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いつも視線の先に

爽やか生徒会書記くんと追っかけ会計さんのお話。

「さて、そろそろ昼飯にするか」

「あ、先輩、今日天気がいいから屋上で食べませんか?」


そうやって笑いながらいかにも軽ーく誘うのが、今の私に出来る精一杯だった。




「ほんっといい天気だよなぁ」

「ですね」


床に座った先輩は両手をつくと空を見上げた。

眩しそうに目を細める横顔を好きだと思う。


「明石の方は進んでる?」

「ええ、まぁ何とか」

「だよなー。明石がやれば何でも上手くいくって思うよ」

「そんなこと」

「いや絶対そうだって。少なくとも俺はうちの敏腕会計さんに全幅の信頼を寄せてますよ」


私には、上で輝く太陽よりもにこーって人懐こい笑顔を向けてくれる先輩の方がよっぽど眩しい。



私の高校生活は、この人に出会ったおかげで全く思いもよらない方向へ進んだ。

チアリーディング部に生徒会。まさかこの私がこんなに高校生活を充実させるなんて思ってもみなかったもん。

入学したての頃、廊下に貼り出されていた書道展の入賞作品。

その中にひときわ立派で堂々としている、歳月不待、と書かれた書を見つけたのが全ての始まり。

最初は県で特選なんてすごいなって思ってたんだけど、『桐谷飛鳥』っていう名前を見たとき、その字は体を表すかのように真っ直ぐで何だかいつまでも心に残っていた。

こういう字が書ける人ってどんな人なんだろう。廊下を通るたびに見ていた書への興味は、知らないうちにそれを書いた人への興味に変わっていって。

ある日HRで配られた生徒会の会報。いつもだったら目も通さなかったかもしれないそれをパラパラとめくったとき、そこにあの名前を見つけた。


書記 2年 桐谷飛鳥


生徒会。やっぱりいかにも真っ直ぐそうな組織に入ってるんだな。

そう思って、私は顔も知らないその先輩に親近感を憶えた。


そしていつの間にか自分も会計に立候補していて。

何でそんな大胆なことが出来たのか、全然憶えてないけれど、でも思い立ったが吉日だった。

私は生徒会で先輩と出会い、その人自体にいとも簡単に恋に落ちてしまったんだから。

サッカー部に所属しているというのを聞いてチア部にも入ってしまうほど。だってその方が先輩を見ていられる時間が長いでしょ。


今は、生徒会長の上田先輩が7月になって突然、学園祭に生徒会で出し物をしようと言い出したためにてんやわんやの毎日。

私も桐谷先輩も自分の部活の出し物もあるから、必然的に空き時間はプラネタリウム作りに追われ、こうやってお昼を一緒に食べることも増えていた。



「そう言えば明石さんっているじゃんチア部に」


私と先輩は屋上の入口のドアからは死角になっているお気に入りの場所にいた。

最近また織谷先輩が上田先輩のことでイライラが最高潮だから、私と桐谷先輩はいつもその被害に遭わないようにこうやって2人して避難しているわけだけど。

未だに2人だと上手く会話が続かない。

沈黙されるのは怖くていろいろ言ってしまうんだけど、先輩は嫌な顔ひとつせずに私の話に付き合ってくれる。それがいつだってすごく嬉しかった。

今日もそんな風にしてご飯を食べていると、少ししてどやどやと誰かが屋上に上がってきた。

会話が聞こえる。

まさか自分の名前がサッカー部の人たちの会話に出てきてるなんて思いもしなかったから、心臓が跳ね上がる。私は思わず食べるのを止めて息を呑んだ。

目の前の先輩も、箸が止まっていた。


「あああの子ね。可愛いよなぁ」

「そうそう、公式試合のときの白のスコートっつーんだっけ?あのミニスカがたまらん」


ぎゃー!な、何て話してるのこの人たち!!

動揺して視線を彷徨わせると、桐谷先輩と目が合った。

しかも言われてる内容が内容だけに恥ずかしくて恥ずかしくて、スコートはいてるわけじゃないのに制服のスカートの裾を引っ張る。それを見て先輩は考え込むように視線を外した。

ああ、最悪だ私。これじゃ先輩もそう思ってるって考えてるみたいじゃない。

まだ続いているこの話題に嫌になるほど居心地の悪さを感じて、目の前にいる先輩を自然に見ることが出来なくなっていた。


「そんで、その明石さんさ、桐谷と付き合ってるって噂聞いた」

「やっぱそうなん?げー、ショック」


え……?

な、何で自分の話題に桐谷先輩の名前が出てきて付き合ってるとか言われてるの?!

『やっぱ』って、何……?

