三
モヤモヤしつつ夕食を作り、四人で食卓を囲む。男の人が一人増えただけで、賑やかになった気がする。
「おぉー! 美味そうだな」
「嫌いな物とか聞くの忘れちゃったけど、大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。俺、何でも食べるから」
笑った蓮司に、私はホッとする。
食べ始めて、ふと私は律の方を見た。彼は、箸が全く進んでいない。
「律、どうかしたの?」
「いや……」
歯切れの悪い返事。何か嫌いな物でも入ってたんだろうか。でも、特別変な物は入れてないし。
気にはなったけど、何も言ってくれなさそうなので、私は食べる事を再開した。
食事が終わり、太一と食器を重ねていると、机の上に大きな瓶が置かれた。
「おい、律。今日は付き合えよ」
歯を見せて笑う蓮司。どうやら瓶はお酒みたい。ご飯が終わって、部屋を出ていっていたけど、これを取りにいっていたようだ。
「なんで」
律は心底嫌そうな顔をする。そういえば、律がお酒を飲んでいるとこを見たことない。家にも、お酒は置いていないみたいだし。
「そう言うなよ、な? 一杯だけでいいからさ」
「寄ってくんなっ。飲まねぇよ」
肩を組む蓮司に、抵抗する律。蓮司は当然楽しそうで、律も嫌がってはいるものの、本気ってわけではなさそう。これは放っといても大丈夫かな。
「太一、洗い物しよ」
「うん」
私達は、食器を持って部屋を後にした。
お風呂も済ませ、太一は自分の部屋に戻った。私も、もう寝ようかと思ったが、ふと気になって居間を覗いてみた。
「あれ、律がいない」
居間には、机に突っ伏して寝ている蓮司と、空になった瓶が転がっているだけだった。結構大きな瓶だったのに、全部飲んじゃったんだ。
私は中に入り、持ってきておいた布団を蓮司にかけた。
部屋を出て、廊下を歩く。ふと見上げると、星は出ているのに、月はいない。今日は新月のようだ。月明かりがないだけで、いつもの景色が怖く見える。
寒気がして、私はさっさと部屋に戻ろうと、足を速める。と、何かがぶつかる音が聞こえた。
音は私の横から聞こえた。ここは、律の部屋。
もしかして、酔って何かにぶつかったとか?と思ったが、念のためにと、私は中に声をかける。
「律、大丈夫?」
返事はない。が、代わりにまた音が聞こえた。
私はゴクリと唾を飲み込み、襖に手をかける。ゆっくりと開け、中を覗くと、部屋の端で壁に手をついてしゃがみ込む、律を見つけた。
様子がおかしい。私は律の元に駆け寄る。
「律、どうしたの? やっぱり調子悪いんじゃない?」
食欲が無かったのを思い出し、私は律の肩に触れた。すると、律がゆっくりと顔を上げる。
「っ!!」
見えた顔は、目が赤く光り、頭には角、頬には痣が。それは、完全に鬼の姿だった。
どういうこと? 律の手を見るが、刀は持っていない。
「り、りつ……?」
恐る恐る手を伸ばしてみる。その途端、律の目が見開かれ、私に襲いかかってこようとした。頭が真っ白になっていて、身体が動かない。
「っと、危ねぇな」
グッと身体を引っ張られ、律から引き離された。と同時に、律のお腹に拳が入る。
「グッ」
唸り声を上げ、律は前のめりに倒れた。
「律っ!」
寄って抱き起こしてみると、完全に気絶している。
「ふぅ。危なかったな」
顔を上げると、蓮司が額の汗を拭っていた。さっき助けてくれたのは、蓮司だったようだ。
「ね、ねぇ。今のって……」
蓮司の顔を見ると、彼は後ろを向いて、空を見上げた。
「忘れてた。今日は新月だったんだな」
しみじみと言った言葉に、疑問符が浮かぶ。そんな私に、蓮司はニコッと笑い、手を差し伸べた。
「何はともあれ。取り敢えずここ出るか」
