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いざ地上へ!

 昔々のお話です。

 とある国の深い海の底。そこには水圧なんて何のその、とても頑丈な人魚の一族たちが住んでいました。

 人魚たちは皆一様に人畜無害且つ、穏やかな気性でありましたが、一人だけ型破りな人魚がおりました。王さまの末娘であるリーナ姫です。リーナ姫は明るく楽しいことが大好きで、ちっとも落ち着かない姫君でした。

 そんな姫君ですから、未知の世界である地上の生活に憧れていました。人魚達との穏やかな生活も悪くはないのですが、リーナ姫にとっては少しばかり刺激が足りません。しかし大人から伝え聞いた人間の生活はどれも楽しそうで、リーナ姫をいつもわくわくさせるのです。時には人間の真似事をすることもありました。海草を体に巻きつけ、人間の服に見立てるのです。そして海草で絡まってしまい、身動きが取れなくなるという困ったこともしばしばありました。


 そんな破天荒なリーナ姫ですが、今日ばかりは元気がなく、物憂げなため息ばかりを吐いていました。

 彼女は十五歳になったばかりです。人魚達は十五歳になったら、人間の世界を見に行くことを許されていました。なので、リーナ姫も念願の地上の世界を見てきたばかりです。てっきりはしゃいで地上の様子を語るだろうと思っていた姉のラナ姫は、妹の様子が心配になって尋ねてみたのですが――


「どうしたの、リーナ。何か悲しいことでもあった?」

「……何もないわ。大丈夫よ、ラナ」


 そう言ってリーナ姫は憂鬱そうに黙りこくってしまうのです。

 確かにリーナ姫には悲しいことなどありませんでした。嘆くことがあるとすれば、リーナ姫の言葉通りのことです。


(そう、何もない。なさ過ぎるの、ここは!)


 初めて地上の世界をみたあの日、リーナ姫は衝撃を受けました。

 リーナ姫が十五歳になった日の事です。王さまから許しをもらったリーナ姫は、早速地上へと向かいました。リーナ姫は逸る気持ちを抑えられず、バショウカジキを上回る速度で海面へと突き進みました。そして勢いが良すぎて、シャチのように水面からド派手に飛び上がってしまったのです。


 リーナ姫が浮き上がったところには、丁度一隻の大きな船がありました。そこにいた一人の美しい青年と目が合ったのです。しかしそれは一瞬のことで、リーナ姫の興味は青年よりも、その後ろで行われているドンちゃん騒ぎに移りました。楽しげな音楽が流れ、人々は賑やかにはしゃぎ、踊っていました。


(凄い……! なんて楽しそうなの……!)


 人魚達の世界とはまるで違う煌びやかさに、リーナ姫は目を奪われました。目をキラキラとさせてしばらく見守っていたリーナ姫でしたが、ふと視線を感じて慌てました。一瞬目が合ったと感じた青年が、ジッとこちらを見詰めていたのです。


 人間に姿を見られてはいけない。それが人魚の掟です。


 うっかり忘れていたリーナ姫は、急いで水面に潜り海底のお城へと逃げ帰ったのです。

 ちょっとしたハプニングはありましたが、リーナ姫はあのときの光景が忘れられませんでした。そして海底生活の刺激のなさを、改めて思い知ってしまったのです。


 くよくよと考えていたリーナ姫でしたが、ようやく決意を固めて泳ぎだしました。


(こうなったら何が何でも地上で遊んでやる。一度でいいから!)


 しょうもない理由でしたが、リーナ姫にとっては大事な事です。人魚生は常に楽しく、というのがリーナ姫のモットーなのですから。


「こんにちはー!」


 リーナ姫が向かった先は、魔女レヴィアの庵でした。しかし用があるのは怖い魔女さまではありません。

 リーナ姫の挨拶から少し経って、入り口からずるずるのローブを身に着けた陰気な少年が出てきました。魔女さまの息子、キリクです。


 この少年は、リーナ姫にとって幼馴染の悪友でありました。幼い頃の二人はコバンザメのように四六時中くっついて、いたずらをしたり遊びまわったものでした。しかし、いつの頃からかキリクは付き合いが悪くなり、庵に引きこもるようになってしまったのです。それでもリーナ姫はキリクと話すことが楽しかったので、彼の元へ足繁く通い、付き合いをやめようとはしませんでした。楽しいことがあれば報告してはしゃぎ合い、困ったことがあれば面倒くさがりつつも相談に乗ってくれました。


