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椿堂物語《完結》  作者: アレン
四章 烏と狐
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「あの、お茶どうぞ」

「ありがと。あ、もっと砕けた感じでいいよー」

「は、はぁ」


 取り敢えず落ち着こうと、お茶を入れて、私達はソファーに集まった。男の人の隣には律が、私と太一は向かいに座った。


「改めて、さっきは助かった。俺は蓮司れんじ、呼び捨てでいいから」

「あ、私は葉月です」

「葉月ちゃんか、いい名前だねぇ」


 蓮司は微笑みながら言う。私は、どう返したらいいか分からなくて、苦笑を浮かべた。


「そっちの子は?」

「太一」

「そうか。いくつなんだ?」

「九」


 太一は蓮司を警戒しているのか、いつもより態度が素っ気ない。

 まぁさっきのがあったから仕方ないか。でも、悪い人ではないんじゃない、かな?


「それにしても、この家にこんないい子達がいるなんてなぁ」


 蓮司はしみじみとそう言い、私と太一を見て、律の方へ目を向けた。


「うっせぇな」

「だってそうだろ? 人間とは極力関わらないって言ってたのにさ」


 ニヤリと笑った蓮司。律は不機嫌そうにそっぽを向いた。


「ねぇ。蓮司と律ってどういう関係なの?」

「律とは長い付き合いなんだ。確か、コイツが鬼を抱えた位からだから……」

「蓮司」


 蓮司の言葉を律が遮る。睨む律に、蓮司はやれやれと首を振った。


「ごめんね、これ以上は駄目なんだってさ」


 私と太一は目を合わせた。


 鬼を抱える前? 一体どういう意味なんだろうか。

 確かに、律は他の妖怪とは違う。普段は人間で、刀を抜いた時だけ、鬼の姿になる。

 一度本当にいつもの律は人間なのかと、ペンダントを外して見てみた。そうしたら、彼からは全く妖気を感じなかった。

 抱えるってことは、律は人間ってこと? どうして鬼なんかを抱えることになったの?


