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悪役令嬢をもう一度  作者: 流らいき
15/24

015.令嬢、王妃のお茶会に参加する

 華美ではないものの精緻な意匠を施した銀の刺繍が美しい深緑のスレンダーなドレスを身に纏い、黒とも見紛う深緑の美しい髪は、宝石が散りばめられた細紐で結い上げている。

 王妃様のスレンダーなドレスはスクエアネックになっており、デコルテが美しく見え同性から見ても妖艶な雰囲気を感じる。

 30手前だったはずだけれど、11歳の子供がいるとは思えないほど若く美しい。26歳だった真希(独身)よりもずっと幼く見える。

 それは隣りにいらっしゃるお母様も同じだったりする。

 お母様の紺青色のスレンダーなドレスは首元まできっちり隠し、飾り帽子とその天辺から伸びたベールのため髪は完全に隠れており、より一層年齢がわからない出で立ちだ。

 飾り帽子には、私とお揃いの水色の花飾りが挿してある。

 お母様は王妃様の前に進み、膝を折って頭を下げた。私も倣って正式な礼を取る。

「ごきげんよう、ハーグリーブス侯爵夫人。よくいらっしゃいました」

 王妃様は、大らかな様子でお母様と私を出迎えてくださった。

「ごきげん麗しゅう、王妃様。本日はお招きに与かり光栄にございます」

 王妃様とお母様は型通りの挨拶を交わし、王妃様は私に視線を移した。

「侯爵夫人、そちらが?」

「はい。当家の娘のヴィヴィアンと申します」

「ハーグリーブス侯爵が娘、ヴィヴィアンと申します。お目にかかれて光栄にございます、王妃様」

「わたくしも会えて嬉しいわ」

 王妃様は社交辞令とは思えないほど、にっこりと微笑まれた。

「本当にお母様と瓜二つですわね。ハーグリーブス侯爵が隠したがるのもわかるわ。こんなに可愛らしいお嬢さんなんですもの」

「ありがとうございます。自慢の娘ですの」

 王妃様とお母様は大層ご機嫌な様子で私を見ている。あまりに微笑ましげで恥ずかしいほどだ。

「ウーゼルも、貴女に会えることを楽しみにしていましたのよ。少し遅れているようですけれど、後から来ますからぜひお話して行かれてくださいな」

「光栄にございます」

 うう。

 本当にウーゼル王子様は、私に興味を持たれているかしら。

 だとしたら、どうして?

 次の招待客が現れ、王妃様はお母様をテーブルへ案内するよう侍女に指示する。

 王妃様は別れ際、私に向かって声をかけてくださった。

「ヴィヴィアンさん。あなたも楽しんでちょうだいね」

 とても楽しめそうになかったけれど、笑顔で謝意を返した。


 ウーゼル王子様は、招待客が揃った頃にやって来られた。

 王妃様の回りには、ご年配のリンデン公爵夫人や王妹殿下が着座され、次いでハーグリーブス侯爵夫人たるお母様やロイスハルム伯爵夫人、エルムシールド侯爵夫人、アイゼルリバー伯爵夫人、ラインズ伯爵夫人が続き、そして末席に王妃様の側近であるご婦人方が座っている。

