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椿堂物語《完結》  作者: アレン
四章 烏と狐
19/72

 

 朝日が眩しい。私は、閉じそうな目を擦りながら、伸びをした。

 昨夜、律のことが頭から離れなくて、寝つけなかった。蓮司は、いつもは鬼を抑えてられてるから、心配ないって言ってたけど、どうにも心配で。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、無意識に律の部屋の前で止まっていた。特に変な雰囲気とかはないけど。

 私は、中の様子を伺ってみる。と、襖が開けられ、出てきた律と鉢合わせになってしまった。

 目が合った律は、これでもかってくらい眉をひそめる。


「朝っぱらから何やってんだ、お前」

「いやぁ……あはは」


 律の様子を伺ってみる。昨日の妖気はもう無く、いつもの律だ。だけど、ちょっと顔色が悪いような。


「なんで朝イチにお前の顔、見ねぇとなんねぇんだよ」

「はぁ?」


 ため息をつく律に、私はカチンと頭にくる。

 こっちは、眠れないほど心配したってのに。


「なによその言い方は! 同じ家なんだから、朝会うなんて当たり前でしょ?!」


 律に言い寄ると、彼は表情を歪める。


「叫ぶな。頭に響くんだよ」


 苦しげな言い方に、ピンときた。もしかして……


「二日酔い?」


 聞くと、律は苦い顔をする。その表情から、私の考えが当たってきるのだと察した。

 なるほど。二日酔いで機嫌が悪いから、いつもより突っかかってくるのか。

 歩いていく律の様子は、相当調子が悪いみたい。


「昨日あんなに飲むからよ」


 机の上にあった、空の大瓶を思い出してそう言った。


「あれは俺じゃねぇよ」


 律の言葉に、首を傾げる。

 居間へ行くと、既に起きていた太一と蓮司がいた。


「おはよう。葉月ちゃん」


 ニッコリと笑って挨拶する蓮司は、快調そうだ。

 蓮司は、律を見て吹き出した。


「おまえっ、ほんと酒に弱いよな。一杯だけでそのざまかよ」

「うるせぇよ」


 ゲラゲラ笑う蓮司を、律は睨む。だけど、いつもより迫力はない。


 なるほど。律はお酒に弱いのか。だから家にはお酒を置いていないんだ。

 てことは、昨日の大瓶はほとんど蓮司が飲んだってこと? 相当の量だったはずなのに、こんなピンピンしてるなんて。


 とはいえ、本当にしんどそうだ。

 私は台所へ行き、朝ごはんの用意をする。私達の分はいつも通りに。律の分だけお粥にした。それに、この前十和子さんに貰った梅干しを、少し潰して入れる。


「はい、どうぞ」


 机にご飯を並べる。


「なんだこれは」

「梅干しのお粥よ。二日酔いの時は、梅干し食べると良いらしいから」


 律はゆっくりとお粥を口にした。食べた瞬間、少し顔を歪める。

 多分酸っぱかったんだろう。私も味見したけど、この梅干しは結構酸っぱい。それでも、律は何も言わず食べていた。


「葉月姉ちゃん物知りだね」

「まぁ、ね」


 太一に言われ、私は笑みだけ返した。

 実は父様もお酒に弱くて、よく料理長が梅干しのお粥を作っているのを見ていた。だから知っていたのだ。



 ご飯を食べ終わると、律は自分の部屋に戻って行ってしまった。だけど、お粥は残さず食べていて、ホッとする。


 太一が食器を台所へ持っていき、私は机を拭いていた時、ふと疑問が浮かんだ。


「蓮司」

「ん?」

「律って、新月の時はいつもああなの?」


 聞くと、蓮司は首を振る。その反応に、自分の考えが正しいのでは、と思ってきた。


「ねぇ。いつもは鬼を抑えてられるって言ってたよね」

「そ、そうだな」

「じゃあ、なんで昨日は抑えられなかったの?」


 詰め寄る私に、蓮司は目線を逸らす。


「もしかして、お酒を飲んだから、とかじゃないよね?」


 蓮司はギクリと肩を揺らす。

