012.令嬢、従兄と仲良くなる
更新ゆっくりですが、最後までお付き合いいただけましたら僥倖です。
パーシヴァルは例の乙女ゲームの攻略対象だったりする。
ゲームでの彼は、軽薄な態度のナンパ系キャラだった。
私の知る彼とはだいぶ違うキャラクターである。
ヴィーの記憶のパーシヴァルは、潔癖なところがある身分や作法にうるさい男で、女性に優しいといった印象はなかったように思う。
彼には、たくさんの腹違いの弟妹がいた。これも今回も同じようで、すでに噂に聞く限りでも3人の非嫡出子が伯爵家に引き取られているらしい。
ゲームに登場する攻略対象の1人も、パーシヴァルの異母弟であり、まだ今回は会っていないもののヴィーとも面識のある人物だ。
そういった家庭環境のためか、正当性にこだわっている節があった。
庶子であるリスティスとも距離を置いていたように思う。リスティスは侯爵家の跡取りという立場にあったから、表立って対立することはなかったけれど、それも今回は通用しない。昨日の対立の根底になっていたことだろう。
パーシヴァルは特別女性に優しいわけではなかったけれど、冷たいわけでもなかったように思う。
身分があり、礼儀作法がしっかりした、嫡出子の令嬢には、礼儀正しい態度を取っていた。
けれど、決して自分から積極的に女性に話しかけたりするタイプではなかった。
パーシヴァルは、ヴィーも正しい令嬢の1人と認識していたようだ。他の令嬢と違い、従兄妹という気安さから多少の交流もあったけれど、パーシヴァルとヴィーはとてもビジネスライクな付き合いをしていたように思う。
パーシヴァルが自分から話しかける女性は、ヴィーの他には彼と同じ母を持つ妹のラモーナだけだったと思うので、なおさらナンパな印象とは程遠い。
一体どうしてそんなに違うキャラクターとして描かれているのか、コミナミにじっくり聞いてみたいところだ。
真希の時に聞いておけば良かった。
王子みたいに、私への態度と平民出の女の子への態度がそんなにも違ったのだろうか。
想像もつかない。
ところで、ゲーム上パーシヴァルの攻略ルートで登場する悪役令嬢も、なぜかヴィヴィアンだった。
王子ルートと同様に、不釣り合いであるだとか身の程をわきまろだとか罵り、パーシヴァルとヒロインの親密度が高くなっていくにつれ、嫌がらせをエスカレートさせていく。その障害を乗り越えて逆に2人の距離は近づき、結ばれるというテンプレートだったのだけれど。
大変な言いがかりである。
そもそもヴィーはパーシヴァルが彼女と話しているところを見たことがなければ、そんな噂も聞いたことがなかった。
仮に知っていたとしても、パーシヴァルがどうしようと構わなかったと思う。ラモーナならいざ知らず、私にそんな動機はない。
って、うん?
あー、いつだったか、ラモーナが何か言っていたような・・・。
・・・もしかして、ラモーナが話していた「煩い虫」って彼女のこと?
・・・・・・。
今すぐ、コミナミと話をさせてもらいたい。
なんでこの世界には電話がないのかしら?
お茶会の翌日、パーシヴァルは1人で侯爵邸に再訪していた。
「昨日は大変失礼いたしました。無作法をお許しください」
パーシヴァルは対面したお母様に頭を下げ謝罪する。
お母様はソファに腰掛け、たおやかな動作で扇で口元を隠すと、ふふっと笑った。
「まあ、パーシヴァル。あなたは何に謝罪しているのかしら? 昨日のお茶会で何かあったかしら。わたくし全く存じませんわ」
その目はとても穏やかで、優しく見守っていることが伺える。
「わたくしのお茶会でお客様が不快を感じたのであれば、わたくしの責任です。けれど、そのようなお客様に心当たりがありませんわ。あなたは知っていて?」
「いいえ、お母様」
「うふふ、そうね。何も起こらなかったのに、パーシヴァルが頭を下げるのはおかしいことね。さあ、顔を上げて。紅茶をいただきましょう」
パーシヴァルはぎこちない様子で顔を上げて、ソファに座り直した。不問になったことに少しの屈辱があるようでまた眉が寄っているものの、大半はほっとしたようで肩の力が抜けている。
昨日のお茶会では、低次元な嫌味の応酬を繰り広げていたパーシヴァルだったけれど、1日経って冷静になったようだ。
一方リスティスは、あまり反省していなかったりする。
パーシヴァルが帰った後も不機嫌な様子で、私にパーシヴァルとは付き合わないほうがいいだとかあいつは敵だとかいざという時まるで役に立たないだとか散々な言いようだった。
初対面だったと思うのだけれど、もしかしてどこかで2人は会ったことがあったのだろうか?