 私を含めたご令嬢は、それぞれのお母様の隣を許されていた。

 イグレーヌ様もお母様であるロイスハルム伯爵夫人のお隣で、私とは正面の位置になっていた。

 イグレーヌ様とお会いするのは、今世では初めてになる。

 ヴィーは10歳の時に初めてお会いしたので、今より3年後になる。子供の3年は長い。ヴィーの記憶よりずっと幼くいらっしゃる。

 ウーゼル王子様は優雅な所作で遅れた謝罪を述べられる。

「遅くなりまして申し訳ございません。ようこそいらっしゃいました皆さま」

 ウーゼル王子様は、一人ひとりにご挨拶され、王妃様とは反対の位置、側近のご婦人方の近くに着座された。

 楕円の大きなテーブルを囲みお茶と世間話を楽しむ貴婦人とは対照的に、ご令嬢方は緊張気味だ。

 もちろん私もその例に漏れない。

 お母様に紹介され、ウーゼル王子様と挨拶を交わしたのだけれど、その態度は完璧過ぎて恐れ多いほどだ。緊張に表情が固くなっていそう。

 他のご令嬢にも同じように挨拶され、ご令嬢たちはその容姿に見惚れていたり、緊張に赤面したりと幼くても乙女といった様子だ。

 唯一、イグレーヌ様だけはそつなく挨拶を返されている。初対面ではなかったようだ。

 ご令嬢たちの様子に、保護者たちは内心はともかくにこやかだった。保護者たちを中心に、ウーゼル王子様を褒め称える会話が展開されていく。

「学問だけに限らず、剣術の腕前も騎士に劣らないと伺いましたわ」

「あのロングソードと手合わせで勝たれたとか」

「わたくしも伺いましたわ」

「いいえ、とんでもない。あれは彼が手加減してくれたからです」

「狩猟もお得意でいらっしゃいますでしょう。先日の狩猟会でも、殿下が一番の獲物を仕留められたとか」

「それもたまたまですよ。狩猟馬と猟犬の躾が良かったからです」

 ウーゼル王子様は、貴婦人たちを相手にそつない返事を返している。

 一方で私は、ピンと背筋を伸ばして姿勢を保ち、笑顔を貼り付けて様子を見ているだけだ。

 他のご令嬢をさり気なく窺うと、さほど変わりなく笑顔を浮かべておとなしくしている方がほとんどだったのだけれど、アイゼルリバー伯爵令嬢だけは違った。

 アイゼルリバー伯爵令嬢フランシスカ様は、先の挨拶でウーゼル王子様に見惚れていたのだけれど、再起動した今は、じっとウーゼル王子様を見つめている。

 熱視線というのだろか。真希の言葉を借りるなら「ガン見」だった。目がハートとも言うかもしれない。

 フランシスカ様の熱視線もすごいのだけれど、それを気にしていないウーゼル王子様はもっとすごいかもしれない。

 あれは絶対に気づいていて無視している。

 それでいて、時折各ご令嬢に意味ありげな視線を寄越すのだからとんでもない。

 もちろん、その視線はフランシスカ様にも送られ、送られた彼女は悶絶している。彼女の周囲だけハートが飛び交う桃色空間が形成されているように見える。

 彼女にはヴィーの時だけではなく今回もすでに会ったことがあったのだけれど、こういう人とは知らなかったな。

 王妃様の図らいで、ご令嬢たちはウーゼル王子様の案内で庭園内を散策することになった。

 それはそうでした。

 このお茶会の目的は、お見合いだった。

 ウーゼル王子様に先導され、寒椿が咲き誇るエリアへ移動する。

 ウーゼル王子様の隣には、さり気なくエスコートされたイグレーヌ様と、素早く移動したフランシスカ様が陣取る。

 その3人の後ろをエルムシールド侯爵令嬢アーリーン様とラインズ伯爵令嬢ドリシア様と私が続く。

 ウーゼル王子様は、私たち全員に話題を振りつつ、庭園内の花々に例えながらお世辞を口にしている。

 おそらく、アーリーン様とドリシア様は私同様に、イグレーヌ様が婚約者に内定していることを知っているのだと思う。終始控えめな様子が窺える。

 フランシスカ様はどうなのだろう?

