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ママなんかじゃない

幼馴染のしっかりさんと甘えん坊くんのお話。

快晴の空の下、私はサッカー部の試合を見に来ていた。

よりちゃんと絵理と3人で。

うちの学校はとても強かったから、見ていても清々しい。

速水兄弟と桐谷先輩と須藤くん。メンツとしてもばっちり。

私は特に速水智史くんのファンだった。まだ1年生なのにスタメンってすごくない?

絵理と速水兄が付き合っていたということもあるから大っぴらに出来ないけど、私はいつも彼を見ていた。

絵理には悪いけど、絵理といれば弟くんとお知り合いになれた。

このまま親しくなれば、いつか彼氏彼女の関係にもなれたりして・・・。

なんて淡い期待をしつつ、いつも須藤くんお気に入りのよりちゃんと絵理と3人で見に行っていた。


「沙織ー!」


スタンドの比較的いい位置に座ると、よく知り過ぎている声がした。

正直うげ、と思う。


「沙織ー!」


もう。そんな何度も大声で叫ばないでよ、恥ずかしいなぁ。

沙織呼ばれてるよ、と絵理に言われて渋々ちらりとそっちを見る。

そこには大きなカメラを首からぶら下げた秀人がいた。

ぶんぶんと手を振って、満面の笑みで。

はっきり言って、溜め息をつきたかった。



私のうちの目の前にある小さな駄菓子屋。「のざわ屋」という。

そのお店の軒先にいつも座っていたのが秀人のおばあちゃん。

小さい頃からそこにお菓子を買いに通っていた私と、おばあちゃん子の秀人。

仲良くするなという方が無理な話だった。

もちろん私は積極的に仲良くなりたかったわけじゃない。仕方なく、だ。

だって秀人はいつだって私の後ろをくっついてくるような本当に気の弱い子供だった。

私は自分の意見もロクに言えない秀人を鬱陶しいと思いながら、どうしても突っぱねることが出来なかった。

いつも泣きそうな目で私を見るんだもの。

そういう風に見られたら、何か私が悪いことをして責められている気になってしまうから。

そして小学4年で秀人のお母さんが病気で亡くなった後、私は秀人の家に夕飯を作りに行くのが日課になった。

うちのお母さんに言われて、中学からはお弁当まで2人分を作るようになった。

「秀人くんのおうちはお母さんがいなくて大変なんだから」と口すっぱく言われ続けていい加減にしてよって思ったけれど、でも本当だしなぁと。

そのうち学校で「関は野沢の母さんみてぇ」と言われるようになった。口惜しくて口惜しくて嫌になった。

けれど秀人はそんな私の気持ちなんかお構いなしでいつもいつも「沙織」ってにこにこしていた。

そんなこんなで高校まで同じところに進み、私と秀人の縁は切りたくても切れずにいる。


でも高校に入って2年。はたと気付いた。

私、このままでいいのかな。このままいつまでも秀人の面倒を見ていたら、本当に秀人のお母さんになっちゃう。

そんなの嫌だ。

私にだって、桐谷先輩や須藤くんとは言わないまでもそれなりに素敵な彼とデートしたりする夢くらいあるんだから。

学校にいるときから「今日の夕飯は何にしよう」とか「洗濯物を干したままだからこのまま天気もてばいいな」とかまるで主婦みたいなこと考えたりしなくて済むような生活が送りたい。

