笑う彼、怒る彼女
生徒会の王様とお目付け役の宰相さんの攻防戦。
「ちょっと何なのよこれ!誰がやるって言ったの?いつっ?何でいつもいつもいっつもそうやって勝手に……っ!」
「でももう飯塚先生にも許可を得てるんだよ」
またやっている。俺はドアの前で一人、溜め息をついた。
女子のものにしてはあまり高くない、聞き取りやすいはっきりした声。対して大きい声でもないくせに腹に響くような深みのある声。がらりと開けると、そこにはやはり織谷茜と上田克彦。わざわざ部屋の端と端に座っていた。
「今度は何?」
俺は苦笑いを浮かべて二人にそう訊ねた。
「ちょっと聞いてよ桐谷くん!このバカ上田がやるってきかないのよ。こ・れ」
「ん?何なに?えーっと……プラネタリウム?なんじゃこりゃ?」
「織谷。だからさっきも言ったとおり……」
「何がさっきも言ったとおりよ!決まったことを告げただけでしょうアンタはっ」
「織谷もちょっと待った。すぐそうやって。……で?克彦、これ、どういうこと?」
目の前の男は、それで何人の女がくらっといってしまうか分からないという笑顔を浮かべた。それはそれは嬉しそうに。
「もうすぐ学園祭だろう?だからさ、今年は生徒会でも何かやろうと思って」
「で、何でプラネタリウム?」
「僕がやりたかったから」
がくっ。思いっきり肩を落とす。そうだよな。こいつはこういうやつだった。
しかしそれでいいのか生徒会。
*
ここは生徒会室。まがりなりにもこのメンバーは、今年のこの学校の運営責任を背負っているわけだ。
こう見えても克彦は会長、織谷は副会長。
頭を抱える俺は桐谷飛鳥。
その習字歴を買われ、半ば無理矢理に書記にされて4ヶ月。部活があるからと一度は断ったのに、一つ上の兄貴が生徒会にいたばっかりに断りきれなかった。
「こんにちはー。何なに?何の相談ですか?」
そして、この子が一年生で会計の明石里奈。いつも元気なのがいい。
だっていろんなことを気に病むような子だったらこの濃いメンバーの生徒会の中でやっていけるわけがないからさ。
「里奈も聞いてよ。どっかのバカ会長が生徒会でも学園祭の出し物をしようとか言い出しちゃったのよ。しかもプラネタリウムだって!」
「え~?だってもう7月終わっちゃいますよ?間に合うんですか?」
「間に合うわけない。って言うか生徒会で出し物なんて冗談も大概にしてって感じ!」
「そうかなぁ。楽しいと思うよ?」
「勝手に言ってろっ!バカバカバカっ!!」
「飛鳥ぁ、織谷に怒られちゃった」
自分のせいだろうとしか言いようがない。と言うか嬉しそう?ヘンなやつ。
二人に振り回されて、俺と明石は顔を見合わせて首を竦めた。
克彦は学年首席の肩書きを活かして鳴り物入りで生徒会長に就いた。
普段この生徒会室ではこんな風にぼーっとしていてこいつのどこが頭がいいんだろうと疑うことのほうが多い。
けれど、一旦ここを出ると「さすがの上田克彦会長」となる。
二重人格ってほどでもないけれど、実際困っている部の部長なんかがしょっちゅう助けを求めに来ている。
そんな克彦に対してやたらと敵愾心を燃やしちゃってるのが織谷。
超がつくほど真面目で、筋の通らないことは絶対に納得しない、そんな性格だ。
去年から生徒会にいて、去年のやり方なんかをよく知っているだけに克彦のことが気に入らないのかもしれない。
克彦はいつも突然何かを「ひらめいて」しまう。
それがいつもいつもこうやって問題を引き起こす。
「ひらめく」だけなら別に何の問題もないが、そのひらめきを計算機のような頭でパパパっと整理して形にし、実行する手前のところになって初めて俺たちに話を下ろしてくる。
織谷はそれが気に食わないらしい。
その気持ちは分からなくもない。いつ何時どんな企画を下ろしてくるか分からないんだ、この男は。
今回のこれにも驚かされていた。怒るほうは織谷に任せるとして、冷静になって考えてみる。
無理だと思う……って言うか無理。
だって俺たちは、生徒会だけじゃなくてそれぞれ部活にも所属している。
俺みたいに部活の大会があるメンバーだっているんだし、そういう部活だって学園祭に出し物を企画しているというのに。
その上生徒会でまで企画をするなんて一日何時間増えたって時間が足りない。
しかも生徒会には4人しかいないんだぞ?それでプラネタリウムって……。
俺の想像が間違ってなければ、プラネタリウムっていうのは部屋全体に星座に見立てた穴を開けた黒い紙を貼る、あれのことだろう?
それが出来れば達成感はあるだろうが、地道に穴を開ける、その作業のことを思ったら気が滅入りそうだ。
俺、来月大会あるしなぁ。明石だってチア部なんだから応援の練習があるだろうし、克彦だって弓道の試合、ないのか?
