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ラバーズ・イン・ラビリンス

恋多き乙女とその幼馴染くんのお話。

はぁ。しゃがみこんだ公園の砂場の前。

つま先からじんじんと寒さが上ってくる。

もう寒いからなのか悲しいからなのか分からないけれど、掠れたような声が勝手に口をつく。

涙もポロリと零れ落ちてしまった。


"君とはもう付き合えない"


だってさ。

言われたの、何度目かな。

悪いのはいつでも私。

そして、原因が分かっているだけに始末に悪い。

この半年で8人の男子と付き合った。そこそこ人気のある人だったり顔は良かったりしたから、あっという間に噂は広がって。

私はちょっとした有名人になった。いい方向じゃなく、悪い方向に。

でもさ、付き合ってるときにはちゃんとそれなりに好きだった。別れたらいつだって人知れず泣いたりもしたし。

……ただ、それ以上に胸が詰まる想いとか、抑え切れなくなってしまいそうになる衝動が確かに存在しているから。

だから彼らが私をなじっても、捨てたとしても仕方がないんだということも分かっている。


「そんなところで何やってるんだ?美奈子(みなこ)

「……(あおい)ちゃん」


最悪のタイミング。

来るかなぁと思ったけどホントに来るとはね。

私は立ち上がると、スカートの裾を払った。


「制服のまましゃがみこんだりして。冷えるだろう」

「うるさいなぁ」

「……?美奈子、その顔」


ハッとする。でももう後の祭り。バッチリ見られてしまった。

それでもごしごしと顔を拭う。

確かに伝った涙の跡。


「何でもないよ」

「1人で泣いてたのか?」

「何でもないったらっ」


顔を覗き込もうとしてくるから、両手でそれを払い除けた。

何でいつもそうやって、来てほしくないときに来るのよ。バカ葵。


「仕方ないな」


葵ちゃんが仕方ないと言っているときは本当に「仕方ない」と思っているとき。

そう思われている自分がただただ情けなくて、……悲しくて。

そんな私の心を見透かすように、葵ちゃんは私の頭に手を置いてぽんぽんと撫でた。

そんなことされたら……もっと涙が出てくるじゃない。

唇をぎゅっと噛み締めて泣かないように必死に堪えた。



葵ちゃんと私は、隣同士に住んでいる。

幼馴染を好きになるだなんて安直過ぎて笑いにもならないから小さい頃はなるべく葵ちゃんと遊ばないようにしたし、ほとんど一緒に過ごしたことなんてなかった。

でもそうやっていること自体がもうすでに意識していたんだと後になって気付いた。

高校に入る年になって通う高校が偶然一緒になった。

お母さん同士は元々仲が良かったから、入学式に一緒に行くことになってしまって。

そのとき、話が弾んで仕方ない母親たちに放っておかれた私たちは相当久しぶりに話をしたのだけど。

……あまりにも葵ちゃんは私の知ってる葵ちゃんのままで、泣きたくなった。

葵なんて名前には全然似合わない大きな体。いつの間にこんなに大きくなっちゃったのかな。

隣に並んだら目線が肩の位置だった。

声だって知らないうちにおなかに響くような低い声になっちゃってて、不覚にもドキドキしてしまった。


「美奈子はちょっといいなと思ったらほいほい付き合っちゃうからな」

「だって付き合ってみたらいいと思うかもしれないじゃない」

「付き合うとか、そういうのはもっと慎重に決めた方がいいぞ」

「好きだって言ってくれる男子たちはみんなそれでいいって言うよ」

「そんなロクでもないやつらは止めといた方がいい」


いつもいつも平行線を辿る私たち。

きっとそのベクトルは同じ方向を向かないって分かってる。

でも分かっていても、どうしても葵ちゃんを前にすると気持ちが抑えきれなくなる。


「だってそれじゃどうしたらいいの?そんなんじゃ私、一生誰とも付き合えないじゃない」


本心だった。

好きだと言ってくれる人がいる。その人と付き合って何が悪いと言うの。

そんなに好きじゃなくても、いつか今以上に好きになるかもしれない。葵ちゃんを超える人になるかもしれない。

そう思うから、私は。


「じゃあ俺でも好きになってみれば?」


葵ちゃんは1つ息を吐くと、そう告げた。

……何でそんなこと言うの?

バカバカバカバカバーカッ!!!

だって葵ちゃん、彼女いるじゃない!