今はお母様の前だからか澄ました態度を取っているものの、先程から全くパーシヴァルを見ようしない。
そんな2人の様子を窺っていた私を、お母様が見守っていた。お母様は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「王都にはしばらく滞在する予定だったかしら?」
「はい。もう1ヶ月ほど滞在する予定です」
「ねえ、パーシヴァル。あなたはもういくつかのお屋敷に訪ねているのでしょう。ヴィヴィアンとリスティスは、まだどこにも訪問したことがないの。お茶会も昨日が初めてだったのよ。2人に色々と教えてくださるかしら?」
「私でよろしければ」
パーシヴァルの応えに満足したお母様は、私とリスティスに向き直り嬉しそうに微笑んだ。
「うふふ。良かったわね? ヴィヴィアン、リスティス。よく教えていただきなさいね」
「はい、お母様」
「ええ、義母上」
リスティスもお母様の前では従順になる。
「せっかく年の近い従兄弟同士なんですもの。多少のケンカはあってもいいけれど、仲は良いほうがいいものよね」
あ、あー。
やっぱりお母様、気がついていらしたのですね。
お母様は、別の用事があるとかで早々に退出された。子供同士で交流させようという意図は誰の目からも明らかだった。
とはいえ、何を話そうかしら。
「その、昨日はすまなかった」
パーシヴァルは、先程よりテンションの低い声で謝罪を告げた。相変わらず眉が寄っている。
これに応えるべきは私ではない。
リスティスを見ると、少し驚いたような表情をしている。
ちらっと、私を見るので頷きを返した。
「いえ・・・私も失礼を申しました」
「パーシヴァル様。わたくしも至らぬ点があり申し訳ありませんでした」
「俺は気にしていない」
私は2人ににっこり微笑んだ。
「では、仲直りの印に。ご一緒に当家自慢の料理人が作ったデザートを召し上がりませんか?」
実は、パーシヴァルの訪問の先触れを受けて、料理人に頼んでおいたのだ。
2日連続でデザートを堪能できるなんて、ちょっとした贅沢だ。
パーシヴァルも喜色を浮かべ、眉が気持ち上がったように見える。
控えていたメイドが準備をしている間、使用人たちが応接室から一時的に姿を消したのを見計らって、声を潜めた。
「パーシヴァル様。今日は私的な訪問ですよね? 格式張ったマナーは必要ありませんわよね」
パーシヴァルはいたずらを企むようににやりと笑った。
私たちは、アップルパイに過剰なほどたっぷりとクリームを乗せて頬張った。
はしたないけれど、たっぷりなクリームとアップルパイを一緒に味わおうとしたら大きな口を開けないと一口に入らない。
あえてマナーには目をつむって存分に楽しんだ。
リスティスとパーシヴァルはもっと豪快だった。
フードファイトを繰り広げているのか思うほど、次々に大口へ運んでいた。
2人はそれぞれ、三角形に切り分けられたアップルパイを2つ食べ、私は1つ食べた。
子供でも男ということなのだろうか。
昨日といい胃袋の違いに驚かされる。
リスティスは昨日もしっかりと夕飯も食べていたのだからなおさらだ。
私たちはデザートを堪能した後、カードゲームで遊ぶことにした。
リスティスともたまに遊ぶことはあるのだけれど、やはりカードゲームは2人だと盛り上がりに欠けるところがある。
始めはババ抜きから始めた。
この国のカードデッキには、ジョーカーが存在しないので、クイーンを1枚抜き、ペアにならなかったクイーンがババになる。
分けた手札を整理し、早速ゲームを開始する。
リスティスがパーシヴァルから、パーシヴァルが私から、私がリスティスからカードを順々に引いていく。
「ヴィヴィアンは、大人だな」
「そうでしょうか?」
どきりとした。
1 5年と26年分の記憶がありますからね。
「ああ。俺はまだまだだ」
「わたくしもまだレディには程遠いですわ」
「ヴィヴィは立派なレディだよ」
「まあ。ありがとうティニー」
と、雑談を交わしていたのだが、パーシヴァルは私の手札からクイーンを引くと押し黙ってしまった。
判りやす過ぎます。
場にはすでにクイーンは1組出ており、明らかなババだった。
パーシヴァルは努めて何事もなかったように、手札の入れ替えをしている。
