一
「よいしょ、っと」
「大丈夫か? 重いだろ」
「大丈夫、大丈夫」
心配そうな八百屋のおじさんに、私は笑う。両手で袋を抱え、店を後にする。
大丈夫、とは言ったものの、流石に買いすぎたかな。ずっしりと重い荷物に、苦笑を浮かべる。
ゆっくりした足取りで歩いていると、道の隅っこで集まっている子供達に目が止まった。笑いながら何かを囲んでいるみたい。立ち止まってよく見てみると、真っ黒い羽が見えた。
「ちょっと、あなた達!」
声をかけると、子供達は私の方を向く。
「何をして……って、ちょっと!」
近づいて行くと、ヤバイ、という顔をして、逃げ出して行ってしまった。
残された黒いものを見ると、それは一羽のカラスだった。よく見ると、足を怪我している。
私が近づくと、カラスは体を起こし、逃げ出そうともがきだした。
「ちょっと待って! 何もしないから、ね?」
笑顔を浮かべながら、手を上げる。カラスは、しばらく私を見つめて、暴れるのをやめてくれた。
私はホッと胸を撫で下ろし、手ぬぐいを取り出す。
「こんな事しか出来ないけど。ジッとしててね」
手ぬぐいを割き、血が滲んでいる足に巻き付ける。この間、カラスはじっとしてくれていた。
「これでよし」
取れないようキツめに縛って、カラスに笑みを向ける。すると、返事をするように、カァーと鳴いた。
「早く治るといいね」
そう言うと、カラスは羽を広げ、飛んでいった。
それを見つめながら、私は荷物を持ち直し、立ち上がった。
「ただいまぁ」
戸を開け、荷物を置く。そうしていると、廊下を走ってくる音が聞こえてきた。
「おかえり、葉月姉ちゃん」
笑顔を浮かべなら来た太一。その様子に、自然と笑みが零れる。
「ただいま」
「うわぁ、凄い荷物だね。重かったでしょ」
「ちょっと買いすぎちゃった」
目を丸くして、荷物を見ている太一の顔は、まだ痣が残っている。三賀に殴られて付いたものは少しづつ消えているが、妖怪だった頭領に付けられた腕の痣は、全く消える気配がない。
「あ、今お客さん来てるよ」
「お客?」
珍しいな。お客さんってことは、中島さんではないよね。
「半分持つよ」
「ありがとう」
台所に荷物を置き、お客さんがいるらしい事務所の方へ。
「お客さんってどんな人?」
「男の人だよ。律兄ちゃんの知り合いだって」
「律の?」
アイツの知り合いか。どんな人なんだろう。あんまり想像つかないな。
部屋の戸を開ける。ソファーに座っていた人が、気づいてこちらを向いた。
真っ黒な髪に、黒めの肌。ガッシリとした体格で、律とは対照的な印象だ。
男の人は、太一、そして私へと目を向ける。目が合うと、何故か彼は目を見開いた。
「あぁぁーー!!」
男の人は大声を上げ、立ち上がる。そして、声に驚いて目を丸くする私に、駆け寄ってきた。
「まさか、こんな所で再会できるなんて!」
男の人は、私の手を握った。
「これは運命だな!」
「え、えっと……」
再会って、私この人とは初対面のはずじゃ。と思いつつ、記憶をさかのぼってみる。
そうしていると、男の人はグッと顔を近づけてきた。
「俺の嫁になってくれ!」
満面の笑みを向けてくる。
時間が止まった気がした。
私は、男の人の顔を見たまま固まる。
「えぇぇぇ?!」
思考が回復し、一気に顔が熱くなる。
よ、嫁?! 今嫁にって言われた?!
「何いきなりぬかしてんだ、お前は」
「イテッ」
律が男の人の殴り、手が離される。固まったままの私を、太一が庇うように前に立った。
「いてぇよ律」
頭を擦りながら、男の人は律の方を見た。それに、律は睨みを向ける。
「うるせぇな。一体何なんだよ」
「だってよ、運命だと思わないか?」
「何がだよ」
眉を潜め、律は私の方に視線を向けた。
いやいや、そんな目で見られても、私だって何がなんだか。
「ほらほら、さっき怪我手当てしてくれたじゃん」
そう言いながら、袖を捲った。見えた腕には、手ぬぐいが巻かれている。これって、私のと同じ柄だ。
「え、それカラスに巻いてあげたやつじゃ。何で貴方が……」
「何でって、君がやってくれたんだから」
男の人は笑みを向けてくる。
どういうこと?
私は助けを求め、律に目を向けた。私の視線に、律はため息をつく。
「そういう事か。コイツは烏天狗だ」
「烏天狗?」
男の人の方を見ると、ニッコリと微笑みを向けられた。
えっと……てことは、さっきのカラスはこの人ってこと?
「えっと。怪我大丈夫ですか?」
取り敢えず、思い浮かんだ事を言ってみた。すると、彼は目をキラキラと輝かせる。
「怪我のこと、気にしてくれるなんて。やっぱり俺の嫁に……」
と言った瞬間、律がまた頭を殴った。