 驚くほど積極的にウーゼル王子様に話しかけている。大人たちが見ればはしたないと思われるほどだ。

 確か、フランシスカ様はウーゼル王子様より1つ年下の10歳だったはず。今日招待されているご令嬢は、ドリシア様がウーゼル王子様と同じ11歳で、アーリーン様はフランシスカ様と同じ10歳、イグレーヌ様が8歳、そして7歳の私がこの中では最年少だった。

 フランシスカ様がぐいぐい迫る反対側では、楚々としたお淑やかなイグレーヌ様が困惑気味な微笑を浮かべている。身長は歳相応に差異があるのに、どちらが歳上なのかわからない有様だ。

 庭園の一角にある薔薇の迷路に辿り着いた頃、ウーゼル王子様はドリシア様に積極的に話しかけ始めた。

「ドリシア嬢は、土魔法が得意らしいね。王立学校でも土魔法を中心に学ぶつもりなのかい?」

 ドリシア様は、イグレーヌ様の様子を気にしつつ、話しかけられたことに嬉しそうにしている。

「得意というほどではないのですけれど、相性が良いみたいです。王立学校では他の魔法も広く学びたいと思っております」

「わたくしは、火の魔法が得意ですわ!」

「相性が良いというのは、これから得意になるかもしれないね」

「そうなると良いと思っております。ウーゼル王子様は、あらゆる魔法も使いこなされていると伺いましたわ」

「あらゆるなんて大袈裟だよ。四大属性が使えるくらいさ」

「さすがウーゼル王子様ですわ!」

「王立学校入学前に四大属性を使いこなせるなんて、素晴らしい才能と努力だと思います」

「ありがとう。同年代にそう言ってもらえるのは嬉しいね。ドリシア嬢は勤勉だと聞いているよ。王立学校でもすぐに才能を開花させるに違いないね」

「恐れ多いことですわ」

「わたくしもすぐにウーゼル王子様のように四大属性魔法を使いこなしてみせますわ」

「そういえば、王立学校にこんな噂があるのは知っている?」

 といった感じで、ウーゼル王子様とドリシア様の会話に割り込みをかけているフランシスカ様だけれど、ことごとく無視されている。それでもめげないのだから、とんでもないメンタルだ。

 ウーゼル王子様はそのそつのない態度に柔らかい物腰、そして優しい微笑みから騙されがちだけれど、実は冷淡な一面も持ち合わせているお方だったことを今思い出した。

 王立学校の噂話から、再び話題は魔法に戻っていた。

 ドリシア様にどんな土魔法が使えるか聞き、アーリーン様にも話を振る。

「アーリーン嬢は、雷魔法が使えるそうじゃないか。四大属性以外を使えるのは、やはり血筋なのかな」

「ええ、当家はみな雷魔法から教えられますので」

「エルムシールドの雷魔法は、前の戦いでも一騎当千の活躍だったそうからね。私も雷魔法は使えないから羨ましいな」

「ウーゼル王子様でしたらきっとお使いになれますわ」

「アイゼルリバーも竜のような強さでしたわ!」

「そうだね。努力してみるよ。イグレーヌ嬢もヴィヴィアン嬢も、まだ幼いのに魔法の才能を見せているそうだね」

「わたくしの火の魔法もお父様にも褒めていただいておりますのよ!」

「滅相もございません」

「才能などととんでもございません」

「そんなに謙遜しなくていいのに。特にヴィヴィアン嬢は、すでに四大属性魔法が使えるらしいじゃないか」

「まあ。それは本当に素晴らしい才能ですね」

「ハーグリーブス侯爵様が溺愛されるのも無理ありませんわ」

「まだお小さくていらっしゃるのに大変な才能ですわ」

「みなさまにお褒めに預かり光栄にございます。ですが、まぐれだったのだと思いますわ。1度しか使えませんでしたから」

 いったいどこからその話を聞いたのだろうか??

 お父様ですら知らないはずなのに。

 もちろん、本当はしっかり四大属性魔法も雷魔法もそれ以外の魔法も使えるのだけれど。

 って、ものすごいフランシスカ様に睨まれている!

「それでもその年で素晴らしいことだよ。1度だけでも使えたのなら、すぐに使いこなせるようになるよ」

 それ、わざとおっしゃってますよね。

 フランシスカ様の眦が更に吊り上がっている。

 嫉妬に怒りを燃やした彼女の周囲に炎が揺らめく幻影が見えそう。

「ドリシア嬢、さっき話していた土魔法だけれど」

 ウーゼル王子様は、ドリシア様に土魔法の応用を教え始めた。

 フランシスカ様には残念なことだけれど、ウーゼル王子様は完全に無視することを決められたみたい。

 ウーゼル王子様は、絶対に敵に回してはいけないタイプの方なのだ。

 ドリシア様は教えられた魔法を早速試すことにされた。

 というより、ウーゼル王子様に唆されているのだけれど。

 いったいどうしたいのかしら?

