011.令嬢、従兄と交流する
王都にあるタウンハウスは、カントリーハウスよりもずっと小さいけれど、侯爵家の名に恥じない立派な邸宅であり、その庭園もまた立派なものになっている。
今日はその庭園でお茶会が開かれていた。
今日のお客様は身内だけだからと、私もリスティスも出席が許されていた。
「ようこそいらっしゃいました。パーシヴァル様」
スカートを持ち上げて正式な礼でお客様を出迎えた。
お茶会の主催者であるお母様はお客様を迎え、庭園に出したテーブルに誘っていらっしゃる。
そこから少し離れた場所に、彼は1人で佇んでいた。
「ヴィヴィアン。久しぶりだな」
「ご無沙汰しております」
「ああ」
こちらを認めたパーシヴァルは、口元に笑顔を浮かべた。
大人のような話し方をするが、彼はまだ8歳だったはずだ。
2年前に会った時より随分と尊大な話し方になっている。
パーシヴァルは、リスティスやお父様と同じ銀色の髪ながら、ガーネットを思わせる赤の瞳のため2人とは全く違う印象を持っている。
リスティスやお父様が氷のような冷たい印象を与えるのに対し、エネルギーに満ちた勝ち気な印象がある。ヴィーの記憶に近づいて、一段とその印象は強くなったように思う。
パーシヴァルは、リスティスに目を向ける。
「そちらは?」
「ご紹介いたしますわ。弟のリスティスです。リスティス、ピルム伯爵家のパーシヴァル様ですわ」
「パーシヴァルだ。君の噂は聞いている。優秀なのだそうだな」
「リスティスと申します。以後、お見知りおきを」
パーシヴァルの母親はお父様の妹であり、私たち姉弟の従兄にあたる。年も1つしか変わらないため、本来であれば、身分の上下はほとんどない。
けれど、パーシヴァルはリスティスを下位と判断したようだ。
まだ跡取りではないリスティスは、正式には侯爵家の人間として扱われないからだ。
相対するリスティスは、当たり障りない調子で挨拶を返しているけれど、その目は随分と冷めているように見える。
パーシヴァルが不快に思う前に話を逸らそう。
「パーシヴァル様。本日はラモーナ様はご一緒ではなかったのですか?」
「妹は、今はピルム領だ。たまたま俺はこちらにいたので、母上のお付は俺1人だ」
パーシヴァルは肩を竦めてみせる。
今日のお茶会に招待されたのは母親のほうであり、彼は同行させられただけなのだろう。よくある話である。
けれどそれ故に、大人の集まりの中で暇を持て余していたみたい。
「よろしければ、わたくしたちのテーブルにいらっしゃいませんか? お母様たちのお話は退屈ですもの」
お茶会は、夫人たちの社交場。男性が1人で混じるのは大変だし、ましてや子供であればなおさらだ。テーブルマナーを守ってひたすら沈黙するしかない。
本当は、私たちもその末席に加わるほうがいいのだけれど、こういう時は別のテーブルを用意して子供だけで交流しても問題にならない。
主催者の子供として、ゲストであるパーシヴァルをもてなすのも一つの役割だ。
お母様たちから見える範囲に新しくテーブルを用意させた。
私たちはそれぞれ席につき、子供だけのお茶会を始める。
大人の見える距離とはいえ、多少の無作法は許されるのがいいところだったりする。私たちは早速お茶菓子のケーキをいただくことにした。
貴族といえど、日常的にケーキを食べたりしないのでこういう時に遠慮なく食べられるのはかなり嬉しかったりする。リスティスもパーシヴァルも同じ気持だったようで、早い速度で口に運び、サーブされた複数のケーキをペロリと食べてしまった。
メイドに次のケーキをサーブさせて、また次から次へと口に運んでいく。
ケーキは四角く切り分けられ一口大といったサイズだけれど、一口で食べていいというわけではない。
お母様たちの前でやったら完全にダメなやつだ。
さすがに私はそこまでできない。
ヴィーの価値観があるせいだと思うけれど、マナーを外すのに抵抗がある。2人の動作は気にならないものの、自分だとどうにもはしたないと思ってしまう。
でも会話を気にしなくていいから、ケーキに集中できるだけで嬉しい。
お茶菓子はケーキ以外にも用意されており、スコーンに、マドレーヌ、フィレンツェ、マカロン、サンドイッチと種類豊富だ。
次は、マカロンにしようかしら。フィレンツェも捨てがたいわ。迷っちゃう。
「ヴィヴィ。このジャム美味しいよ」
リスティスはスコーンにたっぷりジャムを塗って、私のお皿に取り分けてくれる。
パーシヴァルは器用に片眉を上げる。
「素手でサーブするなんてとんだ作法だな」
「口にクリームを付けるのが作法ならね」
慌ててナフキンで口元を拭うが、全ては取れない。
「パーシヴァル様、右ですわ。・・・もう少し、上」
それでも取れないので、そっと手を伸ばして拭き取ってあげる。
「すまない」
恥ずかしそうに眉をひそめる。
お母様たちの様子を確かめるが、こちらに気がついた様子はない。セーフね。
「わたくしもたまにやりますのよ。お気になさらないで。紅茶のおかわりはいかがですか?」
もちろん、そんな事実はない。
「ああ、もらおう」
なんとか場を収めたかと思ったら、反対から冷気のようなものが流れだした。
「ヴィヴィに尻拭いさせるとはいい度胸ですね」
パーシヴァルは眉を吊り上げる。
「なんだと?」
今度は反対側から熱気が上る。
「口元を拭ってもらうなんて、とんだ幼児ですね。お母様の側でなくていいんですか」
「手掴みした食べ物を渡すなんて、とんだ幼児がいたものだな。乳母の膝に戻らなくていいのか」
えええ?
なんだこの低次元な嫌味の応酬は。
は、マズイ!
お母様たちがこちらの様子に気がつき始めている!
「パーシヴァル様。リスティス。あちらの花壇が素晴らしく見頃なんですわ。見に参りましょう!」
強引に2人を引っ張って、垣根の向こうへ連れて行く。
ヴィーの時も、この2人はあまり仲がいいとは言えなかったけれど、ここまでではなかったと思う。
というか、リスティスってば好戦的ではありません?
パーシヴァルはパーシヴァルで、年の近い従兄なので、ヴィーの時もそこそこ交流があった人だけれど、言い争うところなど見たことがなかった。
そうなんて言うか威風堂々とした感じの人だと思ったのだけれど。
なんて現実逃避気味に考えている場合ではなかった。今は2人をどうにかしよう。
うん。いい加減にしましょうね?
どうでもいいですけれど、パーシヴァルの眉はとても感情豊かなんですね。