 ジッと律を見つめていると、気づいた律が睨みを向けてきた。

 いや、睨むことないだろう。ムッと頬を膨らませる。

 そんな私から目を離し、律は蓮司の方を向く。


「おい、無駄話はいい。言ったもの持ってきたんだろうな」

「おぉそうだった」


 蓮司は懐から小さな箱を取り出した。


「これ、持ち出すの大変だったんだぞ」

「何これ」


 聞くと、蓮司は箱の蓋を開けた。中には白いクリームが入っている。


「うちの秘伝の傷薬。傷とか痣はこれを塗ればすぐに治る」

「えっ、本当に?!」

「もちろん」


 蓮司から傷薬を渡される。

 本当にこれを塗るだけで、すぐに治ってしまうんだろうか。半信半疑だけど……


「太一、塗ってみる?」

「う、うん」


 私は、太一の顔にクリームを塗ってみる。塗り込むと、一瞬にして頬の痣がなくなった。


「え、ウソ?! これすごっ」


 一塗りしただけで、太一の顔の痣は綺麗になくなった。


「な、言った通りだろ?」


 蓮司は、得意げに胸を張った。

 にしても凄い。まさか本当に無くなっちゃうなんて……

 私はハッとし、太一の袖を捲る。ハッキリと残った痣に、恐る恐るクリームを塗った。


「うわぁ」


 全く消える気配のなかった痣も、一瞬にして消えた。


「あぁ、これ妖怪につけられたのか。葉月ちゃんの首のもそうだろ? 塗ってみな」

「う、うん」


 私は太一に薬を渡し、首の包帯を外す。その下には、未だにハッキリと手の痕が残っている。

 太一は、指でクリームを塗ってくれた。


「すごい! 姉ちゃんの痣、全部なくなったよ!」

「ほんとに?!」


 嬉しい。これから一生、包帯巻いたままになるんじゃないかと、心配になってたから。


「ありがとう蓮司!」

「ありがとうお兄ちゃん!」


 私達二人、笑顔をで言うと、蓮司は照れたように頭をかいた。

 私は律の方を見る。


「律もありがとね」


 笑顔を向けると、律は顔を背けた。

 多分、私達の痣のこと気にして、蓮司に薬を頼んでくれたんだろう。


「だけどさ、葉月ちゃん」


 蓮司が、真剣な顔を向けてきた。私は律から目を離す。


「君の首の、かなり強い妖怪にやられたやつだ。それに、そいつはまだ死んでない。その妖怪が存在している限り、臭いや妖気はなくならない。だから……」

「痕は消えたけど妖気は残ってる、ってこと?」


 蓮司は頷いた。

 私は自分の首に触れる。ここにはまだ、あの時父様に取り憑いていた妖怪の妖気が残ってる。でも。


「別にいいよ。私の目的は、その妖怪を倒すことだから」


 私は真っ直ぐと蓮司を見て言った。


 父様の仇をとる。それが私の目的で、そのためにここにいるんだから。


「そっか……」


 蓮司は、悲しげな笑みを浮かべた。


 どうしてそんな顔するんだろう。妖怪を倒す、って言ったからなのかな。でも、何だかそれだけじゃない気がした。


「お前、いつまで居るつもりなんだ」


 微妙な空気が漂っていたが、律が不機嫌そうに言葉を発した事で、なくなった。


「えぇー。久しぶりに会ったんだから、もっと居てもいいだろ?」

「今すぐ帰れ」

「そりゃねぇよ。俺、こっちで用事があるから、二、三日泊めてくれ」

「あぁ?」

「いいかな、葉月ちゃん、太一」


 ニコッと笑った蓮司。私と太一は目を合わせる。


「別に、私は」

「僕も……」

「そう言ってくれると思ったよ!」


 嬉しそうに笑う蓮司に、律は面倒くさそうにため息をついた。


「じゃあ、夕飯作ってくるよ」


 話がまとまったみたいなので、私は立ち上がった。


「僕も手伝うよ」

「あ、俺も何かしようか?」


 太一と蓮司も立ち上がる。


「蓮司はお客さんだからいいよ。太一、行こうか」

「うん」


 と、私と太一は部屋を出た。



 台所に着き、食材を眺めながら何を作ろうか考える。そういえば、蓮司って何か食べられない物とかあるのかな。


「太一、この野菜洗っておいてくれる?」


 そう太一に頼んで、私は事務所の方に向かった。



 部屋に着いて、中に入ろうとした。


「なぁ、律」


 中から蓮司の真剣な声が聞こえ、私は動きを止める。さっきまでとは全然違う声。気になって、私は隙間を開けて、中を覗き込んだ。


「葉月ちゃんの首の妖気。あれって、あの時の奴なんじゃないか?」


 私の首の? あの時、って何なんだろう。


「だろうな」

「おい、まさかオマエ、それであの子をここにおいてる、ってわけじゃねぇだろうな」


 怖い顔で蓮司は律を睨む。それに、律は真っ直ぐな目を向ける。


「さぁな」


 答える気は無いらしい。それに、蓮司は乱暴に頭をかいた。


「大丈夫かよ。それに葉月ちゃんって、あの子、なんだろ?」


 蓮司の言葉に、律はピクリと反応した。瞳に、悲しげな色が浮かぶ。

 律は一度俯き、顔を上げて蓮司を見た。その時見えた瞳には、悲しさではなく、憎しみが込められていた。


「そんなもん、関係ねぇよ。俺の目的は決まってんだ。アイツを殺してやる」


 冷たい声。怖くて冷や汗が流れる。

 蓮司を見てみると、律のことを悲しげな表情で見ていた。それは、さっき私に向けてきたものと似ている。

 私は、静かにその場を後にした。


 あの子って、誰? どうして、律はあんな顔をしたの? 私とその子、なんの関係があるの?

 歩いていると、次々と疑問が湧いてきた。


 律があんな悲しい目をするなんて。そうさせるのは、あの子という誰かなのだろうか。


 何故かそんな考えが浮かび、胸がズキリと痛んだ。









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