 そう、リーナ姫の訪ねた相手はこのキリク少年でした。魔女さまがいない時間帯を狙って訪ねたのです。

 キリクはリーナ姫に会うなりこう言いました。


「帰れ」

「話ぐらい聞いてよ!!」

「地上に行きたいから何とかして欲しいって言うんだろう? 断る」


 キリクはにべもありません。しかしリーナ姫はめげませんでした。


「話が早くて助かるな。そういうわけで、お願い!」

「断るって言ったのが聞こえなかったのか!?」

「いいえ、あなたは断れないのよ。テルタネスの青真珠、欲しいんでしょ?」

「なっ、ナンでそれを!?」


 リーナ姫の言葉を聞いたキリクは、ギョッとして声が裏返ってしまいました。そんなキリクの様子を面白がるように、リーナ姫はくすくすと笑います。


「レヴィアさまから聞いたのよ。あなたが血眼になって探してるって。新しい薬でもつくるの?」

「……そんなところ」

「じゃあ、はい。これ」


 そう言ってリーナ姫は、キリクの目の前に小さな青い粒を差し出しました。しかしキリクは受け取ろうとしません。ぼさぼさの前髪が目を覆っているので、表情はわかりませんが、長年の付き合いであるリーナ姫にはわかります。キリクは迷っているのだということが。なので、リーナ姫はここで駄目押ししておくことにしました。

 

「数十年に一度しか取れないテルタネスの青真珠、欲しくないのかな~?」


 キリクの口がぎゅっとへの字に曲がりました。ムッとしているようですが、観念したということもリーナ姫にはわかりました。そして姫にあるまじき黒い笑顔を浮かべ、心の中で勝利の雄たけびをあげたのです。


「やったー! キリクに勝った!」

「やかましい!」


 素直なリーナ姫はついつい口に出してしまい、キリクに怒られてしまいました。しかしいつものことなので、リーナ姫はまったく気にしません。青真珠をキリクに押し付けて、ずかずかと庵の中へ上がりこみました。


「お邪魔しまーす」

「本当にな」


 キリクの不機嫌など物ともせず、ふかふかの椅子に座ったリーナ姫は偉そうにふんぞり返って机をバンバン叩きました。


「さあ、早く薬をお出し!」

「お前、何様だ……」

「お姫さま」


 リーナ姫としては至極当然の答えでしたが、キリクを苛立たせるには十分でした。彼はその苛立ちを表すかのように、机にビンを叩きつけるように置きました。手のひらサイズのビンには、小さな丸薬が沢山詰まっています。


「海面に出てから飲め。丸薬一つにつき、一ヶ月だ。尾びれが足に変わって歩けるようになる。但し副作用として声が出なくなる」

「副作用がないものでお願い」

「ない」


 リーナ姫は唸りました。声が出ないと色々不便です。しかし自分の力を試すいい機会かもしれません。リーナ姫はこんなときのために、ある技術を学んでいたのです。


(多分何とかなるよね。やってみよう!)


 覚悟を決めたリーナ姫は、ビンを手に取りキリクに御礼を言いました。キリクは返事の変わりに、盛大なため息を吐いただけでした。


 庵を出たリーナ姫は、キリクに向き直ってずいっと目の前まで近寄りました。別れの挨拶を告げる前に、是非見ておきたいものがあったのです。


 少々引き気味のキリクに構わず、リーナ姫は彼の青灰色の髪の毛をサッと掻き分けました。

 きりっとしたシャープな眉、長いまつげに縁取られた綺麗な目、すっと通った鼻筋。前髪で隠されていた母親譲りの美しくも目つきの鋭い顔が、リーナ姫の眼前に晒されます。


「何するんだよ!」


 隠していた顔を暴かれた事で、キリクは真っ赤になってリーナ姫を振り払いました。リーナ姫は目的を果たせたので、にっこり笑いました。


「しばらくお別れでしょ。あなたの顔を見ておきたかったの」

「……そう」

「でもどうしてこんなに綺麗な顔を隠しておくの? もったいないわ。私があなたならお洒落して盛大に泳ぎ回るのに」

「お前にぼくの気持ちなんか解るもんか……」

「そりゃあ……私はキリクじゃないもの」

「ふん。行くなら早く行けよ」


 キリクは口を尖らせてそっぽを向きました。彼の子供っぽい仕草がリーナ姫には可愛く見え、思わず顔が綻んでしまいます。ついつい抱きしめたくなってしまいましたが、リーナ姫はぐっとこらえてお願いしてみました。


「しばらくお別れついでに、ハグしよう!」


 こういったスキンシップがキリクには苦手なようで、滅多にさせてくれません。今回も断られるかと思いきや、キリクは意外にも乗ってきました。両手を広げたリーナ姫におずおずと近づき、抱きしめてきたのです。リーナ姫もキリクの背に手をぎゅっと回しました。


「どうせさっさと戻ってくる。人間の世界はリーナが思ってるようなもんじゃないんだ……」

「それならそれで、こういうものなんだって解るからいいの」


 こうしてリーナ姫は年下の幼馴染にしばしの別れを告げ、地上を目指して泳いで行ったのです。


バショウカジキ … 水中最速 時速110km

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