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椿堂物語《完結》  作者: アレン
四章 烏と狐
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 モヤモヤしつつ夕食を作り、四人で食卓を囲む。男の人が一人増えただけで、賑やかになった気がする。


「おぉー! 美味そうだな」

「嫌いな物とか聞くの忘れちゃったけど、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。俺、何でも食べるから」


 笑った蓮司に、私はホッとする。



 食べ始めて、ふと私は律の方を見た。彼は、箸が全く進んでいない。


「律、どうかしたの?」

「いや……」


 歯切れの悪い返事。何か嫌いな物でも入ってたんだろうか。でも、特別変な物は入れてないし。

 気にはなったけど、何も言ってくれなさそうなので、私は食べる事を再開した。



 食事が終わり、太一と食器を重ねていると、机の上に大きな瓶が置かれた。


「おい、律。今日は付き合えよ」


 歯を見せて笑う蓮司。どうやら瓶はお酒みたい。ご飯が終わって、部屋を出ていっていたけど、これを取りにいっていたようだ。


「なんで」


 律は心底嫌そうな顔をする。そういえば、律がお酒を飲んでいるとこを見たことない。家にも、お酒は置いていないみたいだし。


「そう言うなよ、な? 一杯だけでいいからさ」

「寄ってくんなっ。飲まねぇよ」


 肩を組む蓮司に、抵抗する律。蓮司は当然楽しそうで、律も嫌がってはいるものの、本気ってわけではなさそう。これは放っといても大丈夫かな。


「太一、洗い物しよ」

「うん」


 私達は、食器を持って部屋を後にした。



 お風呂も済ませ、太一は自分の部屋に戻った。私も、もう寝ようかと思ったが、ふと気になって居間を覗いてみた。


「あれ、律がいない」


 居間には、机に突っ伏して寝ている蓮司と、空になった瓶が転がっているだけだった。結構大きな瓶だったのに、全部飲んじゃったんだ。

 私は中に入り、持ってきておいた布団を蓮司にかけた。


 部屋を出て、廊下を歩く。ふと見上げると、星は出ているのに、月はいない。今日は新月のようだ。月明かりがないだけで、いつもの景色が怖く見える。

 寒気がして、私はさっさと部屋に戻ろうと、足を速める。と、何かがぶつかる音が聞こえた。

 音は私の横から聞こえた。ここは、律の部屋。

 もしかして、酔って何かにぶつかったとか?と思ったが、念のためにと、私は中に声をかける。


「律、大丈夫?」


 返事はない。が、代わりにまた音が聞こえた。

 私はゴクリと唾を飲み込み、襖に手をかける。ゆっくりと開け、中を覗くと、部屋の端で壁に手をついてしゃがみ込む、律を見つけた。

 様子がおかしい。私は律の元に駆け寄る。


「律、どうしたの? やっぱり調子悪いんじゃない?」


 食欲が無かったのを思い出し、私は律の肩に触れた。すると、律がゆっくりと顔を上げる。


「っ!!」


 見えた顔は、目が赤く光り、頭には角、頬には痣が。それは、完全に鬼の姿だった。

 どういうこと? 律の手を見るが、刀は持っていない。


「り、りつ……?」


 恐る恐る手を伸ばしてみる。その途端、律の目が見開かれ、私に襲いかかってこようとした。頭が真っ白になっていて、身体が動かない。


「っと、危ねぇな」


 グッと身体を引っ張られ、律から引き離された。と同時に、律のお腹に拳が入る。


「グッ」


 唸り声を上げ、律は前のめりに倒れた。


「律っ!」


 寄って抱き起こしてみると、完全に気絶している。


「ふぅ。危なかったな」


 顔を上げると、蓮司が額の汗を拭っていた。さっき助けてくれたのは、蓮司だったようだ。


「ね、ねぇ。今のって……」


 蓮司の顔を見ると、彼は後ろを向いて、空を見上げた。


「忘れてた。今日は新月だったんだな」


 しみじみと言った言葉に、疑問符が浮かぶ。そんな私に、蓮司はニコッと笑い、手を差し伸べた。


