08
その小さくなっていくアリスの後ろ姿を眺めながら、僕は小さい頃を思い出していた。
それは僕がまだ頭にナノチップを入れていなかった頃。たっぷりの愛情とたっぷりのやさしさに育まれ、それでも年相応に反抗期に差し掛かっていた頃。
僕は愛情が疎ましかった。
僕はやさしさが煩わしかった。
だって大人は怒りと言う感情を失くしてしまっているかのよう。みんなが優しく、親切で、丁寧で、愛情を分け合っている。
これが暴力の限りを尽くし、略奪の手を緩めなかった世代の人たち。そのディストピアの反動でいまや誰もが穏やか。はたから見れば、とても同一人物とは思えないほどに穏やか。
まるでもとから暴動なんて、略奪なんて、何も起こらなかったかのよう。ディストピアなんて、不正に改竄された歴史であって、僕たちはもともとこのユートピアで生活を営んできたかのよう。
誰ももう二度とあんなことが起こってほしくないんだ。そのためにはなんだってする。ナノチップを入れなきゃいけないなら喜んで入れるさ。例えこれに依存することになっても。
僕の父はそう言って聞かせてくれた。そしていまや誰もが、その通りナノチップに依存している。