中学のときからもう3年も付き合ってるの知ってるよ。

軽々しくそんなことを言って私が本当に後戻りできなくなったらどうするのよ。

唇を固く噛んで睨みつけると、さすがに葵ちゃんも悪ふざけが過ぎたと思ったらしくそれ以上は何も言わなかった。

本当にバカだよ、葵ちゃん。こんなタイミングでそんな言葉、聞きたくない。

余計に悔しくなるじゃない。

私が一番手を伸ばしたいのはあなたなのに。

それなのに、もう私には望みを持たせるようなこと言わないでよ。


「まぁ……何だ、とにかくきちんと考えてから付き合えよ。毎回そうやって泣くハメになるぞ」

「うるさいよ、泣いてなんかないもんっ……」


ごしごしと未だに乾かない涙を拭う私に、葵ちゃんは苦笑いをした。



それからすぐ、私はまた新しい人と付き合い始めた。初めての年下。1年生だった。

いつも一緒にいてくれたし、この間のデートでリングをもらった。

案外年下の方が相性いいのかも。だから今までダメだったのかも、なんて思う。

別に深い意味はないけれど、恋人同士なんだからとリングをプレゼントしてくれた彼を可愛いなぁと思ってしまった。

私の手にそれをはめてくれたとき、とっても嬉しそうな顔をしたから。

だから私も嬉しくなっていつでもそれを付けていた。

それを葵ちゃんにも何度か「いいでしょ」と笑顔で見せたりもした。

葵ちゃんの反応はイマイチだったけど、でもいいもんね、絶対葵ちゃん抜きで幸せになってやるんだから。



……そう意気込みすぎたのがいけなかったのかな。その彼とも結局上手くいかなかった。2週間が限界だった。

ああもう、私ってつくづく男運ないんじゃないのかしら。そうやって落ち込む日々がまた続く。

そうそう、気に入ってたリングはもらっていいって言われたから今もはめたまま。

石は小さいけど形が好き。

指は細い方じゃないけど、大丈夫なデザイン。

屋上で左手をボーっと見つめながらヒマを潰す。

石が光に当たるとキラキラした。泣きたくないのに零れてくる涙のせいで、そのプリズムが歪んで見えた。


「美奈子」


慌ててごしごしと涙を拭う。そして、深呼吸。

気合を入れて振り向く。

今にも泣き出しそうな空が葵ちゃんの後ろに見えた。


「……葵ちゃん。どうしたの」


じっと見つめられる。

年下の彼と別れたことも泣いてたことも知られたくなくて、キツかったけど私も負けないようにじっと見返した。


「お前こそどうしたんだこんなとこで」

「どうもしないよ。空を見てただけ」

「嘘つけ」


気付かれてる。

私は咄嗟に目を逸らそうとしたけど、葵ちゃんの手がそうさせてくれなかった。

私の左頬を押さえて目を合わそうとする。


「や、いやっ……」

「俺を見ろ」

「ちょ、葵ちゃ……っ」


見たくなくて目をつぶったら、その拍子に溜まってた涙がぽろぽろと零れた。

そうしたら、葵ちゃんの両手が今度はそっと私の両頬を包み込む。大きな手。私の顔なんてすっぽり入ってしまうほどの。


「美奈子」


どうしてそんな声出すの。


「美奈子、」


放っといてよ、もうっ。

葵ちゃんなんて、この世で一番嫌い。大嫌い。

暴れるけれど、それは葵ちゃんにとってみたら何でもないみたいに簡単に私を抑え付けてしまう。




「本気で俺にしないか?」




泣き続ける私に、葵ちゃんがとんでもないことを言った。


「俺だったらお前をこんな風に泣かせたりしない。大切にする」

「そんなこと、ひっく、言って、バカじゃないの……?亜美ちゃん、だっているじゃない……」

「俺は本気だよ。それに彼女とは高校に入る前に別れてる」

「し、信じられないっ」

「信じろ」

「信じられない……っく、」

「じゃあどうしたら信じてくれるんだ?」

「抱き、締めてよ……っ」


すぐに引き寄せられてその腕の中へ。


「あとは?」

「好きって、言って……」

「好きだよ、美奈子」

「葵、ちゃ……」

「好きだ、美奈子が好き……」

「う、うぇぇーん」


ずっとずっと夢見てたその甘い言葉が何度も何度も耳に流れ込んでくる。

頭の中が泡立って、どんどん涙腺が緩んでいく。


「私から離れていかないで……!」

「大丈夫。どこへも行かない」

「葵ちゃん、好き……ずっと好きだった……!」


ぎゅっとその胸にしがみ付くと、葵ちゃんは片手で私の背中をあやすように軽く叩いた。

それが嬉しくて、私はまた泣いた。


「その指輪も外せよ。他の奴からもらったのなんて忌々しくてダメだ。俺が新しいの買ってやる」


私はただこくこくと頷くことしか出来なかった。





「信じられない。好きだったならもっと早くそう言ってよ!」

「だって美奈子は俺に興味なんてないと思ってた」

「それはこっちの台詞だよ!葵ちゃんが亜美ちゃんと帰るのを見るたびに傷ついてたんだから」

「……お前、気付かなかったのか?」

「何に?」

「お前が誰かと付き合うたび、俺だって傷ついてた」

「……」


帰り道。

初めて見る葵ちゃんの拗ねたような顔。

それが思ってた以上に可愛くて、思わず笑ってしまった。


「何だよ」

「何でもない。ね、手繋いでもいい?」

「……ほら」


少し照れたような顔をして、でもちゃんと手を差し出してくれる葵ちゃん。

嬉しくて、飛びつくようにその大きな手に自分の手を絡めた。

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