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椿堂物語《完結》  作者: アレン
三章 少年と神隠し
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 男達に両腕を掴まれ、引きずられる様に連れていかれる。

 痛い。けど、息が上がっていて、声を出すのも億劫だ。

 結局、太一君を逃がした後、家中を逃げ回って、庭に出たところで捕まってしまった。


「おい、ちゃんと歩け!」


 腕を引く男は、イラついた様子で私の腕を引っ張った。前後左右、男達が囲む。これは流石にもう逃げられない。


「三賀さん!」


 部屋に着き中に入ると、何人もの男と三賀がいた。彼らは私を見た瞬間、怒りの色を一層強める。


「やっと捕まったか」


 ニヤリと口元を上げる三賀。その表情は、怒りで震えている。

 近づいてきて、私の胸ぐらを掴んだ。


「オメェ、随分舐めたまねするじゃねぇか。あ゛?」


 怖くて、震えそうになる。だけど、それをグッと堪え、私はキッと三賀を睨む。


「太一を逃がしただろ」

「知らない」

「じゃあ、何でアイツが居なくなってんだよ!!」

「知らない」


 私の態度に、三賀の怒りはどんどん強くなっていく。同時に掴む手の力も増す。


「このやろぉ」


 三賀が拳を握り、腕を上げる。殴られるだろうと分かり、私はグッと歯を食いしばった。


「三賀さん!」


 と、高めの男の声が割り込んできた。三賀は、振り下ろそうとした手を止め、私の後ろに目をやる。


「なんだよ」

「頭領が、逃げた女を捕まえて、連れてこいって」

「は? 頭領が?」


 胸ぐらを掴む手が緩んだ。少し楽になり、私は小さく息を吐く。


「なんだってこんな女を」

「さぁ。でも、早くしろって」


 三賀は、まだ怒りが収まらないのか、髪をグシャグシャに掻き混ぜ、押し倒すように私を離した。


「チッ。頭領の命令なら仕方ねぇ」


 三賀は舌打ちをしたが、何か思いついたよで、私に笑みを向けてきた。


「まぁ、頭領の後に痛めつけりゃ、変わりねぇか」


 ニヤリと口元を上げた顔は、悪意に満ち、取り憑いている妖怪の妖気が増す。いまだ正気でいるのが不思議なくらいだ。

 そのまま、三賀は私の腕を引き、部屋を出た。



 奥へと進んでいき、一番奥にある部屋の前に着く。


「頭領。三賀です」

「入れ」


 中から聞こえた声は、しゃがれていた。三賀が襖を開け、私を中に押し入れる。


「コイツが逃げ出した女です」


 顔を上げると、丸々と太った男と目が合う。


「ほぉ、コイツが……」


 そう言って、私を舐め回す様に見てくる。その視線に、寒気を感じた。


「では、俺はこれで」


 三賀が部屋を出ていき、私は頭領と二人きりになった。


 この部屋の空気、凄く嫌だ。肌にまとわりつくような妖気。ここのは、他の場所とは比べ物にならないくらい濃い。


「おい、お前。近くに来い」


 頭領はニヤニヤと笑いながら、手招きをしてくる。私は近づきたくなくて、入口でしゃがみこんだまま、頭領を睨む。そんな私の態度に怒りを見せるわけでもなく、頭領は表情を変えないまま、私に近寄ってきた。


「ククク。強情な娘だな。嫌いじゃない」


 近づく頭領から逃げたくて、後ろに下がるけど、背はもう襖についていた。

 逃げられないまま、頭領は目の前で腰を下ろし、私の頬を掴んできた。その手は湿っぽくて、ベトベトしている。


「それに……美味ソウナ匂イダ」


 声が変わり、私は目を見開いた。先程まで人の見た目をしていたはずの男が、徐々に形を崩していき、蛙の姿に変わっていった。


「お、お前は……」


 声を絞り出すと、蛙はニヤリと口元を上げた。


「イカンイカン。ツイ興奮シテ、姿ガ変ワッテシマッタ」


 ゲラゲラと笑う目の前のものは、完全に服を着た蛙だ。しかも、コイツがこの姿になって、部屋の妖気が濃くなった。さっきまで感じていた妖気は、コイツのものだ。


「ソレニシテモ、イイ匂イノ娘ダ。今マデノトハ、比ベ物ニナランナ」


 そう言いながら、舌なめずりをする。まさかコイツ……


「ここの女の人を、あんなにしたのはアンタなの?」

「ククク。ソウサ。ミンナ俺ガ、食ッテヤッタ」


 歯を出して笑った蛙は、口の端から涎を垂らす。

 生気のない女の人、バケモノ。コイツのことだったのか。

 私は力を振り絞り、頬の手を振り払った。


「触ら、ないで!!」


 手を弾かれ、蛙は目を丸くする。そして、カッと目を見開き、両肩を掴んできた。


「クソッ、俺ノ手ヲ振リ払イヤガッタナ。ドイツモ、コイツモォォォ」


 肩を掴む力が強まり、骨が軋む音がする。

 蛙は、我を失ったように怒り狂った顔をしている。

 私はもがき、何とか横に逃げ出した。


「待デェェェ!!」


 這い蹲って逃げようとした私の足を、蛙が掴んだ。グッと引き寄せられ、馬乗りになられた。


「食ッテヤル。今スグ食ッテヤルゥゥゥゥ」


 蛙は、大きく口を開ける。私を食べようと近づいてきた。

 もがくけど、床に押し付けられてしまい、全く身動きできない。

 頬に涎が垂れてくる。そこから、生気が漏れ出していく感じがした。


 だ、誰か助けてっ。



 そう思った時、何かが横から飛んできた。それは蛙に直撃し、横へ吹っ飛んでいった。


 え、何が起こったの?

