第36話 タモンの村 「叶わない夢」
濛々と煙の上がった村が。
村に近づくと立ち上る煙がどんどん濃くなっていく。そこには真っ黒になった村らしき跡があった。鼻を突く焦げた臭い。俺はファイガから降りて村の門に近づいて行くと門の横には一人の焼け焦げた遺体があり炭化して誰だかわからなかったが、手に持ったまま折れたミスリルの剣でわかった……門番のケビンさんだ。俺はケビンさんの亡骸を見ながら思わず、
「これはなんだよ、なんなんだよ、おかしくないか? なんでこんな事が起こっているんだ?」
村の塀も踏み潰されたように無くなっているのを見て、
(ユ、ユキナ、ファイガ、む、村の周囲を見て来てくれ)
(( 畏まりました ))
左右に散るファイガとユキナ。
門を通り過ぎブルブルと震えながら村に入ると。
そこは地獄だった。
村が村ではなく焼け落ちている、崩れ落ちている、見渡す限り固まった血だまりと炭の山。力が抜けそうだった、崩れ落ちそうだったが踏ん張って、叫んだ。
「誰かーっ! 生きているかーっ! おーいっ!」
まさか、こんなことは、でも誰かいるはず。そんな思いがまだ俺を奮い立たせているが、気が動転して周囲感知は勿論、ハネカに聞くこともせず、むしろ感じられずに、何度も叫びながら村を進む。見回しながら進む。俺の家に進む。
所々に焼けて炭化した遺体や、引き千切られた一部が落ちているが誰だかわからない。村長の家があったところには、剣と杖を持った、首から上を食い千切られた頭部の無い3人の折り重なった遺体があった。血濡れではあったが、その装備は忘れもしないナーベラの町で別れたダース、ラッタ、ティーナ達。
その亡骸の前で膝が砕けて、震えて声も出ない。
しかし、ここで止まっていてはいけないと気力を振り絞って立ち上がり、俺の家に向かって行くと、魔石が落ちている。さらに進んで行くと魔石がゴロゴロと大量に落ちている。その向こうで、家があった場所の前に2人が横たわっている……頭と足が無く黒焦げで炭化して。1人は折れた剣、1人は先の無くなった杖を持ったまま。
俺には分かる。サイルト父さんとティマル母さん。その2人が守っているであろう、すぐ奥に村人が集まってうずくまった状態で黒焦げになっている。その中でこっちを見ながら両手を広げ後ろの村人を守ろうとしている黒焦げになっているもう2人。村長のズーロさんと娘のランだ。
俺は体の力が抜け、膝から崩れ落ち両手をつき…………涙がポタポタと落ちる。
止めどなく落ちる。
「どうして……どうして……うっ、うっ、うわーーーーーーーん!」
「うわーん! 父さーん、うえーん、母さーん、うえっうえっうえっ」
「うわーーーん! みんなーーーーっ! うえーーーーーーん」
「うえっ、う、う、げぇぇぇぇぇ、げぇぇぇ、うごぇぇぇ、うわーーーん、げぇぇ、おぇぇぇ、うえーーん、おぇぇ、ぐぇぇぇぇ、うえっ、うぇっ」
吐いた。吐き続けて胃に何も無くなっても吐いた。そこにシトシトと雨が降ってくる。そのうち焼けた村を消すようにザアザアと、ザアザアと雨が降ってくる。その中で思い出したように、繋がったように俺はハネカに、
「ハァハァ、なんでこうなった……ハァハァ、ハネカ……ハァハァ、あの魔族の、シバンの仕業か?」
【推測ですがそのようです、ミツヒ様、魔物の通ったあとが千以上見られます】
「これがあいつのやり方か、シバン。これを見せるために……俺を生かしたのか……許せない……あいつはゆるせない……チクショウ殺してやりたい、チクショウ、チクショウ、チクショウ。
絶対殺してやる、絶対殺してやる、絶対殺してやる、絶対殺してやる。
殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる。
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、
殺す、殺す、殺す、殺す、殺す、うおぉぉぉぉーっ!!」
【ミツヒ様、ミツヒ様、お気を確かに、あ、髪の毛が】