他のみんなと同じように何の気兼ねもなくネイルアートとかも楽しんでみたい。

ただ向かいに住んでいたというだけで何で私がこんなに甘えられなきゃならないのよ。

そう思い始めていた。

だから私は、今年に入ってから学校でも家でもなるべく秀人と関わらないようにしていた。

やらなければならないことは仕方ないからやるとしても、それ以上の関わりはもう持たない。

必要以上に秀人と話さなければならない理由なんてないし、夕飯だって何でも私の作りたいものを作ればいいんだから。

それを実行し始めて半年が経つ。相変わらず秀人は変わらないけれど、だいぶ私の生活が安定してきたので今のところはまぁいいかと思っていたのに。



「沙織!」


今にも犬みたいにじゃれつこうとしている秀人を目の前にして、私は睨みつけた。

だーかーらー。

どうして気付いてくれないのかなぁ。私は家以外であんたと一緒にいたくないんだってば。

キラキラした目で私を見てくる秀人にうんざりする。


「……何よ」


秀人は2年になってから突然写真部に入った。

それまで長い付き合いだけど、写真が趣味だったなんて知らなかった。まぁそんなことどうでもいいんだけど。

それで、それ以来強豪のうちのサッカー部の試合のときにはこうしてちょくちょく見かけるようになった。

サッカー部を、速水くんを見ているときだけが私の心のオアシスだったのに。そこにまたしても秀人が割り込んできた。何かそれだけでげんなりする。

それもただ写真だけ撮ってればいいのに、秀人は目ざとく私を見つけると何の考えもなしにこうして大声で私の名前を叫んだり近寄ってきて話し掛けたり。

どうしてあんたはそうなのよ。だから私が「お母さん」だなんて言われちゃうんでしょ!

そんな風に言いたい気持ちが溜まっていった。


「何よ……って」

「何か用なら早く言ってよ。じゃなきゃ邪魔なんだけど」

「う……」


ねぇ沙織、野沢くん可哀想だよ、という絵理の声なんて無視。分かってるんだから。ここでそうよねって思って優しい顔の1つでもすればまた同じことの繰り返しになるの。経験者は語るなのよ。


「突っ立ってないでどいてよ」

「さ、沙織ちゃん……」


何の関係もないよりちゃんがおろおろしている。ごめんね、心配かけて。

でももしこれがよりちゃんみたいに須藤くんだったなら、私だっていくらでも優しくする。

だけどどうやったって、秀人が須藤くんみたいになるわけじゃないんだもの。

私はもう充分こいつに尽くしてやってるのよ。

イライラした心でそう思った。


秀人は言葉通り「しょんぼりと」自分の席に戻ってゆく。

そうよ、それでいいの。私は頷いた。

何て言ったって私は秀人のママなんかじゃないんだから。

いつだって優しくすると思ったら大間違いなのよ。

……それでも多少胸が痛む。それは長い付き合いだからよね。

その後、その後ろ姿を記憶から振り払うかのように私は観戦に没頭した。



「……沙織、」


チアの里奈も混ざって家路に着こうとしていたそのとき。

後ろから声を掛けられた。

振り返る。秀人だった。……またなの。

そのまま無視しようとしたけれどまた声がかかる。

私は足を止めた。


「何」

「送ってく」

「見て分からないの?私、友達と帰るの」


イライラした。

何よ突然送ってく、って。

言葉もどんどんきつくなってゆく。


こんなのやだとは思うの。

いくら秀人から離れたいとは言っても、別に嫌いなわけじゃない。

それなのにこうしてどんどん尖っていく言葉。心。

自分が嫌な人間になっちゃったみたいな気持ちになってしまう。


「あ、あの、俺……」


何よはっきりしなさいよ。

もう反射のようにそう思ってしまう。

いつだってはっきりしない秀人。それに何年も付き合い続けている私。

ここで一度リセットしなければ、ずるずると引きずるだけなんだから。

だから私だって言いたくもないことをずけずけと言うようになっちゃったんだから。

秀人のバカ。


「俺……麻婆豆腐が食べたい」

「……ハァ?」


いきなり、何。

私はじろりと秀人を見た。


「俺、沙織の作った麻婆豆腐、すっげー好きで、だから、毎日でも食いたくて、その……」


何が言いたいのか分からない。

私は足を止めた。

絵理とよりちゃんと里奈も止まる。


「誰が作らないなんて言ったのよ」

「や、だから、そうじゃなくて……」

「何なのよ。いつもいつもいつもっ!もっとはっきりしてよ、ホンットいらいらする……」




「……沙織のことが好きなんだよっ!!」




……は?

