入学編<初日 ‐ 朝 ‐>
ピピピピ……ピピピピ……ピッ。
んん、朝か…。
だるい…。
飛び出した左手がベッドの脇でぶらぶらと揺れている。
カーテンの隙間からこぼれる朝陽が眩しい。
昨日の記憶ではAM7:00に目覚ましをセットしたはずだ。
まだ眠い。
「んっ…くっ…あぁ…」
伸びをして立ち上がり、壁にかかったカレンダーをみる。
― 4月1日 ―
そう、今日は高校の入学式だ。
カレンダーの隣に掛けられた下ろし立ての制服が目に入る。
「また制服を着ることになるとはな…」
思わずそんな言葉が漏れてしまった。
この数年間のことを思い返すだけで思わず顔が引き攣ってしまう。
忘れたい過去ではあるがこうしてまた学生生活を送ることができるのも事実。
まぁ辛気臭いことを考えていても仕方がないか。
とりあえず顔を洗ってこよう。
コンコンッ
「お兄ちゃん、起きてる?」
ドア越しに桜の声が聞こえる。いつものモーニングコールだ。
ドアを開けながら返事をする。
「あぁ、起きてる。おはよう、桜」
「おはよ、お兄ちゃん。もう、髪がぼさぼさだよ」
と言いながら爪先立ちで髪を押さえつけてくる。
可愛らしいデザインの赤を基調としたブレザーに身を包んでいるこの少女は、
俺の双子の妹、黒川桜だ。
先に言っておこう。
「めちゃくちゃ可愛い」
「え? いきなりどうしたの、お兄ちゃん?」
「い、いや何でもない、今日もいいいい天気だな! ははは…」
し、しまった。つい口に出してしまったではないか…。
そう、このわが妹こと桜はめちゃくちゃ可愛いのだ。血縁の兄である俺が言うのだから相当なものである。
しかも、色白の透き通った肌で肩まで伸びた黒髪のストレートヘアなのだから
まさに大和撫子そのものである。
中学生の頃は盛った男子生徒共が連日告白をしていたがOKしたことは一度もなく、
男子生徒の間で「100人斬りの黒川」という二つ名が広まっていたと聞いている。
桜と同じ中学校に通うことができただけでも己の運命に土下座して感謝しても足りないくらいなのだが。
「もう朝ごはんの準備出来てるから、ちゃんとお着替えしてから来てね」
「分かってる、俺はそこまで子どもじゃないぞ」
「お兄ちゃんの制服姿を見るの、すごく久しぶりなんだから!」
「そうだったな、とりあえず顔洗って着替える」
「は~い、リビングで待ってるね」
「おう」
トントントンと階段を下りていく桜に背を向けて洗面台を目指す。
桜はこの家の家事をすべてこなしてくれている。
両親はどこにいったという話だが、親父の海外転勤に母さんまで付いていき
俺たち子どもは日本でお留守番というわけだ。
中学3年の頃にはすでに桜の家事スキルはカンストしており、もはや母さんの出る幕なし
という状態だったから、実際のところ二人暮らしとなっても何ら変わることはない。
洗顔剤で顔を洗い、歯を磨いて、ヘアウォーターで寝癖を整える。
入学式なのだし、最低限身だしなみを整えておいても損はないだろう。
部屋に戻ってきた。
さて、制服を着よう。
目の前には黒を基調とした割とセンスのあるデザインのブレザーがある。
「前は学ランだったっけな…」
感傷に浸りながらカッターシャツを着て、ネクタイを締めた。
ネクタイの結び方については先週桜に散々教わったから問題ない。
最後にブレザーに腕を通し、着替え完了。
鏡の前に立ってみると、俺も高校生になったのかと実感が湧いてくる。
荷物をまとめてリビングに向かう。