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悪役令嬢をもう一度  作者: 流らいき
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007.令嬢、魔法を習う

 魔法の家庭教師がつくことになり、あることに気がついた。

 この国の魔法の使い手は、まずほとんどが王立学校の卒業生なのだ。

 王立学校で教師を勤めるマスター・マーリンを、家庭教師は知っている可能性が高い。

 家庭教師は、フェイ・ホワイトテイルという名の女性だった。騎士階級の家の生まれで、少し前までは軍に所属していたという強者だ。それでいてまだ20代と若い。

 彼女は、ヴィーの家庭教師とは別の人間だった。ヴィーも知らない、私たちが本当の意味で初めて会う人だった。

 初めての授業の日、フェイは、緊張した面持ちで私の部屋にやって来た。

 そして緊張に上ずった声で、自己紹介をしてくれる。

 名乗り返すが聞いているのかいないのか、どうにもしどろもどろで容量を得ない調子だ。

 何をそんなに緊張しているのだろう?

 そんな状態のまま、フェイは魔法の解説を始めた。つっかえつっかえなので、正直聞き取り辛いのだけれど、その内容はすでにヴィーの記憶にあるので、聞いているふりをして聞き流すことにする。

「と言うわけで、魔力、イイメージ、呪文が揃いは()めて魔法は発動し、します。発火の魔法であれば、こここの指先に魔力を集め、指先がろうそくのように灯るイメージをし、さ最後に呪文を唱えます」

 フェイは呪文を早口に唱え、指先に小さな炎を灯してみせる。

 その動作はスムーズで、無駄が全く無い。

 魔法の腕は確かなようだ。言動との落差がひどいけれど。

「こ、ここまでで、質問はありますか?」

「ありませんわ」

「そそうですか・・・。では早速、まま魔力を集めることから始めてみましょう。まじゅ()は、手に集める練習からにしましょう」

 言われた通り、右手に魔力を集めていく。

 すると、フェイは目を見開き私の右手を凝視する。

 あまりの変貌ぶりに驚き、魔力を霧散させてしまった。

 それでもフェイは変わらず私の右手を凝視している。

 え? 何?

 怖いのですけれど。

「フェイ?」

 ようやく自身の行動に気がついたフェイは、また緊張し狼狽し始めてしまう。あ、少し違う。何かを恐れているみたい。

 え、これ、私のこと?

「どうかしまして? 違ったのかしら?」

 素知らぬ顔で尋ねてみる。

 すると効果があったようで、恐れは奥に隠れ、けれど相変わらず緊張した面持ちで私を見返した。

「いえ! 間違っていませんでした。とてもお上手で、逆に驚いてしまいました。そそそういえば、ビヴィヴィアン様はポーションを作ることがお出来になるのでしたよね? だからですかねえ」

 語尾が裏返っていますけれど。

 でも、あることに気がつく。

 フェイには他人の魔力の流れがわかるのかも。

 今まで、ヴィーの記憶にそんな人はいなかった。

 自分自身の魔力の流れは把握できても、他人のそれは分かるものではない。

 血液のように、触って脈を確かめたり、出血によって見たりすることはできない。不可視のものであり、触れるものでもないのだ。

 それなのに、手に魔力が集まったことに驚きを表していた。

 でも魔力が集まったことに驚いたわけではないと思う。

「上手くできていましたのね。あなたの言うとおり、ポーション作りの手順と同じですわね」

 そう言いながら、今度は左足のつま先に魔力を集めて見せる。

 予想通りフェイの視線は、左のつま先へ移動していく。

 やっぱり。

「フェイ。貴女は魔力の流れが見えるのね。わたくしには見えませんわ。練習すれば見えるようになるのかしら?」

 カッと目を見開いたかと思うと、左右に目を泳がせる。

 動揺し過ぎじゃないかしら。

 この人、本当に軍人だったの?

「フェイ? どうかして?」

 無邪気を装って、小首を傾げる。

 まだ6歳の小娘なんだから、あどけない動作もアリでしょう。

 相変わらずオドオドしているけれど、またしても効果があったみたい。

 フェイ、チョロいわね。

「あの、その、魔力の流れはほとんどの人は見ることができません。生まれつき見える人と、突然見えるようになる人くらいです。そもそも魔力が見えること自体、ほとんどの人は知りませんので、練習しようとする人もいないのです」

 ぼそぼそと、けれど初めて淀みなく答えてくれた。

 それにしても。

「まあ。じゃあフェイは生まれつき?」

「いえ、学生時代に。ちょっとした事故がありまして」

「突然見えないものが見えるようになるなんて、とても大変そうですわね」

「運良く教師の中に見える方がいましたので、指導頂きました」

「じゃあ、わたくしにもまだチャンスがあるのかしら? もし見えるようになっても安心ね。わたくしにはフェイがいるのですもの」

 フェイに向かって満面の笑みを浮かべてみせる。

 裏なんてなんにもありません。と言うように。

 フェイは初めて、ホッとしたような気が抜けた顔を見せた。

「見えることがいいことかわかりませんが、もしそうなった場合には、ヴィヴィアン様がお望みになるのであればお教えしますね」

「ええ、よろしく頼みますわ。さあ、早速続きをお願いしますわ」

 フェイとの距離を少し縮め、授業を再開した。


 魔法の授業は、2日に1回、2時間程度行っている。

 それまでマナーの授業が毎日午前に1時間と午後に1時間、基礎学問の授業が毎日午前に2時間、それから2日に1回針仕事の授業だけだったのだが、魔法の授業が加わってなぜか基礎学問の授業も時間が増えることになった。

