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椿堂物語《完結》  作者: アレン
三章 少年と神隠し
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 最近、この辺りで、神隠しが起こっている。

 若い娘が、いきなり姿を消し、行方知れずになる。

 そのまま、見つかることなく、生死は分からない。



「って、噂があるのよ」


 私は団子を飲み込んだ。


「それって本当なんですか?」

「さぁ、噂だからね。だけど、若い娘が行方知れずになってるのは、本当らしいよ」


 そう、自信ありげに語る美枝子さんを見つつ、私は団子を頬張る。


「噂って宛になりませんね。行方不明になっても、ちゃんと戻って来てるのに」


 そう言いながら、私の隣で同じ様に団子を頬張る中島さん。真昼間から、制服で団子屋にいるなんて。


「中島さんって、本当に警官なんですか?」


 尋ねると、中島さんは悲しげな目を向けてくる。


「葉月ちゃん。それはヒドイよぉ。僕、今ちゃんと仕事してるのに」

「え、何を?」

「見回りだよ! 何か困ったことはないか聞いて回ったり、変な人はいないか確認してるの!」


 そう言いながら、胸を張るが、団子を持っている時点で、信憑性がなくなっている。

 本当に大丈夫なのか?


「そう言う葉月ちゃんも、もしかしてサボり?」

「そんなわけないじゃない……」


 私は頭を抱える。


 今朝、律から依頼を解決してこいって、家から放り出された。

 依頼っていうのは、逃げ出した猫を探すこと。特徴も書いてあったけど、デブという名前と、真っ黒で、食い意地がはっている、ということしかなかった。これでどう探し出せというんだ……

 仕方なく、食べ物のある所をいくつか巡って、ここに辿り着いた。

 収穫は言わずもがなだ。


「美枝子さん。真っ黒い猫、本当に見かけてないんですか?」

「ええ。役に立てなくて、本当にごめんなさいね」


 申し訳なさそうに眉を下げた美枝子さんに、私は微笑んで、残りの団子を食べきった。


「さて、じゃあもう少し探してみます。お団子美味しかったです」

「お粗末様。また来てね」

「はい」


 私は中島さんの方を見て、微笑む。


「中島さんも、早く仕事に戻った方がいいですよ。多分もうすぐ律が来るだろうから」

「えっ?! じ、じゃあ、僕はこれで。葉月ちゃんまたね」


 中島さんは焦ったように、そそくさと去っていった。


 中島さんって、よく事務所に来て、律にちょっかいを出して、怒られたりしている。だけど、こうやってサボってる時に見つかって、説教されるのは嫌みたい。

 と、私も長居したら律に会っちゃう。

 私は立ち上がり、団子屋を後にした。



「デブくーん。どこにいるのぉー」


 物陰や屋根の上を見ながら、猫を探す。

 でも、あれだ。自分の飼い猫にデブなんて名前つけるなんて。食い意地がはっているからとはいえ、どうなのだろうか。


 至る所を探してみるが、見つからない。いつの間にか、表通りを抜けて川まで来ていた。この川を渡ると駅があって、ちょっとした都会になっている。流石にここを渡っちゃってたら、見つけるのは難しいだろうな。


 そんなことを考えながら、ふと橋を見た。

 お昼時だからか、橋にはほとんど人がいない。そんな所に、少年が一人立っていた。

 十歳くらいだろうか。

 私は橋の方に歩んだ。近づくにつれ、少年の姿がハッキリ見えてくる。小さな背中に、黒いモヤが取り憑いていた。

 あれって、もしかして妖怪? じゃあやばいんじゃ。

 私は少年の元に急いだ。


 橋にさしかかった時。少年が橋の手すりに登った。見えた彼の目は、完全に虚ろだ。そのまま体が傾き、足が中に浮く。

 私はバッと走り、手すりを乗り上げ、飛び出した。

 落ちていく中、なんとか少年の腕をとって抱きかかえる。


 背に衝撃が。川の流れる勢いで、体が流れていく。

 なんとか水面から顔を出し、息を吸い込む。腕に重みを感じながら、川辺へと泳ぐ。

 辿り着いた時には、完全に息が上がっていた。私は陸に着いた途端、倒れ込んだ。


 し、死ぬかと思った。

 とっさに飛び込んでしまったけど、結構危なかった。

 抱いている少年を見る。気を失っているが、ちゃんと息をしていた。そして、さっき取り憑いていた妖怪はいなくなっていた。


 私は起き上がり、少年を抱き上げる。

 体が冷たい。そりゃあ、川に飛び込んだから当然か。

 急いで連れて帰ろうと、私は歩き出した。



「ただいまぁ」


 私は事務所を覗き込む。律は机の所にいて、私と目が合った。


「帰ったか」

「う、うん」


 言い淀んだ私に、律は眉を顰める。


「お前、なんか隠してんだろ」


 睨んできた律に、私は渋々部屋の中に入った。

 濡れた姿と、抱えた少年。律はますます眉を顰める。


「おい、お前猫探しに行ったのに、なんでガキを連れて帰ってくんだよ」

「それは……クシュン」


 説明しようかと思ったが、寒くてくしゃみが出てしまった。歩いている時はそうでもなかったんだけど、止まると寒さが襲ってくる。体がガタガタと震えだした。

 そんな私に、律はため息をつく。


「取り敢えず着替えてこい。そのガキも、寝かしといてやれ」

「うん」


 良かった。放っておけ、なんて言われるかもとヒヤヒヤしていたけど、そうならなくて。

 私は頷いて、部屋を後にした。


 使っていない部屋に、私の布団を敷いて少年を寝かせる。着替えは、丁度いい物が無かったから、取り敢えず私のを着せた。

 眠る表情は、安らかだ。こんな子が妖怪に取り憑かれてたなんて。


「一体、貴方に何があったの?」


 私は、少年の頬を撫でた。



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