二
「あの、お茶どうぞ」
「ありがと。あ、もっと砕けた感じでいいよー」
「は、はぁ」
取り敢えず落ち着こうと、お茶を入れて、私達はソファーに集まった。男の人の隣には律が、私と太一は向かいに座った。
「改めて、さっきは助かった。俺は蓮司、呼び捨てでいいから」
「あ、私は葉月です」
「葉月ちゃんか、いい名前だねぇ」
蓮司は微笑みながら言う。私は、どう返したらいいか分からなくて、苦笑を浮かべた。
「そっちの子は?」
「太一」
「そうか。いくつなんだ?」
「九」
太一は蓮司を警戒しているのか、いつもより態度が素っ気ない。
まぁさっきのがあったから仕方ないか。でも、悪い人ではないんじゃない、かな?
「それにしても、この家にこんないい子達がいるなんてなぁ」
蓮司はしみじみとそう言い、私と太一を見て、律の方へ目を向けた。
「うっせぇな」
「だってそうだろ? 人間とは極力関わらないって言ってたのにさ」
ニヤリと笑った蓮司。律は不機嫌そうにそっぽを向いた。
「ねぇ。蓮司と律ってどういう関係なの?」
「律とは長い付き合いなんだ。確か、コイツが鬼を抱えた位からだから……」
「蓮司」
蓮司の言葉を律が遮る。睨む律に、蓮司はやれやれと首を振った。
「ごめんね、これ以上は駄目なんだってさ」
私と太一は目を合わせた。
鬼を抱える前? 一体どういう意味なんだろうか。
確かに、律は他の妖怪とは違う。普段は人間で、刀を抜いた時だけ、鬼の姿になる。
一度本当にいつもの律は人間なのかと、ペンダントを外して見てみた。そうしたら、彼からは全く妖気を感じなかった。
抱えるってことは、律は人間ってこと? どうして鬼なんかを抱えることになったの?
ジッと律を見つめていると、気づいた律が睨みを向けてきた。
いや、睨むことないだろう。ムッと頬を膨らませる。
そんな私から目を離し、律は蓮司の方を向く。
「おい、無駄話はいい。言ったもの持ってきたんだろうな」
「おぉそうだった」
蓮司は懐から小さな箱を取り出した。
「これ、持ち出すの大変だったんだぞ」
「何これ」
聞くと、蓮司は箱の蓋を開けた。中には白いクリームが入っている。
「うちの秘伝の傷薬。傷とか痣はこれを塗ればすぐに治る」
「えっ、本当に?!」
「もちろん」
蓮司から傷薬を渡される。
本当にこれを塗るだけで、すぐに治ってしまうんだろうか。半信半疑だけど……
「太一、塗ってみる?」
「う、うん」
私は、太一の顔にクリームを塗ってみる。塗り込むと、一瞬にして頬の痣がなくなった。
「え、ウソ?! これすごっ」
一塗りしただけで、太一の顔の痣は綺麗になくなった。
「な、言った通りだろ?」
蓮司は、得意げに胸を張った。
にしても凄い。まさか本当に無くなっちゃうなんて……
私はハッとし、太一の袖を捲る。ハッキリと残った痣に、恐る恐るクリームを塗った。
「うわぁ」
全く消える気配のなかった痣も、一瞬にして消えた。
「あぁ、これ妖怪につけられたのか。葉月ちゃんの首のもそうだろ? 塗ってみな」
「う、うん」
私は太一に薬を渡し、首の包帯を外す。その下には、未だにハッキリと手の痕が残っている。
太一は、指でクリームを塗ってくれた。
「すごい! 姉ちゃんの痣、全部なくなったよ!」
「ほんとに?!」
嬉しい。これから一生、包帯巻いたままになるんじゃないかと、心配になってたから。
「ありがとう蓮司!」
「ありがとうお兄ちゃん!」
私達二人、笑顔をで言うと、蓮司は照れたように頭をかいた。
