五
私達は、明瞭組の本拠地らしい屋敷に連れてこられた。そこそこ大きな家で、中には沢山の男達がいる。
私は奥の部屋に入れられ、太一君と離ればなれになってしまった。
「さて、どうしたものか」
いつも通り、計画なんて全くない。何とか抜け出して、太一君を見つけないと。だけど、外には見張りがいて、簡単には出られない。
部屋を見渡してみると、隅の方に数人の女の人が。みんな膝を抱えている。
もしかして、この人達って行方不明になった人? 帰って来た人もいるけど、まだ見つかってない人が何人もいるらしいし。
「あの」
近くの人に声をかけてみる。だけど、私の声には反応せず、顔も上げない。
「貴女もここに連れてこられたの?」
「……」
「一体何があったの?」
そう聞くと、女の人はゆっくりと顔を上げた。見えた顔は酷くやつれ、目にはほとんど生気がない。
「ばけ、ものが……私に、近づいて。それで、それ、で……」
そこまで言って、女の人は頭を抱えた。
「イヤッ、来ないで! 近寄らないでぇぇぇ!!」
そう叫び、うずくまって体を震わせた。
バケモノ。一体何なんだろう。
そういえば、親父が満足する、とか言ってたけど、何か関係あるんだろうか。それに……
私は女の人から目を離し、辺りを見回す。
部屋には妖気が充満している。この妖気は屋敷中に漂っていた。
それに、ここの人はみんな、妖怪が取り憑かれていた。まぁ、妖怪にとってここは最高の場所なんだろう。
この女の人達、助けてあげたい。
どうしようかと考え、あることを思いついた。あまり気は進まないけど、今はこれしかない、よね。
私は、目の前の女の人の肩を掴む。
「ねぇ、バケモノは貴方に何をしたの?」
「イ、イヤ……」
「近づいて、それから?」
「イヤァァァ!!」
女の人は叫びながら暴れ出す。声は部屋中に響いた。
この騒ぎに、外にいた見張りの男達が部屋に入ってきた。
「おい、何の騒ぎだ!」
「暴れるな!!」
暴れ回る女の人を、二人がかりで止めようとする。私はその隙に、部屋を出た。
ごめんなさい。絶対に助けを呼んでくるから。
そう心の中で謝りながら、私は駆け出した。
見つからないよう、隠れつつ進む。
この家、迷ってしまいそうなくらい広い。てゆうか、既に迷ってる。一体ここは何処なんだろうか。
角の向こうを伺うと、こちらに向かって走ってくる男がいた。
どうしよう。ここじゃ隠れる所がないっ。
あたふたしている間にも、男は近づいてくる。これは、絶対絶命ってやつなのでは?!
もう捕まるしかないか、と覚悟を決めかけたが、男は角を曲がることなく、手前の部屋の襖を開けた。
「三賀さん!!」
大きな声は、廊下中に響いた。
「なんだよ、うるせぇな」
三賀と呼ばれた人の声は、聞き覚えのあるものだった。アイツ、三賀っていう名前なのか。
「三賀さんが連れてきた女が逃げ出しました!」
「あ゛ぁ?! どういうことだ! 見張りは何やってたんだよ」
「他の女が暴れだしたみたいで……」
「クソッ。まだここからは逃げ出してねぇはずだ。行くぞ!!」
そう言って、三賀と大声の男は部屋を出て行った。彼らは奇跡的に私とは反対方向に進んでいく。
私は胸を撫で下ろし、三賀のいた部屋を覗きこんだ。部屋の真ん中に、誰かが倒れている。あれは……
「太一君!!」
駆け寄って、体を抱き上げる。顔は痣だらけで、はだけた服から覗く肌にも、殴られた痕がある。
アイツ、ここで太一君のこと殴ってたのか。
怒りで歯を食いしばる。
「は……づき、さん……?」
「太一君っ」
頬を撫でると、太一君はホッとしたように頬を緩めた。
「動ける?」
「は、い」
太一君は、少しふらついたが、しっかりと立ち上がった。
辺りに警戒しつつ、慎重に進む。だけど、何処もかしこも男だらけで思うように進めない。
横の太一君を見てみると、息が上がり苦しそうだ。
「ちょっと休憩しようか」
「え、でも」
