07
かつて、いまや、かつて、いまや。
「よく分かったな。人間の攻撃性の抑制。それが本来のナノチップの役割だ。だから暴動なんてすぐに収まった。プロトタイプによって世界はユートピアに近づいていったんだ。そしてこのプロトタイプに暴動を抑える効果があると分かると、自らそれを望む人も出てくるようになった。人々はその頃からユートピアを望んでいたのだろうな。だがその機能は、人の意思に働きかける機能は、人間性の欠落だ、と唱える人も現れた。だから今、わたしたちに入れられているナノチップにはその機能は備えられていない」
攻撃性を失った人たちは、攻撃性を失わせることに対して異議を唱えた。人々の意思を消すことは何物でもない暴力だ、と主張して。
「とんだ皮肉だな」
ダンプティが皮肉を理解するとは思わなかったので、僕は少し笑ってしまう。
そんな僕を見て、ダンプティは何がおかしいんだ、という表情でにらんでくる。
「だが、暴動が終わればそれでプロトタイプの役割は終わりではなかった。第四次石油危機のあった年に生まれていた人たちに入れられたのは、プロトタイプの方だった。もちろん人々には本名を隠して偽名で生活をさせておきながら、彼らに入れられたのは名前を隠す必要のないプロトタイプの方だった。いま齢六十を超えている人はみんなプロトタイプを入れているのだろうな」
「どうしてそんなことを」
アリスの表情はこわばっていた。
「まだ偽名制が浸透していなかったから、らしい。仮に本名を知られていても、その人への認証をできないようにするために、だと。そして彼らの子供の世代、ようやくみんなが偽名での生活に慣れ始めたら、今わたしたちの持つようなナノチップが入れられるようになったのだと。名前を隠す必要があり、暴力性をそのままに放置している今のナノチップを」
「それは分かった。なら結局、誰がそのナノチップを使っているんだ」
ダンプティがまくしたてる。彼にはテロを起こした人物が誰なのか、それだけが気になるらしい。
「いや、それはわたしにも分からない。あるいは祖父とゆかりのある人物なのかもしれない」
「心当たりは」
「いや、ない。そもそもあの声には聞き覚えがない」
僕は迷っていた。あの声の主はジェーンだと打ち明けるべきか否かを。でも結局僕は黙っていることを選択した。あの声の主がジェーンだと伝えても、そもそも僕もジェーンの行方は知らない。手がかりとは程遠かった。
「ちっ、これじゃあ振り出しだ」
ダンプティは明らかにいらだって毒づいている。手がかりが死人のものしかない上に、僕たちでさえその情報にはいっさいアクセスできないとなると、僕たちはいきなり暗礁に乗り上げてしまったことになる。
僕たちは、この世界は、ナノチップに依存している。以前の考えが、僕の頭をぐるぐると回っていた。
僕たちは、ナノチップに依存している。
ナノチップの情報だけが、何よりも手がかりを握っているのだ、と。