「一応、少し離れておこうか」

 そう言って、ウーゼル王子様はご令嬢たちをドリシア様から数歩離れさせ、指導者役のウーゼル王子様はご令嬢たちとは反対側に距離を取る。

 なぜか、私の手を引いて。

 ドリシア様を堺に、薔薇の迷宮の通路の左にご令嬢たち、右にウーゼル王子様と私が立っていた。

 そして、ウーゼル王子様の合図を受けてドリシア様が魔法を発動する。

 すると土が盛り上がり通路を塞ぐようにぐんぐんと伸びて、とうとう土壁は薔薇の生垣と変わらない高さまでに伸び上がり、やがて止まった。

「すごい! 一発で成功させるなんて、やっぱり土の魔法が得意なんだね」

 ウーゼル王子様が土壁の向こうにいるドリシア様に称賛の声をかける。

 そう、土壁の向こう側に。

 通路幅に合わせた土壁は悠に大人の身長も超える高さになっており、完全に通路を塞いでいる。

 いやいやいや、通路幅も生垣に合わせた高さも目安があって分かりやすかったかもしれないけれど、明らかにこれ狙ってましたよね?

「ウーゼル王子様。いったいどうしたら」

 土壁の向こうから一時は上がった歓声はすぐに消え、不安気な声でウーゼル王子様を呼んでいる。

「ドリシア嬢。今度はこの土壁を元に戻す魔法をかけてくれ」

「は、はい! でも、方法が」

「え、ああそうか。教えてなかったね。あれ、なんだったかな・・・そうだ。あれだ。いいかいドリシア嬢? 呪文を復唱して」

「はい!」

 ドリシア様がウーゼル王子様に続けて呪文を唱えていくのだけれど。それ土を強化する呪文・・・。

 案の定、魔法は効果が出ることもなく失敗に終わる。

「すまなかったドリシア嬢。呪文が間違っていたかもしれない。ああ、なんだったか」

 え、どうしよう。

 土魔法は公式には使えないことにしているのだけれど、代わりにやったほうがいいのかな。

 でもさっきの反応から見て、ここで注目されるのはよろしくない気がするし。

 迷っている間にウーゼル王子様は決断していた。

「仕方がない。イグレーヌ嬢。そこから母上たちのいる庭園まで戻れるだろうか?」

「はい、ウーゼル王子様。道順は覚えております」

「それじゃあ、ドリシア嬢とアーリーン嬢、フランシスカ嬢を連れて先に戻っていてくれ。私たちは、この迷路を抜けないと出られないから少し遅くなる」

「承知いたしましたわ。ドリシア様、アーリーン様、フランシスカ様参りましょう」

 イグレーヌ様たちがいたのは迷路の始まりの方であり、入り口から2つほど角を曲がった程度の距離だったためすぐに出られそうである。

 一方私たちは、迷路のスタート地点で入り口を塞がれたような状態だ。

 ウーゼル王子様がこの迷路の道順を知っていれば良いのだけれど。


 イグレーヌ様たちが移動しても、なぜかウーゼル王子様はその場を動こうとされなかった。

 小声で呪文を唱えられたように思うけれど、何をおっしゃられたのかは聞き取れなかった。

 何かに集中するように目を閉じられている。

 しばらくしてようやく目を開き、私に微笑みかけた。

 あれ、なんか企んでいそうなお顔・・・。

「さてと」

 そして、もう一度小声で呪文を唱えられたかと思うと、目の前の土壁が音を立てて地面に戻っていく。

 ええええーーー。

 私は驚きに目を見開き、それを見たウーゼル王子様はニヤリと笑った。

「ようやく、邪魔者はいなくなったね」


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