「それで会長サマ、これを本気でやろうと考えているとして誰が、いつやるのか説明してくれる?」
うわー。織谷の怒りモードの針が振り切れそう……。
そりゃあそうだよな。学園祭実行委員会の指揮までしている生徒会。これ以上の余裕なんてあるわけがない。
唯一文化部(天文部)の織谷は実際にそっちの企画会にも顔を出しているから、その大変さを人一倍感じているんだろうし。
生徒会としてもこれからが大変なのに。
「みんなでやるんだよ。ほら、よく言うだろ?団結は美徳だって」
「ハァ?」
「それにさ、楽しいと思うんだ。僕この生徒会好きだし、何か思い出を作りたいなって前々から考えてたことなんだよ」
「アンタねぇ……また一人でこそこそ計画練ってたのね?だから言ってるでしょ?そういうことは私たちに相談してから決めてって」
「だから相談してるじゃないか。やろうって」
「それは相談なんかじゃなーいっ!決定って言うのよバカっ!」
どうすんのよこれから……と織谷がぶつぶつと言っている。
俺は溜め息をついて、克彦のほうを見た。
結局こうしていつも俺が話をまとめることになるんだよな。書記なのに。
「ま、まぁとにかく、予算とかいろいろ考えてから決めよう。な?」
「そんなの全部計算した上で話下ろしてきてるのよコイツは」
「あはは……で、明石、もし生徒会で独自企画をするとして、実際のところ予算はどうなんだ?」
「え?えーと……先月野球部に生徒会予算からちょっとだけ上乗せしてますから厳しいと言えば厳しいですけど……ギリギリ何とか……」
「あれもバカの仕業だったわよねぇ……」
「あ、あははは……」
野球部がネットが壊れたが、今年度予算はもう春先にユニフォームを新調していて余裕がないと克彦に泣きついたのが5月の初め。
そして何とかすると言った克彦は6月の終わりには、生徒会の予算から出費することで丸く収めたというわけだ。
「克彦。どうしてもやらなきゃダメか?俺たちそれぞれ部活もあるし、予算はどうにかなっても日程的に無理じゃないか?俺も明石も夏休みはほとんどこっち来られないし」
「さっすが桐谷くん!モテる男は言うことが違うわ。うん」
「ははは……」
そんな怒りモードの顔のままでそんなこと言われても喜んでいいのか悪いのか。俺は苦笑する。
「でもなぁ……」
克彦が口元に手をやって考え込んでいる。それ自体は困っている人のようだが、その頭の中はどんなコンピューターが高速回転しているのだろう。
「織谷、星が好きだって言ってたから……」
その言葉に織谷の肩がビクンと跳ね上がる。俺も明石も呆然。
「何?お前織谷のためにやろうとしてたの?この企画」
「うん、そうだけど」
「なななっ、何言ってるのよバカっ。そ、そんな個人的な理由でそんな企画出来るわけ……」
「だから必死に考えたんだ。みんなで出来るように」
うわわわわ。珍しいものを見た。そう思ったのは明石も同じだったのだろう。目が丸くなってる。
だってあの織谷が耳まで真っ赤になっていくサマを見ることが出来たのだから。
「と、とにかくっ!私は反対だからねっ!!私、か、帰るっ」
「あ、ちょっと待ってくださいよ織谷先輩っ」
走り去る女二人。そして取り残される男二人。
数分後に窓越しに校庭を門のほうまで歩いていく二人の姿が見えた。それを見つめる克彦。
「なぁ、聞いていい?」
「何?」
「何で織谷のためにプラネタリウム?」
「だって9月7日って誕生日だろう?織谷の」
誕生日。
9月7日は学園祭当日。
……そうか。そうだったのか。知らなかったー。って言うか何でコイツ知ってるんだ?
「喜ぶかなぁと思ったのに」
二人の姿が消えても尚、頬杖を付いたまま外を見ている克彦。
「織谷はさ、僕のこと怒ってばかりだから。バカ、バカって。何かそれを言われるたびに僕のことを気にしてくれてるのかなぁって思ってるんだけど」
はぁ。さいですか。やっぱり頭の良いやつの考えていることは分からない。
確かに織谷はしょっちゅう克彦のことをバカと言う。
でもそれを好意的に取ることなんてまず難しいと思うんだけど……。
でも、待てよ?さっきの織谷の態度を思い出す。
随分慌ててたな。え、それって、まさか?
「……かなり遠回りした考え方をすると、ひょっとするとひょっとするかもしれないな」
俺が躊躇いがちにそう言うと、目の前の克彦は口の端を上げて微かに笑みを浮かべている。やっぱり。
俺としては、織谷の「バカ」は克彦にしか「そう」聞こえないと思うんだけど。
それでも当の本人が楽しそうだからいいのかもしれない。
「さ、どうやって賛成させようかな」
……げげ。やっぱり前言撤回。
その笑みがあまりにも企んでますって顔だったから背筋がぞーっとしてしまった。
楽しそうなんじゃない。楽しんでるんだ、こいつ。
この先これに巻き込まれることを思うと、こっちとしては全然楽しめない。むしろ怖い。
織谷、悪い。俺と明石、やっぱり来月はあまり生徒会には来ないことにするよ。




