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イギリスをはじめ、いまや大多数の国々が同じナノチップを頭に埋め込んではいるけれど、それでもかつてのロボトミーのように、このチップを埋め込む手術に対して疑問視する国もある。自分たちの脳をいじくるキカイを入れるなんてまっぴらごめんだ、という国々も。
その国では誰も頭にナノチップを埋め込んでいないかわりに、半世紀たった今でもまだまだ暴動も略奪も、とどまるところを知らない。道端には人が死に、その死体は適当に積み重ねられ、昼夜問わず火の手が上がる国々も、まだまだ存在する。
そう考えると、どんなに貧しい人でも最低限の生活はできるし、暴動も略奪もないこの国は、限りなくユートピアに近いし、そんな国々と比べれば圧倒的にユートピアになっているのだろうと思う。
「この国は今じゃ誰もがナノチップのおかげで便利な暮らしができる。それこそ半世紀前からは想像もつかない位にな。財布なんて現金が廃止されてから持ち歩くこともなくなったし、誰も盗難の心配をすることもなくなった」
僕がCISに着任した翌日の昼休み、上司のアルトゥールにそんな話をされた。
「でも、当初はナノチップを入れるのに多くの反感があったとか」
「批判も、な。誰だって、自分の頭の中に得体のしれないものを埋め込まれるのには抵抗があるだろうよ。当時は本当にそれがユートピアへの第一歩になるのか、一種の賭けみたいなもんだったからな」
「でも、結局はみんなナノチップを入れることを選択した」
「選択した、と言う言い方が正しいのかはわからん。あるいは選択の余地がなかった、と言った方がいいのかもしれん。誰も首相には逆らえなかった」
逆らえないとはどういうことなのだろう。民主主義で決められた首相なら、民主主義でやめさせることもできたはずだ。
でもこの疑問も、アルトゥールにとってはそもそも疑問ですら無かったようだ。
「だからだよ。自分たちで決めた首相だからこそ、自分たちの決めた首相の言うことを聞かざるを得なかったのさ」