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「管理社会か、上手いこと言ったもんだな。そのジェーン、ってやつは」
いつもの食堂で僕がこの話をすると、食べる手を止めずにダンプティは返答する。
「頼むから喋るか食べるかどっちかにしてくれ」
ダンプティはまた食べるのに没頭する。やがて最後のひとくちを水で流し込むと、ダンプティは話を続けた。
「いつもなら食べ終わったらすぐ出るんだが、まぁ今日は幾分すいているからいいだろう。お前と食堂でゆっくり話すのも久しぶりだ」
「いつもすぐ食堂を出ていくからな、ダンプティは」
「まぁそう言うな。後ろで待っているやつらのためさ」
「いや、文句があるわけじゃないんだ。さっきの続きを聞かせてくれ」
「あぁ、ジェーンはオーウェルの『一九八四年』のことを言ったみたいだが、それはここにも当てはまり得る、ってことさ。ここでお前に問題だが、現在略奪だけでなく、殺人の数字も減っているのはどうしてだと思う」
「問題にしては簡単すぎるだろう。それは当然ナノチップが僕たちの行動を記録してくれるからだ。殺人なんてすぐにばれる。今出ている数字はみんな衝動的な殺人の件数だけだろう」
「その通りだ。さすがだなCIS職員。ナノチップで自分の見た映像を記録できるし、即座にCISにその映像を送ることもできる。殺人があったら、ナノチップで誰がその場所にいたのかもみんな把握できる」
「そうか、僕たちはナノチップに監視されている」
ようやく僕にも合点がいく。現在僕たちを監視し、管理しているもの。僕たちの頭のナノチップ。前にも僕はこう思ったことがある。僕たちの生活は、僕たちのユートピアは、このナノチップに支えられている、と。
ユートピアをユートピアたらしめるために僕たちを管理しているナノチップ。 もっともナノチップのこの機能のせいで映画館は軒並みなくなってしまったけれど。
「そういうこった。だからジェーンってやつはこの世界を管理社会、と言ったんだろうさ。じゃ、ここらへんで俺はほかのやつに席を譲るとするよ。あぁ、それから」
ここで一旦ダンプティは言葉を区切る。
「『一九八四年』で描かれているのはユートピアではなくディストピアだ」




