006.令嬢、父親と話をする
予想以上に多くの方にお読みいただき、感激至極です。励みになります。ありがとうございます。
5歳になってから、マナーや基礎学問の家庭教師が付くようになったものの、そういうものはすでにヴィーの記憶で習得済みなのだ。
それでも、誰にも教えられていないはずのことを知っていると、不気味がられる可能性もあるので、家庭教師の前では教えられたことだけこなすようにしている。
うっかりすると、知らないはずのことを答えてしまったりして時々冷や汗をかくことはあるものの、とても聡明な子として今のところは受け入れられている。
それから最近書庫での読書が日課に追加された。
そうやっと書庫を使えるようになった。
家庭教師が付いてから、文字が読めるようになったことをアピールし(本当はずっと前から読めたけれど)、執事からお父様に許可をいただけるようお願いしていたのだけれど、それがようやく叶ったのだ。
それは先日、約1年ぶりにお父様が領地に戻った時のことだ。
ヴィーの時もそうだったけれど、両親は1年のほとんどを王都で暮らしている。
お父様が城で国政に関わる仕事をしているからなのだそうだ。実際になんの役職に着いているのかは教えてもらっていない。
他の国政に関わる重要な役職にある方々も、同じように王都暮らしが多いようだ。ただ他の家では、家族も王都暮らしのことが多いみたいだったけれど。
お父様は子供の私から見てもとても格好いい貴族らしい男性だ。まだ30歳にも満たないのに威厳があり、黙っているととても近寄りがたい。口を開いたところで、低く氷のような冷たさが滲む声なので、やっぱり恐いのだけれど。
お父様は書斎に私を呼び、なぜ書庫を使いたいのか問うた。
先程から書類から目を離すことなく、全くこちらを見ない。
「文字の読み書きを習いましたので、色々な本を読んでみたいと思いました」
澄ました態度で当然のことだと理由を答えた。
私が直接お父様と話したのは、実はこれが初めてだった。
内心では必死にヴィーに助けを求めている。
お父様は手元の書類から顔を上げて、初めて私を見た。そして感情の伺えない顔のまま爆弾を落とした。
「ほう。それは魔法書のことか?」
驚きすぎてビクッと肩を揺らしていた。
嫌な汗がどっと背中を伝う。
なななななんで
ありありと動揺した私にお父様は不快そうな表情を浮かべている。
そ、そんな。6歳の娘に何を期待しているんですか。
お父様は引き出しから小瓶を取り出し、それを眺める。
「これは悪くない代物だ。どこで手に入れた?」
それは、私が作ったポーションだった。
リスティスの虚弱体質改善の一手として準備しているポーションの試作品だ。
誰にも見つからないように私室のベッドの下に隠していたはずなのに。
唇が震え出すのを止めるために下唇を噛み締め、手の震えを止めるために両手を胸に抱くが、全身の震えはどうにもならない。
ここは正直に話したほうがいいわ!
唾を飲み込んで、言葉を絞り出す。
「わたくしが、作りました」
「どうやって?」
「グラスの水を持って考え事をしていたら、水の色が変わったのです。綺麗でしたので、もう一度できないかと試行錯誤しているうちに作れるようになりました」
とっさにヴィーの言葉が思い浮かんで言い訳することができた。
さすがに本当のことを話せるわけがない。
そもそもこの世界には、転生という考え方がない。《前世》を表す言葉がないのだ。
「これがなんなのか知っているのか?」
「ポーションだと思います」
私が風邪を引いた時に飲んだことがあるので流通品も知っていた。
ただ、私が作ったポーションには、私が以前飲んだ流通品より効果が高いハイポーションも含まれていた。お父様が手にしているのもその一つ。
まだそれほど数は作っていなかったけれど、全て見つかったと見て間違いない。
一本だけではなく複数あるということは偶然できた代物ではないということがわかってしまうだろう。
「そうだ。だが、これは違う。ハイポーションだ」
お父様は小瓶を置き、私に冷めた目を向ける。
「お前が魔法を使える資質があることはわかっていたが、すでに使えるとは驚きだ。他に何ができるのだ?」
ポーションを作るのに呪文は必要ない。
魔力操作が必要なだけだ。
一方で魔法と呼ばれる現象を引き起こす行為には、呪文が必要となる。この呪文は魔法が使える者たちしかまず知ることはない。
つまり、私が知っていてはおかしいのだ。
ここは絵本に出てくる魔法使いを前提に話をしよう。
「他はわかりません。杖がないので、魔法で風を起こしたり、火を起こしたりすることはできませんでした」
お父様がフッと鼻で笑ったように感じたのだけれど、気のせいだったかもしれない。
「いいだろう。書庫の使用を許可する。それから魔法の教師をつける。教師の前以外での魔法の使用を禁ずる。ポーション作りもだ」
驚きに目を瞠る。
破格の厚遇ではないか。
言葉を理解し、喜びが浮かんで、つい笑顔を浮かべていた。
「はい! 承知しました。ありがとうございます」
一瞬お父様が笑ったように見えたけれど、すぐに眉間を歪める。笑うことが悪だと言わんばかりに。
その変化に、私も笑顔を失っていた。
「話は終わりだ。行け」
お父様は感情の見えない表情に戻って書類を取り、私を見ることはなかった。