入学編<初日 ‐ 入学式Ⅰ ‐>
絡まれないように避けつつ、ようやく校門に辿り着いた。
入学式の看板の近くでは、学生が両親と記念撮影を行っていたり、
もう仲良くなったのであろう学生同士でワイワイやっている。
「どうせならママと私たちで写真撮りたかったけどね」
「さすがにおばさんもお忙しいだろ」
「まぁそうよね。とりあえず中に入りましょ」
校門を抜けると、正面には荘厳とした雰囲気を放つ講堂がある。
収容人数3000人らしい。
大きすぎないか…。
入口には入学式会場と書かれた看板が立て掛けられており、
横にずらっと並んだ受付では手際よく学生や報道陣が捌かれている。
俺たちも受付に並ぶ。
「はい次の方、こちらに手を翳してください」
「はい」
言われた通りに、四角推を反転させたような水晶体に手を翳す。
赤い光が3秒ほど照射される。掌で生体認証でも行っているのだろうか。
「黒川準一様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ご入学おめでとうございます。こちらが学生証となります。
中でご自由にお掛けください。入学式は9時からとなります」
「ありがとうございます」
学生証を受け取り、講堂の入口に向かうとすでに桜がいた。
「お兄ちゃん、桃香ちゃんは?」
「俺の隣に並んでいたからすぐ来るだろうよ」
「おっけぃ。にしてもこの学生証すごいね」
桜が物珍しそうに学生証を上から下からと観察している。
確かにすごい。学生証に限らず一般的な身分証明書は顔写真が貼り付けられているだけだ。
一方、この学生証はその当人を模したアバターが、写真の中で自由に動いているのだ。
今は制服の姿をしているが、今俺が着ているものが制服だからなのだろうか?
仕組みについて気になるな。
というか、学生証を提示するときにややこしくなりそうなんだが…。
「お待たせー。学生証とにらめっこなんかしてどうしたの? 桜」
「桃香ちゃんも自分の学生証見てみたら分かるよっ」
「え、こんなのただの学生証じゃ…、なにこれ。どうなってるの…」
「でしょ! 科学って恐ろしいね…」
「これ、私が服を脱いだらこっちも服脱ぐのかしら」
「もう桃香ちゃん! 周りに人がいるところでそんな恥ずかしいこと
言ったらダメっていつも言ってるじゃない!」
「じゃあ、準一の部屋の中でなら準一以外には誰もいないから大丈夫よね」
「もっとダメだからぁぁぁー!」
俺も服脱いだら云々は考えていたけどな。男の性だ。仕方あるまい。
そんなこんなで中に入り、1階席の一角に陣取った。
講堂の中は、演壇から扇状に1階席が広がっており、
弧を描くように2階席、3階席、4階席が設けられている。
1階席には新入生が、2階席には2年生、3階席には3年生、4階席には新入生の家族
が座るとのことらしい。
4階からだと何も見えないんじゃないだろうか…。
さすがにまだクラスでの顔合わせもしていない状態だ、1階席からはほとんど会話は聞こえてこず、
ピリピリとした空気が流れている。
演壇の両端に取り付けられたスピーカーからはモーツァルトのレクイエムが流れている。
クラシックにはあまり興味はないが、桜が昔からよく聴いていたせいで俺まで詳しくなってしまった。
隣をちらりと見ると、桜が目を閉じてうんうん頷いている。
そういえばモーツァルトが好きだったな。
さらに隣を見ると桃香が爆睡していた。
うむ、予想通りである。
特にすることがない俺はスマホを取り出す。
普段からスマホはSNSを眺めるくらいにしか使用してない。
有名なソーシャルゲームなどをインストールしてみたことはあるが、だいたいどれも10分足らずで飽きてしまい、アンインストールに終わる。
SNSのタイムラインを追っていると案の定、各新聞社のアカウントが、私立有栖川高等学校入学式の記事をあげている。
他にも憲法改正が~~~ やら、アメリカ次期大統領が~~~
と最近話題のニュースばかりだ。
ん…? 日本の有栖川市とドイツのミュンヘンが姉妹都市の提携?
なんでまた。いきなりだな。
「すみません、お隣座ってもよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですよ」
スマホをブレザーに戻しながら、声の主を確認すると、
銀髪の女の子がそこにいた。
とても日本人には見えない整った顔立ちだ。
なによりエメラルド色の瞳がすべてを物語っている。
「あっ…、あ、いえ、ありがとうございます」
俺を見た瞬間何かを悟ったような表情をしたがどうしたんだろうか。
「すごい美人さんだ…」
「絶対ハーフね…」
おい、お前ら小声で何話してんだ。