「何はともあれ。取り敢えずここ出るか」



 蓮司が律を布団に寝かせる。目を閉じる律は、苦しそうに眉をひそめていた。

 私達は部屋を出て、居間に戻った。


「ねぇ。律は大丈夫なの?」


 座った蓮司に聞くと、彼はため息をついた。


「新月の夜は妖気が強まるんだ。だから、鬼を抑えきれなくなったんだよ」

「鬼を……」


 さっきの律を思い出す。


 あの時、初めて鬼の律を怖いと思った。

 いつもの彼は、鬼になっても恐怖は感じない。他の妖怪は、妖気がどす黒くて息がつまる。だけど、律のは澄んでいて、周りの空気を綺麗にしてくれるって感じだ。

 でも、さっきの律は全然違った。感じた妖気はどす黒く、濃かった。まとわりつく妖気で、身体が動かなくなった。


 私は、蓮司を真っ直ぐ見つめる。


「ねぇ、律って何者なの? 鬼を抱えてるとか、抑えきれなくなったとか、どういう意味?」


 聞くと、蓮司も私を真っ直ぐ見た。


「葉月ちゃんは、律のことどこまで知ってるんだ?」

「え……」


 聞かれて、返答に困る。律について、私はほとんど何も知らない。


「普段は人間だけど、刀抜くと鬼になる、ってことくらいしか……」

「そっか。やっぱりアイツ、何も話してないんだな」


 蓮司はそう言って、悲しそうに眉を下げた。


「葉月ちゃんの言う通り、律は普段人間だ。でも、鬼でもある」

「人間でも、鬼でも?」

「律は、自分の身に鬼を抱えてるんだ」

「え、それって大丈夫なの?」


 鬼を抱えるなんて、聞いただけで大丈夫そうには聞こえない。


「鬼を抱えるってことは、妖怪に取り憑かれるとは少し違うんだ。妖怪は外から入ってくるが、鬼は内から入り込んでくる」

「それって、どう違うの?」

「妖怪に取り憑かれても、所詮元は人間の身体だ。妖気に耐えられず、いつかは朽ちる。だけど、鬼は違う。身体そのものが変化して、人間から鬼になるんだ」


 私は目を見開く。

 人間から、鬼に? じゃあ、律はいつか鬼なるってことなの?


「で、でもおかしくない? 律はまだ人間でしょ? でも、相当長生きしてるらしいじゃない、そんなこと人間じゃ無理でしょ?」

「アイツは、自分の鬼を刀に封じ込めることで、人間として生きられるようにしてるんだ。だから、完全には鬼じゃない」

「は、はぁ?」


 刀に封じ込める? 完全に鬼じゃない? 頭が混乱してきた。

 えっと、つまり。律は鬼を抱えてて、それをあの刀に封じ込めることで、鬼になってしまうのを抑えている。だから、刀を抜けば鬼の姿になる、と。

 どうしてそんなことを。そう思ったけど、ふとあることを思い出した。


「律がそうするのは、倒したいっていう妖怪を探すため?」


 私の言葉に、蓮司は目を丸くした。


「え、どうしてそれを……」

「ごめん。さっき、二人の会話を聞いちゃって」


 蓮司はなるほど、と頷いた。


「鬼では、妖怪を探すのに色々と不便だ。だから、アイツは人間のままでいようとしてる」


 そこまでして、倒したい妖怪。

 私は自分の首に触れる。


「ねぇ、その妖怪って、私の首にある妖気の奴なんだよね」

「そうだな」

「律とはどういう関係なの?」


 蓮司は言葉を発さず、ただ私の顔をジッと見つめる。


「ごめん。それは俺からは言えない」


 申し訳なさそうに言う。そう言われるだろうな、とは思ってた。だから、私は頬を緩める。


「そっか」


 立ち上がり、蓮司に向けて微笑む。


「ありがとう、色々教えてくれて。もう遅いし寝よう。布団出すから」


 と、歩きだそうとしたが、蓮司に手を掴まれた。目を向けると、真剣な目で私を見ていた。


「葉月ちゃん。話聞いて、律のこと怖くなった?」


 怖く、か。

 私は蓮司の手に触れ、口元を上げる。


「ううん。怖くないよ」


 さっきの律は怖かった。だけど、だからって律自体を怖いとは思わない。


「そうか」


 私の言葉を聞いて、蓮司はホッとした顔をした。


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