一
最近、この辺りで、神隠しが起こっている。
若い娘が、いきなり姿を消し、行方知れずになる。
そのまま、見つかることなく、生死は分からない。
「って、噂があるのよ」
私は団子を飲み込んだ。
「それって本当なんですか?」
「さぁ、噂だからね。だけど、若い娘が行方知れずになってるのは、本当らしいよ」
そう、自信ありげに語る美枝子さんを見つつ、私は団子を頬張る。
「噂って宛になりませんね。行方不明になっても、ちゃんと戻って来てるのに」
そう言いながら、私の隣で同じ様に団子を頬張る中島さん。真昼間から、制服で団子屋にいるなんて。
「中島さんって、本当に警官なんですか?」
尋ねると、中島さんは悲しげな目を向けてくる。
「葉月ちゃん。それはヒドイよぉ。僕、今ちゃんと仕事してるのに」
「え、何を?」
「見回りだよ! 何か困ったことはないか聞いて回ったり、変な人はいないか確認してるの!」
そう言いながら、胸を張るが、団子を持っている時点で、信憑性がなくなっている。
本当に大丈夫なのか?
「そう言う葉月ちゃんも、もしかしてサボり?」
「そんなわけないじゃない……」
私は頭を抱える。
今朝、律から依頼を解決してこいって、家から放り出された。
依頼っていうのは、逃げ出した猫を探すこと。特徴も書いてあったけど、デブという名前と、真っ黒で、食い意地がはっている、ということしかなかった。これでどう探し出せというんだ……
仕方なく、食べ物のある所をいくつか巡って、ここに辿り着いた。
収穫は言わずもがなだ。
「美枝子さん。真っ黒い猫、本当に見かけてないんですか?」
「ええ。役に立てなくて、本当にごめんなさいね」
申し訳なさそうに眉を下げた美枝子さんに、私は微笑んで、残りの団子を食べきった。
「さて、じゃあもう少し探してみます。お団子美味しかったです」
「お粗末様。また来てね」
「はい」
私は中島さんの方を見て、微笑む。
「中島さんも、早く仕事に戻った方がいいですよ。多分もうすぐ律が来るだろうから」
「えっ?! じ、じゃあ、僕はこれで。葉月ちゃんまたね」
中島さんは焦ったように、そそくさと去っていった。
中島さんって、よく事務所に来て、律にちょっかいを出して、怒られたりしている。だけど、こうやってサボってる時に見つかって、説教されるのは嫌みたい。
と、私も長居したら律に会っちゃう。
私は立ち上がり、団子屋を後にした。
「デブくーん。どこにいるのぉー」
物陰や屋根の上を見ながら、猫を探す。
でも、あれだ。自分の飼い猫にデブなんて名前つけるなんて。食い意地がはっているからとはいえ、どうなのだろうか。
至る所を探してみるが、見つからない。いつの間にか、表通りを抜けて川まで来ていた。この川を渡ると駅があって、ちょっとした都会になっている。流石にここを渡っちゃってたら、見つけるのは難しいだろうな。
そんなことを考えながら、ふと橋を見た。
お昼時だからか、橋にはほとんど人がいない。そんな所に、少年が一人立っていた。
十歳くらいだろうか。
私は橋の方に歩んだ。近づくにつれ、少年の姿がハッキリ見えてくる。小さな背中に、黒いモヤが取り憑いていた。
あれって、もしかして妖怪? じゃあやばいんじゃ。
私は少年の元に急いだ。
橋にさしかかった時。少年が橋の手すりに登った。見えた彼の目は、完全に虚ろだ。そのまま体が傾き、足が中に浮く。
私はバッと走り、手すりを乗り上げ、飛び出した。
落ちていく中、なんとか少年の腕をとって抱きかかえる。
背に衝撃が。川の流れる勢いで、体が流れていく。
なんとか水面から顔を出し、息を吸い込む。腕に重みを感じながら、川辺へと泳ぐ。
辿り着いた時には、完全に息が上がっていた。私は陸に着いた途端、倒れ込んだ。
し、死ぬかと思った。
とっさに飛び込んでしまったけど、結構危なかった。
抱いている少年を見る。気を失っているが、ちゃんと息をしていた。そして、さっき取り憑いていた妖怪はいなくなっていた。
私は起き上がり、少年を抱き上げる。
体が冷たい。そりゃあ、川に飛び込んだから当然か。
急いで連れて帰ろうと、私は歩き出した。
「ただいまぁ」
私は事務所を覗き込む。律は机の所にいて、私と目が合った。
「帰ったか」
「う、うん」
言い淀んだ私に、律は眉を顰める。
「お前、なんか隠してんだろ」
睨んできた律に、私は渋々部屋の中に入った。
濡れた姿と、抱えた少年。律はますます眉を顰める。
「おい、お前猫探しに行ったのに、なんでガキを連れて帰ってくんだよ」
「それは……クシュン」
説明しようかと思ったが、寒くてくしゃみが出てしまった。歩いている時はそうでもなかったんだけど、止まると寒さが襲ってくる。体がガタガタと震えだした。
そんな私に、律はため息をつく。
「取り敢えず着替えてこい。そのガキも、寝かしといてやれ」
「うん」
良かった。放っておけ、なんて言われるかもとヒヤヒヤしていたけど、そうならなくて。
私は頷いて、部屋を後にした。
使っていない部屋に、私の布団を敷いて少年を寝かせる。着替えは、丁度いい物が無かったから、取り敢えず私のを着せた。
眠る表情は、安らかだ。こんな子が妖怪に取り憑かれてたなんて。
「一体、貴方に何があったの?」
私は、少年の頬を撫でた。