 ヴィーの時は、8歳になるまではマナーと基礎学問、針仕事だけしか教えられてこなかったのだが、8歳になって王都に行ってからは、学問、魔法、剣術、ダンス、屋敷の管理方法に、慈善事業の催し方など多岐に渡る物事の教育を受けることになった。

 8歳が契機になった一つの理由は、第2王子との婚約が決まったからだろう。王族に嫁ぐに相応しい教育を受けさせたのだ。

 今の私にはそういった理由はないはずだが、お父様に魔法の才能を見出され、色々と状況が変わってきたように思われる。

 これはいいことなのだろうか?

 でも悪いことにも思われない。

 ここらで、本気で動いてみてもいいかもしれない。

 まずは、禁呪のことがわかるように。


 フェイとは、順調に距離を縮めている。

 二月も過ぎると、フェイは完全に緊張を解いたようだ。

「では、ヴィヴィアン様。今私が見せた魔法をやってみてください」

 フェイの授業は、2回に1回は外で行っている。室内で実演するには危険があるからだ。

 今やってみせた魔法は、炎を手のひらに維持する魔法で、ランタンに代用できたりと用途は幅広い。

 手のひらに魔力を集め、イメージを強める。そして呪文を唱えると、イメージ通りの炎が浮かぶ。

「はい。成功です」

 フェイの合図を受けて、魔法を解く。

 フェイが教えてくれる魔法は、初歩的なものやそこから少し手を加えた程度のものだ。当然、ヴィーが習得済みな範囲なので、難なく使うことができる。

 これまでの付き合いでわかったことだが、どうやらフェイは火の魔法が得意なようだ。

 授業の大半が火の魔法になっていることはご愛嬌なのだろうか。

「では次はもう少し長くやってみましょうか。もう無理だと思うまで続けてみてください」

 おそらく、フェイはそれほど長く保たないと思っているのだろう。

 けれど、魔力量も多く魔力操作にも慣れた私の場合、それこそ一日中保持することも可能だったりする。

 どうしたものかな?

 迷いつつ、再度手のひらに炎を呼び覚ます。

 しばらくお互いに無言のまま炎を見つめる。

 しかし、これ、ずっと手のひらを上に向けていないといけないから疲れる。

 今は初歩の魔法のため、発生させる事象は必ず体の一部と接している。この炎を発現させる魔法を日常で使おうとするならば、体から離れた位置に出現させる応用の魔法を使うのが一般的だ。つまり、今はあくまでも練習に過ぎないのだ。

 手に、腕と痛みを覚えてきた。手が震え、炎に揺らぎが生まれる。

 魔力はまだまだあるが、腕は限界が近い。これは早いところ応用編に進んで貰わないといけない。

 そういえば、この生を受けてから、運動らしい運動をしたことがなかった。

 ペンより重いものを持ったことがない。とは言わないけれど、せいぜいが本1冊である。

 もっと小さな頃は、探検と称して屋敷の中を駆け回っていたけれど、それももうしていない。

 まずいわ。この歳て運動不足じゃないかしら。

 とうとう腕の限界を迎え、震えがどうにもならなくなり炎が掻き消える。

「お疲れ様でした。素晴らしいです! 本当にヴィヴィアン様は魔法の才能がおありですね」

 フェイが想像するよりずっと長く魔法を維持できたのだろう。

 フェイは手放しに褒めてくれるが、私は重大な問題点に気がつきそれどころではない。

 うん。今日から運動しよう。

 それからフェイは補足を始め、いつも通りなあなあで聞き流した。

「それでは、最後に質問はありますか?」

「ねえ、フェイ。貴女、呪いの魔法を知っていて?」

「呪い、ですか?」

 表情からは、特に著しい変化は見られない。

「ええ。先日、ある人から呪いをかけられていると言われたのです」

 さっと表情が引き締められた。少し青くなっているようにも見える。

「一体誰がそんなことを言ったのですか」

 憤りすら感じさせて、詰問する。いつにない様子だ。

「いいえ、どなたかは存じませんの。ただ、名前をマーリンと名乗られましたわ」

「マーリン・・・」

「その人は、わたくしに呪いがかけられているが、今すぐ危険なものではないと言われましたわ。でも、なんの呪いかは教えていただけませんでしたの」

 フェイは沈黙して考えこむ。

 もちろん、最近マスター・マーリンに会ったわけではないし、他の誰かに呪いをかけられていると言われたわけでもない。

 真希がコミナミに言われただけだ。

 書庫の本では、呪いに関する情報を得られなかった。

 手掛かりは、コミナミと繋がるマスター・マーリンしかない。

 フェイは眉間を寄せ、難しい表情で口を開く。

「・・・呪いについては、私も詳しいことは知りません。かつては、そういった魔法もあったと聞いています。それに、マーリンですが、同一人物かはわかりませんが、王立学校の教師に同じ名前の方がいます。その方は、魔法史学を教えていますので、何か詳しいことを知っているかもしれません」

 それは期待通りの応えだった。


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