プロローグ
――一体何が起こっているんだ。
入り組んだ路地の先にある開けたコンクリートの場所で少年、桐生大和はただ地面を見つめていた。
大和が見つめる先には無機質でいて場所が繁華街という事を差し引いても血痕という異質さを孕んだコンクリート、そしてその傍らに横たわるのは三人の見知った少年。
今日まで自分を蝕んできた捕食者達が何故顔を真ん丸に腫らし気絶しているのか、何故落陽する前に帰宅したはずの自分がここに居るのか、何故主犯格の漆原に至っては顔の左半分が焼け焦げているのか。
大和は三人から自分の両手に目を向けた、手には小さい無数の切り傷と三人の物と思しき血痕が付着している。
――なんで俺の手に血が……?
誰が見ても犯人が分かる身に覚えのない決定的な証拠に大和は唇を震わせる、自分自身がもっとも唾棄している暴力行為に興じていたという事が到底信じられはしなかった。
「桐生大和さん、ですね?」
突然の声に大和は反射的に振り返る、そこには色味の強く短い金髪で左腕にトライバルタトゥーの入った褐色肌の大男と、昼間声を掛けられた占い師の老婆が立っていた。
「我々は警視庁公安部、特別課の者なんですが……」
大和が弁解を口にする前に大男は自分の鷲鼻を掻いて名乗り上げた、酷く非現実的な肩書きを吹き出す事もなく流暢に。
――ケイサツ? コウアン?
大和は言葉を返すでもなく名乗られた肩書きに、逃避じみた思考を巡らせる。
自分は今まで大々的に法律はおろか校則すら破ったことはない、ましてや警察にお呼びがかかる謂われもない……と。
しかしもう一度、大和は自分の汚れた手に目を落とす、そこには言い逃れのしようがない証拠がきっちりと残っていた。
そして現実を意識した途端に大和の身体から冷や汗が吹き出す、春の夜の心地よい風がそれを癒す様に撫でるが今の大和には底冷えする寒さを誘い却って逆効果だった。
「あっ……あ……」
吐き気がする、憎んでいた相手とはいえ完膚なきまでに暴力を振るった事実も、ささやかに守ってきた模範生徒という自分が壊れた事も。一気に自分を否定されたのだ、前頭葉の辺りもどこか響く様に痛む。
「違う、俺じゃない!俺じゃ……」
足元をふらつかせ頭を抱える、女子程に長い黒髪にたった数時間前まで自分を虐げた汚らわしい血が付くのも構わずに。
「ご同行、願えますか?」
その一言が致命傷となり大和は頭を抱えたまま、顔半分を覆う髪の隙間から三白眼で二人を覗く。そして――。
二人を映す視界が傾くのを最後に、大和は意識を手放した。