 突然のことで、状況が飲み込めない。


「おい、いつまで寝転がってんだ」


 耳に入ってきた声に、私はハッと横を見た。

 襖のなくなった入口で、赤い髪をなびかせ立つ。その姿に、涙が溢れた。


「律……」


 呟くと、律は一瞬こちらに目を向け、部屋の中に入ってきた。


「いなくなったかと思えば、こんなめんどくせぇことに首突っ込んで。お前、ほんと何がしてぇんだよ」


 文句を言いつつ、私の元に来きて、手を差し伸べてくれた。その手を掴むと、グッと引き上げてくれた。


「あいつは?」


 聞かれて、私は蛙の方へ目を向ける。丁度起き上がっていて、頭を擦りながら私達を睨んだ。


「オマエ、何者ダ!!」


 唾を飛ばしながら叫ぶ蛙に、律は眉を潜めた。


「何なんだあれ」

「神隠しの噂の正体。それと、太一君を苦しめてる奴らの頭領だって」

「ほぉ」


 律の目の色が変わる。私の手を離し、蛙の方に近寄っていく。


「ナ、ナンダッ。オマエモ食ッテヤロウカ?!」


 そう言って、蛙は律に飛びかかった。

 律は、それを真っ直ぐ見つめたまま、刀を構え、切りつけた。


「ガァァァ」


 蛙は叫びながら後ろへ倒れた。妖気が拡散し、姿が人間に戻っていく。だけど、戻った頭領は白目をむき、全く動かない。


「ね、ねぇ」


 律に近づき、服の裾を引っ張る。律は目線だけを私に向けてきた。


「コイツ、もしかして……死んでるの?」


 聞くと、律は黙ったまま頭領の方へ目を向ける。


「妖怪に深く取り憑かれると、憑かれた身体にも影響がでる。そうなったら、妖怪だけを切るってのはできねぇんだ」

「そう、なんだ」


 頭領を見る。

 どんな人だったのかは分からないけど、多分ろくな人ではなかっただろう。でも、こんな最後を迎えてしまうとは、可哀想だと思う。


「出るか」


 ため息をつき、律が刀を仕舞う。人の姿に戻ると、入口の方へ歩いていった。



 歩く律を追いかけながら、廊下を進む。

 端々に倒れる男達。これ、全部律が倒したんだろうか。

 そう思いながら歩くと、玄関についた。

 外に出ると、何かが抱きついてきた。


「は、葉月さぁん!!」

「太一……」


 太一君は顔を埋めて涙声を上げている。

 そっか、律を呼んできてくれたんだ。

 私は、ギュッと太一の体を抱く。


「心配かけちゃったね。ごめんね」

「うぅぅ」


 顔を上げた太一の涙を拭う。微笑んであげると、太一は泣き笑いを浮かべた。


「葉月ちゃん!!」


 と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。声のした方を見てみると、走ってくる中島さんと、制服を着た何人もの警官がこちらに走ってきている。


「どうしてここに?」


 息を荒らげながら来た中島さんに、問いかける。彼は息を整え、ニコッと笑う。


「太一君が、明瞭組が葉月ちゃんを連れ去られたって、言いに来てくれたんだ。だから、僕らがこうやって来たってわけ」

「じゃあ、これで明瞭組は捕まるの?」

「もちろん。葉月ちゃんを誘拐したってだけでも、十分捕まえられる」


 その言葉に、私は笑顔になった。

 これで太一を苦しめるものは、なくなったんだ。

 太一を見てみると、信じられないというように目を丸くしている。


「ねぇ太一」


 私はしゃがんで太一君を見る。


「約束、覚えてる?」


 笑って言うと、太一は目を見開き、そしてポロポロと涙を流した。


「ぼ、僕。あんなに迷惑かけたのに。ほんとに、いいの、かな」

「もちろん。太一がいてくれないと、私寂しいよ」


 ニッと笑って言う。それでも、太一はまだ不安な表情をしていた。

 そんな彼に、律が乱暴に頭を撫でた。


「お前がいると仕事がはかどる」


 それだけ言って手を離した。


「もぉ。もっと違う言い方ってものがあるんじゃない?」


 私が睨むと、律も私を睨んでくる。


「あ? 事実だろ。お前がやるより、コイツがやった方が十倍早い」

「なんですって?! 何もしてない人に言われたくないわよ!」


 立ち上がって反論すると、律はうるさいと言うように耳を塞ぐ。その態度に、ますますムカつく。


「ちょっと律っ!」


 もっと言ってやろうかと思った時、太一が私の手を引いた。見てみると、両手で律と私の手を握っている。俯いた顔を上げ、涙の浮かぶ目を向けた。


「葉月姉ちゃん。律兄ちゃん」


 太一の言葉に私は目を丸くした。律も同じような反応をする。


「僕、二人と一緒にいたいよ」


 懇願するような言葉に、私は耐えきれずに太一に抱きついた。


「もちろんっ。いいに決まってるよ!」


 グリグリと頭を撫でてやると、太一は嬉しそうに笑った。


「帰るか」


 律は、私だけじゃなく、太一の方も見て言った。

 それに私と太一は目を合わせ、ニッと笑みをこぼした。





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