四
夕食を終え、いつものように財布を、台所の戸棚の奥にしまう。私がここに住むようになってから、こうしているんだけど、その前までは無造作に机に置いていたらしい。不用心過ぎる。
「あの……」
いきなり後ろから声をかけられ、私はビクリと肩を震わせる。振り返ると、太一君が俯いて立っていた。
「驚いた。どうしたの?」
腰を下ろし聞くと、太一君は目を逸らす。言いにくそうな様子に、私は彼が話し出すまで待つ。
「あの、葉月さんと律さんは、どうして僕にこんな良くしてくれるんですか?」
真剣な目で聞かれた質問に、私は目を丸くした。
どうして、か。
「私もね、律に助けてもらったの。だからかな。太一君のこと、放っておけないの」
微笑み、太一君の頭を撫でる。
「それに、太一君いい子だしね」
そう言った瞬間、太一君の表情が曇った。
「僕は、そんな……」
瞳に暗い影が落ちる。橋で見た時と同じ目だ。
私は両手を伸ばし、太一君を抱きしめた。
「大丈夫。ここに居ていいんだよ」
そう声をかけると、小さな体がピクリと震える。
太一君に言った言葉は、私が律に助けてもらった時、思っていたこと。
どこにも居場所がなくて、凄く不安だった。律に居てもいいかと聞いて、勝手にしろって言われた時。心の中では、泣きたいくらい嬉しかった。
もしかしたら、太一君もあの時の私のように、不安なんじゃないかと思った。
「律もさ。あんなだけど、太一君のこと気に入ってると思うよ」
太一君を褒めていた時、凄く柔らかな表情だったし。
私の言葉に、太一君は何も言わず、ただ私の背に手を回し、ギュッと抱きついてきた。そんな彼に、私は優しく背を撫でてあげた。
何かが軋む音がして、目が覚めた。辺りはまだ真っ暗。
何の音だろう。まさか、泥棒?
起き上がり、外の様子を伺う。耳をすませると、ギシギシと廊下を歩く音が聞こえた。
私は、音をたてないよう、ゆっくりと部屋を出た。辺りを見回すと、隣の部屋の襖が開いている事に気づく。
あそこは太一君が寝ている部屋。慌てて中を見ると、太一君の姿がない。
まさか、さっきの音は太一君が。
私は自室に戻り、急いで身支度を整えた。
玄関へ行くと、戸が少し開いていた。外を出てみると、歩く太一君を見つけた。
こんな時間に一体どこへ?
私は、気づかれないよう距離を保ちながら、後を追いかけた。
太一君は、椿通りを抜け、表通りに。そして、路地裏へと進んでいく。
どうしてこんな所に。と疑問に思いつつ、私も路地裏へ入る。
しばらく進んで、太一君が立ち止まった。私は物陰に隠れて彼の様子を伺う。すると、反対側から誰かがこちらに近づいてきた。
「よぉ。ちゃんと来れたんだな、太一」
この声は。私は目を凝らし、声の主を見る。あの顔、昼間絡んできた明瞭組の男だ。
「で、例の物は持ってきたんだろうな」
男が聞くと、太一君は懐から何かを取り出し、それを男に渡す。
見覚えのある形と色。あれ、うちの財布だ。なんで太一君が……
「ヘヘヘ。やれんじゃねぇか。時間かけやがって。情でも移ったのか?」
ヘラヘラ笑いながら、男は財布の中を確認し始めた。
「チッ、しけてやがるな」
舌打ちをし、眉を顰める。
太一君は、そんな男をジッと見つめていた。その目には感情はなく、何も考えていない様だ。
私は、二人のやり取りを食い入るように見つめていた。だから、後ろから近づいて来ていた人に気づけなかった。
「おい、お前」
肩を掴まれ、振り返る。男が私を睨みつけていた。ヤバイ、コイツも明瞭組の奴か。
逃げようと考えたが、すぐに男に羽交い締めされ、動けなくなってしまった。
「どうした?」
私達に気づき、男がこちらに目を向ける。太一君もこちらに気づき、目を丸くした。
「葉月……さん……?」
思わず名を呼んでしまったみたいで、彼は慌てて口に手をあてた。
だけど、男はその呟きをハッキリと聞いていたようで、ニヤリと私に笑みを向ける。
「あぁ、お前。昼間の奴か」
私に近寄り、顎を掴んできて、マジマジと顔を見てくる。嫌だけど、どうすることも出来ず、私はされるがままになっていた。
「まぁまぁな女だな。これなら、親父も満足するか」
「え?!」
男の言葉に、太一君が反応する。
「こ、この人は関係ない! ちゃんとお金持ってきたんだから、それでいいじゃないですか!!」
懇願する太一君に、男の顔がカッと赤くなる。私から手を離し、太一君を殴った。
「太一君っ!!」
男は、倒れた太一君の胸ぐらを掴み、無理矢理起き上がらせた。
「オメェ、誰にもの言ってんだ、あぁ?! それでいい? なに寝言言ってんだ。こんだけ時間かけといて、これっぽっちの金でいいわけねぇだろ!!」
罵声を浴びせながら、男は太一君に向けて拳を振り上げた。
私はもがき、何とか拘束を逃れて、男から太一君を引き寄せた。
「やめて!!」
私が太一君を抱き寄せたことで、男の動きが止まる。私は太一君を抱きしめ、男を睨む。
「分かった。アンタ達について行くわ」
「葉月さん?!」
声を上げた太一君に、大丈夫だと微笑みを向ける。
「その代わり、この子にこれ以上酷いことしないで」
男は私をジッと見つめ、ニヤリと口元を歪めた。
「いいだろう。お前みてぇな度胸のある奴は、嫌いじゃねぇからな」