 やっぱりそうだ。お酒に弱い律が、お酒を飲んでしまったから、昨日は鬼を抑えきれなくなってしまったんだ。


「気づいちゃったか」


 笑った蓮司に、殴ってやろうかという考えが起こった。


「いやぁ。ついうっかり、昨日が新月だって忘れてたんだ」

「忘れてたって……」


 そのせいで、私は危うく怪我するところだったんだけど。


「まぁ、何も無かったから良かったじゃないか」


 笑う蓮司に、もう怒る気がなくなってきた。確かに、結局は蓮司のおかげで怪我しなかったわけだし。


「それはいいとして。もう家ではお酒飲むの禁止だからね」

「えぇぇ」


 私の言葉に、蓮司は肩をおとす。



 お昼になると、律も復活したみたいで、事務所の方に出てきた。

 今日は特に依頼もないので、私と太一は二人で書類の整理をしている。

 蓮司は、用事があるとかで、朝家を出て行った。荷物は置きっぱなしだから、ここに帰ってくるつもりなんだろう。


 そんな平和な時間が流れていた昼下がり、玄関の戸を叩く音がした。


「僕見てくるよ」


 走っていく太一を目で追いつつ、私は作業を続けていた。


 蓮司が帰ってくるなら、買い出ししないと夕飯足りなくなるかもな。


 なんてぼんやり考えていると、廊下を慌てて走る音が聞こえていた。


「り、律兄ちゃんにお客さんって……」


 焦った様に戻ってきた太一に、私と律は目を向けた。どうしたのか、と尋ねようとすると、太一の後ろから女の人が現れた。

 長い黒髪に、色白の肌。着崩した着物は、彼女を妖艶に見せている。女の私でも、見とれるくらい綺麗な人だ。


「ここに娘が居るって聞いたんだけど」


 女の人はぐるりと部屋を見回し、私に目を向けた。


「ふぅん。あなたが……」


 女の人は私に近づいてき、上から下まで観察するように見る。


「あ、あの……」


 鋭い目線に、居心地が悪くなって、私は問いかけた。すると、女の人はフンッと嘲笑うような表情をした。


「なんだ。大したことないじゃない」


 女の人の態度に、一瞬目が点になる。そして、遅れて怒りが込み上げてきた。


「は、はぁぁ?!」


 いきなり現れて、初対面で何を言ってるんだこの人は!


 立ち上がった私の手を、太一が引くいた。


「葉月姉ちゃん、この人お客さんだよ!」

「今はそんな事どうでもいい!」


 掴みかかってやろうかと思ったが、太一に抑えられてしまった。

 そんな私達を置いて、女の人は律の方へ向かう。


「久しぶりね、律」

千恵ちえか」


 千恵、と呼ばれた女の人は、律の近くへ寄っていき、肩に手を触れた。


「全然連絡くれないんだもの。何処にいるかくらい教えといてよ」


 親しげな様子の二人。いつもなら何か言うはずの距離なのに、律は何も言わない。

 千恵って、呼び捨てで呼んでたし、相当親しい関係なのかな。

 そう思った瞬間、ズキリと胸が痛んだ。


 な、なんなのこの気持ちは。なんだか、気に入らない。


「お前何で来たんだよ」


 ようやく発言した律は、千恵さんを横目で見る。


「何でって、様子を見に来たのよ」


 微笑む姿は、私より断然綺麗だ。なんて考えると、ますますモヤモヤが増していく。


 律はため息をつき、私の方に目を向けた。


「おい、こいつの相手してやれ」

「は?」


 律の言葉に耳を疑う。


「あ、相手って」

「その辺案内してやれ」

「で、でもまだ片付け残ってるし」

「太一だけでも出来んだろ」


 うっと、言葉に詰まる。確かに、片付けはもうほとんど終わって、太一に任せてもいいくらいだ。

 私は千恵さんの方に目を向ける。彼女は、私を軽く睨んでいるようで、その視線は怖い。

 こ、こんなで、どうやって案内しろと?

 私はため息をつきたくなった。


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