ザアザア、と振る雨の中、俺の頭の毛の色が、スウーッ、と変わって行く。銀色に近い白い毛に。そしてもう一つ、怒りなのか何なのか黒眼から赤眼になっていった。俺は無意識に大雨の中を這いずりながら、のたうちながら泥だらけになりながらも、昔、練習用の剣を置いてあった木の下まで行き、力尽きたように倒れ眠りに着いた、深い眠りに。
◇◇◇
ミツヒ9歳
「ねえサイルト父さん」
「なんだミツヒ」
「俺……大きくなったらタモンの村の村長になりたんだ」
「ふーん、村長か、それはいいことだが簡単じゃないぞ、ミツヒ」
「どうすれば村長になれるの? 父さん」
「村長というのは、村のまとめ役だからみんなの話を聞く姿勢も大事だし、どうすれば村を良くして行けるか考えないとだめだよ。また強くないと村を守れないから、まずミツヒは心身共に鍛えることから始めたほうが良いな、そして15歳になったら他の町で働きながら、色々な町でいろいろな人とふれあい、タモンの村と何が違うのか、そして帰って来たら何をすればいいか、とかを考えるんだ」
「ふーん、それじゃ俺は畑仕事を手伝いながら鍛錬を始めるよ」
「そうか、なら物置に素振り用の剣があるから使って見なさい」
「うん、ありがとう父さん」
「ミツヒ、それと村長になるには人望も大切だよ、周りの意見も聞き納得させ、この人なら任せられる、と思われるような人にならないとな」
「人望かぁ……難しいけどやってみるよ。よし、俺の夢はタモンの村長になる事だ」
「そうだな、何事もやれば出来る。がんばれよ……ミツヒ」
◇◇◇
この時 ミツヒ 18歳 身長180センチ 銀髪赤眼
目が覚めると、焦げた臭いもない。ハネカが周囲にクリーンを掛けてくれたようだね。また、俺の横にはユキナとファイガが俺を温めるように添い寝をしてくれている。俺にもクリーンを掛けてくれたのか泥汚れも無く濡れてもいない。やっと落ち着いた俺は冷静になって周囲を見渡して、
(ハネカ、俺はどのくらい寝ていたのか)
【おはようございます、ミツヒ様。丸1日です、ご気分は如何ですか】
(ああ、嘘の様に、もう何ともないよ。おかしいな、もう、悲しいと言う感情が湧かない…………変な気分だよ)
【ミツヒ様、ご報告があります】
(どうした? ハネカ)
【ミツヒ様の、髪の色が銀髪になられ、瞳が赤眼になっています】
(そうか、いいよ、別に)
【いえ、とても素敵です。お慕いしております】
(ありがとう、ハネカ)
俺は皿を出してファイガ達に肉料理を盛る。いらないです、大丈夫です、と言っていたが命令だと言い食べさせた。
俺は村の境界の隅に行って、
(ハネカ、この辺りに深さ1m縦横2mの穴を20個ほど並べて掘れないかな)
【畏まりました、ミツヒ様、グランディッグ!】
次々に地面に穴が掘られて行く。
俺はサイルト父さんの遺体を担いでその穴に入れ、ティマル母さんも担いで父さんの横に寝かせ、ハネカの土魔法で土を掛け埋める。次にズーロさんとラン。次にダースと家族であろう人、ラッタと家族であろう人。ティーナと家族であろう人。ケビンさんと家族であろう人。村を一周して見回り、その他も知っている限りの家族で埋めた。多少間違っても同じタモンの村の人だから大丈夫だろう。冥福を祈りながら墓を造り終わると、
(俺、何かおかしくなったのかな、本当に悲しみもなにも感じられないよ)
【ミツヒ様、そのようなことはありません】
横にいるユキナとファイガにも、
(俺、変わったみたいだけど、まだ従魔でいいのか? 無理しなくていいよ)
(私はミツヒ様の従魔です、問題ありません)
(我も主様について行くだけです)
(ありがとう。ハネカは?)
【私はミツヒ様の心眼であり、ミツヒ様をお慕いしています。実体でしたらすぐにでも契りでも夜伽でも】
(あー、わかった、ありがとう、ハネカ。ははは)
ハネカの言葉に、思わず笑ってしまったよ。
決めた。
俺は魔族の殲滅を誓う。いや、蹂躙だ。
今後の行動が決まったことで、魔族の国が何処にあるかハネカに、
(ハネカ、魔族のいる場所は知っているか)
【はい、ミツヒ様。行き方は分かりかねますが、この村の東を進み、広大な樹海を越えると魔族の国が見えます】
よし、一度見に行こうか。




