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椿堂物語《完結》  作者: アレン
四章 烏と狐
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「よいしょ、っと」

「大丈夫か? 重いだろ」

「大丈夫、大丈夫」


 心配そうな八百屋のおじさんに、私は笑う。両手で袋を抱え、店を後にする。

 大丈夫、とは言ったものの、流石に買いすぎたかな。ずっしりと重い荷物に、苦笑を浮かべる。

 ゆっくりした足取りで歩いていると、道の隅っこで集まっている子供達に目が止まった。笑いながら何かを囲んでいるみたい。立ち止まってよく見てみると、真っ黒い羽が見えた。


「ちょっと、あなた達!」


 声をかけると、子供達は私の方を向く。


「何をして……って、ちょっと!」


 近づいて行くと、ヤバイ、という顔をして、逃げ出して行ってしまった。

 残された黒いものを見ると、それは一羽のカラスだった。よく見ると、足を怪我している。

 私が近づくと、カラスは体を起こし、逃げ出そうともがきだした。


「ちょっと待って! 何もしないから、ね?」


 笑顔を浮かべながら、手を上げる。カラスは、しばらく私を見つめて、暴れるのをやめてくれた。

 私はホッと胸を撫で下ろし、手ぬぐいを取り出す。


「こんな事しか出来ないけど。ジッとしててね」


 手ぬぐいを割き、血が滲んでいる足に巻き付ける。この間、カラスはじっとしてくれていた。


「これでよし」


 取れないようキツめに縛って、カラスに笑みを向ける。すると、返事をするように、カァーと鳴いた。


「早く治るといいね」


 そう言うと、カラスは羽を広げ、飛んでいった。

 それを見つめながら、私は荷物を持ち直し、立ち上がった。



「ただいまぁ」


 戸を開け、荷物を置く。そうしていると、廊下を走ってくる音が聞こえてきた。


「おかえり、葉月姉ちゃん」


 笑顔を浮かべなら来た太一。その様子に、自然と笑みが零れる。


「ただいま」

「うわぁ、凄い荷物だね。重かったでしょ」

「ちょっと買いすぎちゃった」


 目を丸くして、荷物を見ている太一の顔は、まだ痣が残っている。三賀に殴られて付いたものは少しづつ消えているが、妖怪だった頭領に付けられた腕の痣は、全く消える気配がない。


「あ、今お客さん来てるよ」

「お客?」


 珍しいな。お客さんってことは、中島さんではないよね。


「半分持つよ」

「ありがとう」



 台所に荷物を置き、お客さんがいるらしい事務所の方へ。


「お客さんってどんな人?」

「男の人だよ。律兄ちゃんの知り合いだって」

「律の?」


 アイツの知り合いか。どんな人なんだろう。あんまり想像つかないな。


 部屋の戸を開ける。ソファーに座っていた人が、気づいてこちらを向いた。

 真っ黒な髪に、黒めの肌。ガッシリとした体格で、律とは対照的な印象だ。

 男の人は、太一、そして私へと目を向ける。目が合うと、何故か彼は目を見開いた。


「あぁぁーー!!」


 男の人は大声を上げ、立ち上がる。そして、声に驚いて目を丸くする私に、駆け寄ってきた。


「まさか、こんな所で再会できるなんて!」


 男の人は、私の手を握った。


「これは運命だな!」

「え、えっと……」


 再会って、私この人とは初対面のはずじゃ。と思いつつ、記憶をさかのぼってみる。

 そうしていると、男の人はグッと顔を近づけてきた。


「俺の嫁になってくれ!」


 満面の笑みを向けてくる。


 時間が止まった気がした。

 私は、男の人の顔を見たまま固まる。


「えぇぇぇ?!」


 思考が回復し、一気に顔が熱くなる。


 よ、嫁?! 今嫁にって言われた?!


「何いきなりぬかしてんだ、お前は」

「イテッ」


 律が男の人の殴り、手が離される。固まったままの私を、太一が庇うように前に立った。


「いてぇよ律」


 頭を擦りながら、男の人は律の方を見た。それに、律は睨みを向ける。


「うるせぇな。一体何なんだよ」

「だってよ、運命だと思わないか?」

「何がだよ」


 眉を潜め、律は私の方に視線を向けた。

 いやいや、そんな目で見られても、私だって何がなんだか。


「ほらほら、さっき怪我手当てしてくれたじゃん」


 そう言いながら、袖を捲った。見えた腕には、手ぬぐいが巻かれている。これって、私のと同じ柄だ。


「え、それカラスに巻いてあげたやつじゃ。何で貴方が……」

「何でって、君がやってくれたんだから」


 男の人は笑みを向けてくる。

 どういうこと?

 私は助けを求め、律に目を向けた。私の視線に、律はため息をつく。


「そういう事か。コイツは烏天狗だ」

「烏天狗?」


 男の人の方を見ると、ニッコリと微笑みを向けられた。

 えっと……てことは、さっきのカラスはこの人ってこと?


「えっと。怪我大丈夫ですか?」


 取り敢えず、思い浮かんだ事を言ってみた。すると、彼は目をキラキラと輝かせる。


「怪我のこと、気にしてくれるなんて。やっぱり俺の嫁に……」


 と言った瞬間、律がまた頭を殴った。



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