた。


 これはまずい。そう思った瞬間、ご主人がカッと目を見開いた。


「このっ。私に逆らうんじゃない!!」


 そう言いながら拳を振り上げる。

 私は時子さんを庇おうと、彼女の前に出た。ギュッと目をつむり痛みに備える。


 しばらくそうしていたが、一向に痛みはこない。

 ゆっくりと目を開けてみると、ご主人は拳を挙げたまま止まっていた。その表情は何かと葛藤しているようだ。


「クソッ」


 そう吐き出すように言うと、彼は拳を下ろした。そのまま私たちを見ることなく、去っていってしまった。


 空気が軽くなった気がする。息苦しさを感じ、自分が息を止めていた事に気づく。フゥと息を吐き、私は後ろを向いた。


「時子さん、大丈夫ですか?」

「ええ。庇ってくれてありがとう」

「いえ、こちらこそ助かりました」


 あのままじゃご主人も私も危なかった。あと少しでも遅ければ、倒れていたかもしれない。

 微笑むと、時子さんも笑った。


「それなら良かった。じゃあ、蔵に入りましょうか」

「はい」


 時子さんは鍵を使い、錠前を外す。戸を開き中を覗いてみると、思ったより埃っぽくない。普段からよく使っているのだろう。


「待ってね。すぐに明かりをつけるから」


 そう言って、入口付近にあったランプに火を灯す。明るくなって見えた部屋には、いたる所に物が置かれている。

 壺や仏像、外国製っぽい家具、刀まである。その中でも一番多いのは、猫の置物や家具だった。


「何か気になる物はあるかしら」


 聞いてきた時子さんに、私は返事をしなかった。いや、できなかった。

 蔵の中は、外で感じたよりも妖気が強い。それも全体に漂っていて、一体どれから発せられているのか判断できない。これは片っ端から探さないといけないかな。

 そう思いつつ、ふと時子さんを見ると、彼女は壁にもたれ掛かっていた。心なしか顔色も悪い。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ。なんだかここに入ってから、気分が悪くなってきて……」


 ここの妖気に当てられてしまったみたいだ。今日はここまでかな。


「外に出ましょうか」

「え、捜査はいいの?」

「一気にやってもはかどりませんから。今日はここまでです」


 微笑み言った私に、時子さんは少し残念そうに頷いた。






 外に出て新鮮な空気を吸う。ほんと、不思議なくらい澄んだ空気。あれだけ妖気が漂っているはずなのに。


「ねぇ、葉月さんこれからどうなさるの?」

「太一の方が終わるまで、待たせていただきたいんですけど」

「ならお茶にしない? 少し葉月さんとお話したいわ」


 時子さんは目を輝かせ、手を叩いた。


「あ、はい。もちろんいいですよ」

「じゃあ行きましょう」


 子供のように笑いながら歩き出した時子さんに、私は笑みを浮かべつつ、着いて行った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