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椿堂物語《完結》  作者: アレン
三章 少年と神隠し
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 井戸の水を汲んで、桶に移す。抱えて廊下を歩き、両手が塞がってるから仕方なく足で襖を開ける。


「あれ、律?」


 誰もいないと思っていたら、律が少年の傍に座っていた。律は、私を見て眉を顰める。


「お前、手で開けろよ」

「へ?」


 律の視線は私の足に。私は慌てて襖から足を離した。恥ずかしくて、私はそそくさと少年の元に急いだ。

 少年のおでこに置いていた手ぬぐいを取り、桶の水につける。しっかり絞って、また置いてあげた。頬に触れてみると、ほんのり熱い。


「コイツ、妖怪に取り憑かれてたのか」

「うん。まだ取り憑いてるの?」

「いや。臭いが残ってるだけだ」


 臭いか。私には全く分からないな。

 私はペンダントを外してみた。少年を見てみると、薄らと黒いモヤが少年の周りを漂っている。


「これ、大丈夫なの?」

「直ぐ消える。弱いやつが憑いてただけだから、そのまま残るってことはねぇ」


 律の言葉に、私は自分の首に触れた。

 弱い妖怪なら、妖気は残らない。だけど、私の首の痣は未だ残ったまま。律は、この痣に妖気が残ってるって言ってたけど、その影響なのかな。


 ペンダントを付け直すと、モヤは見えなくなった。

 術がかけられているらしいこれは、無害な妖怪は見えなくしてくれているらしい。ただ、強かったり、悪意のあるものは見えてしまう。今までそんなことなかったけど、律曰く、首の妖気のせいじゃないかって。


 見えるようになってから、妖怪は私達の周りに普通に居るものだと気づいた。

 不安や疲れ、不満など、人の弱い部分に付け込もうと、そこら中に潜んでいる。初めはあまりの多さに驚いたが、最近はもう慣れた。

 それに、この家には妖怪は全く入ってこない。どうやら、律に恐れて逃げ出して行くみたいだ。


 そう考えると、この子にとってここは、一番休むにはいい場所だったのかな。


「ん……」


 見つめていると、少年が目を覚ました。

 ゆっくりと目を開け、ボーッと私達を見つめる。


「あの……」

「起きたね。具合はどう?」

「大丈夫……です」


 少年は起き上がり、ジッと私を見つめた。


「ここは?」

「椿堂っていう探偵事務所。貴方、川に飛び込んじゃったのよ。覚えてない?」


 少年は首を傾げる。

 妖怪に取り憑かれていた時のことは、覚えていないみたい。

 私はニコッと微笑んだ。


「私は葉月っていうの。貴方は?」

「太一……です」

「そっか。太一君ね」


 律の方を見てみると、彼はジッと太一君を見つめている。


「お前、その痣に覚えは?」

「え、これは……」


 律が言ったのは、太一君の腕にある、巻き付くようにある痣。着替えさせた時に見つけて、私も気になってはいた。

 律の質問に、太一君は黙り込んだ。表情は固い。

 その様子に、私は太一君の頭を撫でた。


「お腹空いてない?」

「え、あっと……」

「夕飯作るから、少しでも食べてよ」


 私は立ち上がり、律を睨む。すると、彼は立ち上がって部屋を出ていった。


「あの、あの人は……」

「律っていうの。ここの家主。無愛想な奴だけど、気にしないで。出来たら呼ぶから、もう少し寝てて」

「はい」


 寝転がった太一君を確認してから、私も部屋を出た。



 台所に行くと、律が壁にもたれ掛かっていた。


「ねぇ。あの痣って」

「妖怪のものじゃない」

「え」

「恐らく、人間が付けたものだ」


 ってことは、誰かに暴力を受けてたってこと?! あんなくっきり痣が残るほどなんて……


「酷い。一体誰が」


 ギュッと手を握る。


「さぁな」


 そう言って、律は着物を投げてきた。受け取って見てみると、律の着物だった。


「え、これどうしたの?」

「もう着ねぇやつだ」

「は? ……あぁ」


 そういう事か。太一君の着る服がないから、この着物を繕ってやれってことみたい。


「ありがと。後で繕っておくよ」


 律は何も言わず出ていった。

 何だかんだ、太一君のこと心配しているみたい。

 私は微笑み、夕飯の準備を始めた。



「よし、出来た」


 太一君の好みが分からないから、取り敢えずカレーを作った。これなら、おかわりもできるし。

 呼びに行こうと立ち上がると、丁度太一君が部屋に入ってきた。


「あの、匂いがして……」

「丁度良かった。呼びに行こうと思ってたの」


 太一君のお腹がグーっと鳴る。恥ずかしそうにお腹を押さえた太一君に、私はクスクスと笑う。


「食べようか」


 太一君はコクリと頷いた。



 カレーをよそってると、律もやって来た。三人分を用意し、私は息をつく。


「よし。いただきます」

「いた、だきます」


 太一君は、ゆっくりとカレーを掬った。それを口に入れる。何度か口を動かし、動きが止まる。そして、彼の瞳から涙がこぼれた。

 私はその様子を見ながら、ズキリと胸が痛んだ。


 ただご飯を食べただけで、涙を流す。こんな小さい子なのに。


 私は、ニコリと太一君に向けて微笑む。


「おかわりあるから。好きなだけ食べて」


 太一君は頷き、もう一口食べた。



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