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僕は聞かずにはいられない。もしかしたら、そこにジェーンの影を見つけることができるかもしれなかった。彼女の幻影を。
「わたしの祖父は、生前ナノチップを開発した科学者だった。わたしの祖父の研究グループは、第四次石油危機を予見し、その後に訪れるであろう混乱を危惧し、収める方法を模索していた。今のユートピアは、第四次石油危機のはるか前から計画されていたものだった」
アルトゥールは遠い昔の記憶をなぞるように、言葉を紡いでいく。
「そしていざ石油危機が起こり世界中が大混乱に陥ると、祖父は研究開発中のナノチップを自分たち研究グループの頭に自ら入れ、その有用性を実証し、首相に報告した。そう父から聞かされたのをわたしは覚えている。現場投入されたナノチップはまず医療関係に配布され、暴動で負傷した人たちに治療と同時に入れられたのだと」
「でもそれは、今のとはどう違ったんだ」
ダンプティがじれったそうに、アルトゥールに先を促す。
「その、言うなればプロトタイプのナノチップは、今わたしたちに入ってるものとは根本的に違うところが二つあったそうだ。一つは、認証に名前がいらないこと。ナノチップ自体の識別コードで認証を行っていたようだ」
「それなら名前を隠す必要もありませんよね」
アリスの疑問に、僕もうなずく。それならジェーンもこの世界を憎まずに済んだのではないのだろうか。
「あぁ。だが識別コードでの認証には、致命的な欠陥が一つあった。それは、その人の死後、誰もその人の情報にアクセスできなくなってしまうことだ。誰も遺産を引き継げない。誰も、CISに残っているその人のデータを削除することができない。だから、暴動が起きた時代の、プロトタイプを埋め込まれていた人々のデータは、今まだ消されることなく保護システムに残り続けている。わたしの祖父の名前があるように」
僕は今となってはその方が良かったのではないかと思う。たとえ保護システムが死者の情報でパンクしたって、誰もジェーンのようにこの世界を憎まなかっただろう。こうしてテロを起こすほどには。