「急いでも進めないしね。それに、私結構疲れちゃったの」
笑いながら言うと、太一君も表情を緩めた。
見つかりにくそうな場所を見つけ、私達は並んで座った。
さっきは冗談で言ったつもりだったけど、こうやって息をつくと、自分が疲れていたんだと気づく。でもまだ頑張らないと。せめて太一君だけでも外に。
そう思いながら、太一君を見つめる。ふと、ずっと気になっていたことが頭に浮かんだ。
「ねぇ太一君」
声をかけると、太一君はこちらに目を向けた。
「話したくなっかったら、話さなくていいんだけどさ。太一君と明瞭組の関係ってなんなの?」
太一君の目が見開かれる。
太一君にとって、この質問は嫌なものだということは分かっている。だけど、どうしても気になった。
「僕の両親は、流行病で死んだんです」
太一君はゆっくりと口を開いた。私は彼の言葉に黙ったまま耳を傾ける。
「その時、薬代とかでお金が必要で、明瞭組がお金を貸してくれたんです」
「うん」
「結局両親は死んじゃって、借金を僕が払うことになったんです」
子供に借金を払わせるなんて。
「それから、明瞭組の人の言う事を聞いてきたんです」
「殴られたりするのも、いつものこと?」
太一君はコクリと頷く。
ほんと、最低な奴らだ。こんな子を殴ったりなんて。
「腕の痣もそう?」
「いえ、これは頭領に掴まれただけなんですけど、何でか消えなくて」
消えない痣。何だか私の首のと似てるな。
と、太一君が表情を暗くし、俯いた。
「だけど、僕は殴られて当然です。スリだって何度もしました。律さんの財布だって……」
「そんな、当然なんて」
声をかけるが、太一君の瞳が暗くなっていく。駄目だ、このままだと、ここの妖気の影響を受けてしまう。
私は太一君の手をギュッと握った。
「ねぇ、太一君は明瞭組から逃げられたら、何がしたい?」
「何が……」
少し悩み、太一君は私の方をチラリと見た。
「普通の、生活がしたい」
「普通の?」
「はい。家族がいて、家があって、いてくれて嬉しいって言ってもらえる場所が欲しいです」
太一君の望みは、ごく普通の人からすれば当たり前のものだ。こんなお願いなら、どれだけだって叶えてあげたい。
「じゃあ、約束しよう」
「約束?」
私は太一君に微笑む。
「明瞭組から逃げられたら、椿堂においで」
「え……」
太一君は、驚いた顔をする。
ずっといてもいいんだよ、って言ってるんだけど、彼にとっては現実味がないのだろう。
なら、私が太一君を解放してあげて、彼の願いを絶対に叶えてやる。
「約束よ。太一」
太一は目を丸くした。
「名前……」
「本当は、太一も私達と砕けた感じに接して欲しいんだけど。それは約束を果たしてからね」
ニコッと微笑むと、太一は恥ずかしそうに目を背けた。
「ここが玄関です」
「これは……」
なんとか玄関まで辿り着き、様子を覗いてみるが、そこには何人もの男が集まっていた。ここを見つからず抜けるのは無理だろう。
「ここの他に、外に行けそうな場所ある?」
「あるには、ありますけど……」
言いにくそうな太一。
多分、他の場所もここと同じなんだろう。と、したらどうするか。
「太一、走れる?」
「え?」
私は太一に向け、微笑む。
「ここから椿堂に帰って、律を呼んできて。話せば、後はどうにかしてくれるだろうから」
まぁ、もし見捨てられたらどうにもならないけど。
「で、でも、葉月さんは……」
心配そうな顔をする太一に、私は頭を撫でてあげる。
「大丈夫よ。何とかなるから」
ニッと口元を上げ、私は玄関の方へ出て行った。
飛び出して行くと、全員の目が集まる。
「お前は!!」
「おい、人を集めろ!」
騒ぎ出した男達を横目に、私は玄関とは反対の方向に走った。
「ま、待て!!」
走り出した私を、男達は追いかけてくる。振り向くと、玄関には誰も居なくなった。これなら行けるだろう。
頬を緩め、私は足を速めた。