呆然と秀人を見た。

秀人は耳まで真っ赤にして俯いている。

両手をグーに握り締めて、かたかたと震えていた。


「な……何、いきなり……」


それしか言葉が出ない。

だって。


「沙織、最近やけによそよそしいから、何か嫌われることしたかなって思ってて、それで、」

「よそよそしいって、別に今まで通りじゃない。料理だって洗濯だってしてあげてるでしょ」

「そうじゃなくてっ」


秀人がバッと顔を上げる。相変わらず真っ赤な顔。

これって告白なのよね。

初めての経験をしながらも、相手が秀人だからとどこまでも冷静な自分がいる。


「そうじゃないって言われたって、私はいつも同じように料理して洗濯してるだけよ」

「だから、その……前に沙織、俺の母ちゃんみたいだって言われたことあっただろ?そのときすごい悲しそうな顔してて」


そりゃするわよ。16、7で「お母さん」とか「所帯じみてる」とか言われたら泣きたくもなる。

でも、あくまでも冷たくその言葉も突っぱねる。


「だから何」

「だから……そうじゃないって分かってほしくて……」

「……」

「俺にとっては、沙織は母ちゃんなんかじゃない。沙織は沙織だよ。昔からずっと、一度だって母ちゃんみたいだなんて思ったことないから」


ふいに泣きそうになった。

ずっと張っていた肩肘が力を失う感じ。

どうしてそんなこと今、この場で言うのかな。

どうして私が嫌がってたそのときにこうして否定してくれなかったの。

そうしたら、別に、私だって……。


「なぁ、もう料理も洗濯もしなくてもいいよ。だけど、冷たくしないで。沙織に無視されたら俺、どうしていいのか分かんなくなる……」

「な、何よ今更。散々料理も洗濯もさせといて……私ずっと嫌だったんだからね、爪のお手入れも帰りの寄り道も出来なくて、ずっと嫌だったんだから……!」

「ごめん。ごめん沙織……」

「ごめんで済むなら警察いらないわよ。秀人のバカ……!」

「俺、いつの間にか沙織がそうしてくれるのを当たり前だって思い込んでたんだ。ホント俺バカだけど、沙織グチも言わなかったし。だからこのままずっと沙織がそばにいてくれるって思ってた」


そう言って、秀人は項垂れた。

隣にいた絵理がぽん、と私の肩を叩く。まるで「もう許してあげなさいよ」と言うように。

許す許さないじゃないのよ。嫌だったの。分かってほしかったの。

でも今分かった。秀人は気付いてた。

忘れてたのは私の方。秀人はこういうやつだったじゃない。

いつだって私を見て満面の笑みを浮かべて。

それが秀人だった。

溜め込んでいたのは私。言いたいことがあるんだからこうして言えば良かったんだ。


「私も……ごめん」

「えっ?沙織は何も悪くないしっ」

「そんなことない。いつも言い過ぎだって分かってたけど、ついつい怒鳴っちゃってた」

「それは俺が悪いからで……」


ぷっ。

私たちを見て、里奈が噴き出した。

すっかり隣にいるってことを忘れてた。


「何か2人、恋人同士の痴話喧嘩って感じだよ?」


えっ?!

思わず秀人と顔を見合わせる。

途端に顔がすごく熱くなる。秀人の顔もまたみるみるうちに赤くなっていった。

どん、と背中を押し出される。


「仲良く帰ってね」


そうして3人は去って行った。




残された私と秀人。

ちょっと呆然としたけれど、すぐに気持ちを立て直した。


「ほら、帰るよ」


そう言って歩き出す。

いつもみたいに秀人が慌てて後からくっついてくる。


「い、いいのか……?」

「なぁに?送ってくれるんでしょ?」

「……お、おお!」


私は久しぶりに秀人に向かって笑顔を見せた。

やっぱりロマンスも何も無い日常。

秀人の中身だって変わりはしない。

でも、まぁいいかなって。

だって、女の子は愛されてれば幸せってどこかで聞いたから。

秀人はいろいろ心配なところはあるけれど、さっきのを聞く限りそれだけは大丈夫そうだもんね。

私もこれからが大変だ。


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