入学編<初日 ‐ 入学式Ⅱ ‐>
――――――――― 間もなく、入学式を始めさせて頂きます。ーーーーーーーーー
アナウンスとともに入学式が始まった。
開会の辞から始まり、国歌斉唱を終えて、次は校長による式辞だ。
校長の姿を見るのはこれが初めてだ。
いや、正確にはここにいる全員が校長の姿を見るのは初めてになる。
それもそのはずで、先代の校長が今年度から理事長へと席を移し、
今の校長が就任してからというもの未だに公の舞台に姿を現したことはなかったのだ。
講堂内にいる誰もが固唾をのんで見守っているのがわかる。
コツッ コツッ コツッ
足音が壇上から響く。
現れたのは、
幼女だった。
大事なことを伝え忘れていた。
金髪ツインテールだ。
いや、さすがに何かの間違いだよな、あれどう見ても小学生だぞ。
おい、誰か、早く何とかしろ。
「えっ、あの子どうしたんだろ?」
「どうせ迷子になった子供でしょ、びっくりさせないでよ」
桜や桃香に限らず、講堂内がざわつき始める。
しかし、教職員は無言で壇上の少女を見ている。
呆然としていた司会進行の学生が慌てて、騒然としている場内に「お静かに願います」との
アナウンスを流す。
再び静粛となる講堂。
全ての瞳が檀上に立つ1人の少女に向けられている。
そして、数十秒におよぶ沈黙が破られた。
「私が、私立有栖川高等学校、第57代校長、有栖川姫香だ。以上」
ん…は?
これ式辞だよな? 自己紹介で締めちゃってるんですけど!?
そんなことお構いなしに教頭を始め、教職員一同が一斉に拍手をし始め、
学生側にも伝播していき、場内が拍手喝采に包まれる。
この学校どうなってんだ…。
司会進行君もあまりの出来事に進行を忘れているぞ。
視界の隅々から万遍のない拍手が送られてくる光景にいたく
感動しているのであろう、檀上の幼女は、うんうん頷きながら盛大に踏ん反り返っている。
やがて、満足したのであろうか、演壇の端にいた執事と思わしき男性にセグウェイを持って来させ
そのまま壇上から姿を消した。
訳が分からん。
桜と桃香に至っては
「あー、セグウェイだ! 私も乗りたーい」
「やめといた方がいいわ。倒れないか心配で気が気じゃないわよ…。」
「桃香ちゃん乗ったことあるんだ。いいなー」
と何事もなかったかのように会話を繰り広げている。
お前たち適応力高すぎるだろ…。
――― 続きまして、来賓祝辞 ―――
いつの間にか校長式辞は終わっていたらしい。
あの幼女は式辞を自己紹介か何かと勘違いしていたのだろうか。
この高校において校長の権限がどれほどのものなのかは知らないが、
まともに教育機関として機能するのか心配になる。
今後の高校生活に憂いを馳せているうちに来賓祝辞が終わり、新入生宣誓の時間になる。
壇上には教頭と思わしき男性が立っている。
校長の代わりなのだろう。
苦労が偲ばれる…。
ーーー 新入生代表、千堂瑠璃 ーーー
「はいっ」
透き通った声が講堂内に響き渡る。
最前列の端から1人の生徒が立ち上がり、歩き出す。
腰まで伸びた長い黒髪が不規則に揺れている。
演台のところまで来て、教頭の前で一礼する。
「暖かな春の訪れと共に、私たちは…」
ごくごく普通の新入生代表挨拶だろう。
しかし、とても慣れている感じがする。
初めてスピーチをしているようには思えないし、
経験があるのだろうか。
「…新入生代表 千堂瑠璃」
はっ、気が付けば終わっていた。
聴衆を惹き付けるとはスピーチとはこのようなことを指すのだろうか。
再び一礼して歩き出し、自分の座席へと戻る。
こうして各プログラムは滞りなく進行し、1時間30分ほどで入学式は終わった。