その様子にリスティスも気がついたようだ。
パーシヴァルの手札からリスティスが引こうとすると、明らかに1枚を注視している。そのカードの上に手を動かすと眉が少し上がり、別のカードへ動かすと眉が下がった。
リスティスは素知らぬ顔で、クイーンではないカードを引いた。
パーシヴァルの表情は変わらないのに、明らかに眉が下降している。
そうなると、私もなんの心配もないように思う。リスティスの手札から適当に1枚引き、ペアができたので場に捨てた。
そして予想通り、パーシヴァルが最後までクイーンを残して敗北した。
「もう1回だ!」
悔しそうなパーシヴァルの要望を受けて再戦を始めたのだけれど。
私の手元にクイーンが1枚あった。場にはまだクイーンは出ていないので、これがババかはわからない。
カードを引く順番は先ほどと同じで、リスティスの手札から私が引き、私の手札からパーシヴァルが引く。
リスティスの手札からクイーンを引いたので、自分の手札のクイーンと合わせて捨てる。
すると、パーシヴァルの眉間が寄った。
リスティスは容赦なく眉の位置を確認してカードを引き、ペアを作って上がりを宣言した。
残念ながら私もその前に手札を消化して上がり済みである。
パーシヴァルは手元に残ったクイーンを握りしめ、眉を寄せている。
これは・・・長くなりそう。
予想通り10回は繰り返し、そのほとんどでパーシヴァルが負けた。
何度か、カードを引く順番を変えてみたり、わざとクイーンを引いてみたりしたのだけれど、どんな悪運かパーシヴァルはクイーンを呼び戻してしまうのだ。
ヴィーと違って私もさほどポーカーフェイスが上手いわけではないと思うのだけれど、さすがにカードゲームくらいの駆け引きは今の私でも誤魔化せる範囲だった。
パーシヴァルは表情は変わらないのに、眉だけがしっかりと感情を表しているのだから逆にすごい。
意外なことにリスティスが最もポーカーフェイスが上手かった。ただし、私に対してはいつも笑顔で、パーシヴァルに対しては凪の如く表情が無くなるという態度の違いはあったのだけれど。
とはいえ、リスティスもちょっと気まずそうだ。
「も」
「他のゲームもしてみませんこと? いつもリスティスと2人でしたから3人以上のゲームがしてみたかったのですわ!」
このままだと永遠に終わらない。
私は、真希の記憶を漁って、ポーカーフェイスが必要ないゲームを提案する。
うすのろは、この国では聞いたことがないゲームだったけれど、あれは反射神経の良し悪しで勝敗が決するのでちょうどいいかもしれない。
2人にルールを説明し、カードを配る。駒は暖炉の上にあったチェスの駒を代用することにした。
「せーの」
2人は掛け声に合わせて、カードを横に出して逆側からカードを拾う。
「せーの」
私もカードを横に出して逆側からカードを拾う。
あ、どうしよう。同じカードが2枚ずつ。
「せーの」
カードを横に出して逆側からカードを拾う。
ああ! さっき捨てたカードの数字だわ。
また同じカードが2枚ずつ。
「せーの」
カードを横に出して逆側からカードを拾う。
これで3枚になった。
カードを見る視界の端で何かが動くのに気がつき、瞬時に駒へ手を伸ばす。
「あー!」
気がついたパーシヴァルが声を上げるがすでに遅い。
リスティスが駒を取り、その後に続いて私が駒を取った。
リスティスが揃ったカードを表にして見せる。それ最初に捨てたカードだ。
「ルールはおわかりになりました? 4回駒が取れないと負けです」
「ああ! 流れはわかった。次は負けない!」
「うん。これおもしろいね」
2人の了解を得て、再びカードを切って配り直す。
「せーの」
今度は3人で声を揃えて掛け声をかけ、カードを横に出して逆側からカードを拾う。
「せーの」
カードを横に出して逆側からカードを拾う。
手札を確認していると、バンッとテーブルを叩く音がして顔をあげると、すでにリスティスとパーシヴァルの手には駒が握られていた。
「え! もう揃ったんですの?」
目を丸くする私の前に、パーシヴァルが手札を見せた。
あ、本当だ。揃っている。
「ヴィヴィアンの1敗だな」
ニカッと笑うパーシヴァル。
リスティスも楽しそう。
「次は負けませんわ」
私たちは遊びに夢中になっていた。