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ナノチップでジェーンから連絡が来たのはそれから数日後のことだった。CISの仕事終わりの帰宅途中に、ジェーンは脈絡もなく僕にこう聞いてきた。
「ジョンは、この世界がユートピアだと思う」
僕は操縦を自動運転に変えてから、ジェーンとの通話に戻る。
「暴動も略奪もなくなったこの世界は、ユートピアなんじゃないかな」
「そう……」
僕は返事を間違えたのかもしれない。ジェーンの声は明らかに寂しさを帯びていた。
「何か悩んでいるなら、話を聞くけれど」
「ありがとう。ジョンはさ、何で自分から偽名を持たないの」
「僕はネーミングセンスがないからね。それに」
「それに、何」
「僕は自分の本名が好きなんだ。だからなかなかほかの名前を持つ気にはなれなくて」
「うん、それがいいよ。名前は生まれてからもらう初めてのプレゼントなんだもの。大事にしないと」
大事にしないと、と言うのがただ単に隠しておけ、と言うことではないことは僕でも分かる。
「私はね、私にはね、本名がないの。小さいころに名前も付けられないまま捨てられて、私はずっと、名前を持たずに育ってきたの」
僕は何も言えずにただただ聞いている。かすかに膝が震えているのがわかった。今まで僕たちと同じようにふるまってきたこの女性は、僕たちがみんな持っているものを、当たり前のように持っているものを、持ってはいなかった。
「この世界、みんなの言うユートピア。ナノチップに管理されたユートピア。ナノチップを頭に入れられないのは成人未満の子どもたちだけじゃない。私みたいに、名前を持たない、本名を持たない人もまた、自分のナノチップを入れられない。ユートピアに入れてもらえない」
「でも君はナノチップで支払いを」
僕と今通話するために使っているのも、ナノチップのはず。
「女の子には一つくらい秘密があるものなの」
無理にそう笑ってごまかして、ジェーンは先を続ける。