蓮司が律を布団に寝かせる。目を閉じる律は、苦しそうに眉をひそめていた。
私達は部屋を出て、居間に戻った。
「ねぇ。律は大丈夫なの?」
座った蓮司に聞くと、彼はため息をついた。
「新月の夜は妖気が強まるんだ。だから、鬼を抑えきれなくなったんだよ」
「鬼を……」
さっきの律を思い出す。
あの時、初めて鬼の律を怖いと思った。
いつもの彼は、鬼になっても恐怖は感じない。他の妖怪は、妖気がどす黒くて息がつまる。だけど、律のは澄んでいて、周りの空気を綺麗にしてくれるって感じだ。
でも、さっきの律は全然違った。感じた妖気はどす黒く、濃かった。まとわりつく妖気で、身体が動かなくなった。
私は、蓮司を真っ直ぐ見つめる。
「ねぇ、律って何者なの? 鬼を抱えてるとか、抑えきれなくなったとか、どういう意味?」
聞くと、蓮司も私を真っ直ぐ見た。
「葉月ちゃんは、律のことどこまで知ってるんだ?」
「え……」
聞かれて、返答に困る。律について、私はほとんど何も知らない。
「普段は人間だけど、刀抜くと鬼になる、ってことくらいしか……」
「そっか。やっぱりアイツ、何も話してないんだな」
蓮司はそう言って、悲しそうに眉を下げた。
「葉月ちゃんの言う通り、律は普段人間だ。でも、鬼でもある」
「人間でも、鬼でも?」
「律は、自分の身に鬼を抱えてるんだ」
「え、それって大丈夫なの?」
鬼を抱えるなんて、聞いただけで大丈夫そうには聞こえない。
「鬼を抱えるってことは、妖怪に取り憑かれるとは少し違うんだ。妖怪は外から入ってくるが、鬼は内から入り込んでくる」
「それって、どう違うの?」
「妖怪に取り憑かれても、所詮元は人間の身体だ。妖気に耐えられず、いつかは朽ちる。だけど、鬼は違う。身体そのものが変化して、人間から鬼になるんだ」
私は目を見開く。
人間から、鬼に? じゃあ、律はいつか鬼なるってことなの?
「で、でもおかしくない? 律はまだ人間でしょ? でも、相当長生きしてるらしいじゃない、そんなこと人間じゃ無理でしょ?」
「アイツは、自分の鬼を刀に封じ込めることで、人間として生きられるようにしてるんだ。だから、完全には鬼じゃない」
「は、はぁ?」
刀に封じ込める? 完全に鬼じゃない? 頭が混乱してきた。
えっと、つまり。律は鬼を抱えてて、それをあの刀に封じ込めることで、鬼になってしまうのを抑えている。だから、刀を抜けば鬼の姿になる、と。
どうしてそんなことを。そう思ったけど、ふとあることを思い出した。
「律がそうするのは、倒したいっていう妖怪を探すため?」
私の言葉に、蓮司は目を丸くした。
「え、どうしてそれを……」
「ごめん。さっき、二人の会話を聞いちゃって」
蓮司はなるほど、と頷いた。
「鬼では、妖怪を探すのに色々と不便だ。だから、アイツは人間のままでいようとしてる」
そこまでして、倒したい妖怪。
私は自分の首に触れる。
「ねぇ、その妖怪って、私の首にある妖気の奴なんだよね」
「そうだな」
「律とはどういう関係なの?」
蓮司は言葉を発さず、ただ私の顔をジッと見つめる。
「ごめん。それは俺からは言えない」
申し訳なさそうに言う。そう言われるだろうな、とは思ってた。だから、私は頬を緩める。
「そっか」
立ち上がり、蓮司に向けて微笑む。
「ありがとう、色々教えてくれて。もう遅いし寝よう。布団出すから」
と、歩きだそうとしたが、蓮司に手を掴まれた。目を向けると、真剣な目で私を見ていた。
「葉月ちゃん。話聞いて、律のこと怖くなった?」
怖く、か。
私は蓮司の手に触れ、口元を上げる。
「ううん。怖くないよ」
さっきの律は怖かった。だけど、だからって律自体を怖いとは思わない。
「そうか」
私の言葉を聞いて、蓮司はホッとした顔をした。