私は律の方を見る。
「律もありがとね」
笑顔を向けると、律は顔を背けた。
多分、私達の痣のこと気にして、蓮司に薬を頼んでくれたんだろう。
「だけどさ、葉月ちゃん」
蓮司が、真剣な顔を向けてきた。私は律から目を離す。
「君の首の、かなり強い妖怪にやられたやつだ。それに、そいつはまだ死んでない。その妖怪が存在している限り、臭いや妖気はなくならない。だから……」
「痕は消えたけど妖気は残ってる、ってこと?」
蓮司は頷いた。
私は自分の首に触れる。ここにはまだ、あの時父様に取り憑いていた妖怪の妖気が残ってる。でも。
「別にいいよ。私の目的は、その妖怪を倒すことだから」
私は真っ直ぐと蓮司を見て言った。
父様の仇をとる。それが私の目的で、そのためにここにいるんだから。
「そっか……」
蓮司は、悲しげな笑みを浮かべた。
どうしてそんな顔するんだろう。妖怪を倒す、って言ったからなのかな。でも、何だかそれだけじゃない気がした。
「お前、いつまで居るつもりなんだ」
微妙な空気が漂っていたが、律が不機嫌そうに言葉を発した事で、なくなった。
「えぇー。久しぶりに会ったんだから、もっと居てもいいだろ?」
「今すぐ帰れ」
「そりゃねぇよ。俺、こっちで用事があるから、二、三日泊めてくれ」
「あぁ?」
「いいかな、葉月ちゃん、太一」
ニコッと笑った蓮司。私と太一は目を合わせる。
「別に、私は」
「僕も……」
「そう言ってくれると思ったよ!」
嬉しそうに笑う蓮司に、律は面倒くさそうにため息をついた。
「じゃあ、夕飯作ってくるよ」
話がまとまったみたいなので、私は立ち上がった。
「僕も手伝うよ」
「あ、俺も何かしようか?」
太一と蓮司も立ち上がる。
「蓮司はお客さんだからいいよ。太一、行こうか」
「うん」
と、私と太一は部屋を出た。
台所に着き、食材を眺めながら何を作ろうか考える。そういえば、蓮司って何か食べられない物とかあるのかな。
「太一、この野菜洗っておいてくれる?」
そう太一に頼んで、私は事務所の方に向かった。
部屋に着いて、中に入ろうとした。
「なぁ、律」
中から蓮司の真剣な声が聞こえ、私は動きを止める。さっきまでとは全然違う声。気になって、私は隙間を開けて、中を覗き込んだ。
「葉月ちゃんの首の妖気。あれって、あの時の奴なんじゃないか?」
私の首の? あの時、って何なんだろう。
「だろうな」
「おい、まさかオマエ、それであの子をここにおいてる、ってわけじゃねぇだろうな」
怖い顔で蓮司は律を睨む。それに、律は真っ直ぐな目を向ける。
「さぁな」
答える気は無いらしい。それに、蓮司は乱暴に頭をかいた。
「大丈夫かよ。それに葉月ちゃんって、あの子、なんだろ?」
蓮司の言葉に、律はピクリと反応した。瞳に、悲しげな色が浮かぶ。
律は一度俯き、顔を上げて蓮司を見た。その時見えた瞳には、悲しさではなく、憎しみが込められていた。
「そんなもん、関係ねぇよ。俺の目的は決まってんだ。アイツを殺してやる」
冷たい声。怖くて冷や汗が流れる。
蓮司を見てみると、律のことを悲しげな表情で見ていた。それは、さっき私に向けてきたものと似ている。
私は、静かにその場を後にした。
あの子って、誰? どうして、律はあんな顔をしたの? 私とその子、なんの関係があるの?
歩いていると、次々と疑問が湧いてきた。
律があんな悲しい目をするなんて。そうさせるのは、あの子という誰かなのだろうか。
何故かそんな考えが浮かび、胸がズキリと痛んだ。