思わず声が零れないように息を呑み込んだ。


「まぁ生徒会だし一緒にいるのはよく見るけど」


桐谷先輩も小さく息を呑んだのが聞こえた。

ああ、どうしよう。この状況でそんな話題って……。

でも彼らにはこんな私の心情なんて伝わるはずもなく、いろいろな私と桐谷先輩の噂話を検証し始めた。

どんどん顔が熱くなってくる。のぼせそうなくらい。

ひざの上で両手の拳をぎゅっと握り締める。

とにかくこの嵐が去るのを待つことしか出来なかった。



もともと時間が時間だっただけに、1時を過ぎたらサッカー部員の軍団はぱたぱたと去って行った。

残されたのは私と桐谷先輩だけ。

ドアが閉まると同時に細く長く息を吐いて、握り締めていた両手を緩めた。

ああ、手のひらに爪が食い込んでるや。まだ耳のところまで心臓の鼓動が聞こえるし。

ドキドキが止まらない。


「……明石」

「あ、は、はい、そろそろ戻りましょっか」


バタバタとほとんど手を付けられなかったお弁当箱を包み直す。

立ち上がってざらついたスカートをさっと撫でながら平静を装って先輩に話し掛けた。

だってその方が何もなかったように出来そうな気がして。


「まったく、何勘違いしてるんでしょうね、サッカー部の人た―――」

「明石、」

「せ、先輩……?」


ぐいっと手首を掴まれて動揺する。口から心臓が飛び出そうなくらい。

でも一瞬の後、先輩はその手を緩めた。


「……ごめん」


その後、仕事が山積みで助かった。だって、先輩と一緒にいたら自分がどうなっちゃうか分からなかったもん。

真っ赤になって、息が出来なくて、好きって気持ちがバレるって思った。

でもひたすら黒い布にキリで穴を空ける仕事を何も考えないで没頭することが出来たから、さっきのことは何もなかったかのように過ぎ去っていった。



9月7日。早朝。

オルゴールをもらったときの織谷先輩の顔。少しだけ赤かった。

そんな顔をする先輩は後輩の私から見てもすごく可愛い。

でもきっと織谷先輩はそういう風に思われるのも嫌がるだろうな。

それでも、あんな顔をした先輩を見たのは会長がプラネタリウムを作ろうと言い出した理由を聞いたとき以来だったし、先輩のいつもまっすぐな視線を泳がせられるのは会長くらいしかいないとつくづく痛感した。

ぎゃーぎゃー言い争ってても、実は仲良しさんなんだよね。あれで。

それだけで少しほっこりした気持ちになる。

素直じゃないあの2人がお互いを認め合うのはいつなんだろうな。

それまで振り回されるだろうけど、それはそれで楽しそう。

そう思ってしまうのは、あの生徒会にすっかり毒された証拠かなぁ、なんてね。

それでもあのままあの2人のやり取りに巻き込まれ続けるのもなぁと思っていたら、桐谷先輩が私の腕を引いた。

その目が「後は2人に任せて俺たちは出よう」と言っていたから、私は素直に従ったんだ。


でも。

でもでもでも。

ここ数日のドタバタですっかり忘れてたんですけど、今、桐谷先輩と2人っきりって正直、心底気まずいんですけどー!!

いつもならこんなチャンス滅多にないって心の中で大はしゃぎなのに、あれ以来どう先輩に接していいか分からなくて困っている。

何日か2人きりというシチュエーションもなかったし、意図的に話しかけなければ会話なんてないほどみんな切羽詰まってたし。

あーん、どうしよう……。


「明石、」


ビクン。

2人で歩く誰もいない廊下、肩を並べることは出来なくて3歩後ろを歩いていた。

その声に、思いっきり反応してしまう。


「あっ、は、はい、何でしょう……」

「お疲れ様」


ゆっくり振り返る先輩。

もうすっかり明るい窓の外から入り込む光が、先輩の右頬をきらきらと照らす。


「は、はい、お疲れ様でした」


その瞬間、さっきまでバクバクしてた心臓の鼓動がゆっくりと収束して、ああ、先輩に出会えて良かったなぁって思った。唐突にだけど。

眩しいくらいに輝いてみえる先輩。

優しくて、明るくて、みんなのことをいつも気遣ってて、今だってあんなに気まずいことがあったのにいつも通り接してくれる。字も綺麗だし。

いつどこで出会ってもきっと、私は先輩のことを好きになったって言い切れるよ。

自然に顔がほころぶ。

気まずかった気持ちがぱぁっと晴れていく。肩肘張らなくてもいいって気がした。


「さぁて、今日も忙しくなりそうですね。頑張らなきゃ」


すっと足を踏み出すと、先輩の隣に並ぶ。

行きましょう、そう告げて歩き出そうとした直後。


「ちょっと待って」

「え?」

「この前のこと、はっきりさせよう」


えぇっ?!

足が竦む。立ち尽くす私。

やっぱり前言撤回。

何でそんなこと言い出すんですか先輩っ!!


「いや、あれは何て言うか、……アハハ、もういいじゃないですか」

「いや、俺はずっとはっきりさせたかった」

「な、」

「あんな噂が出回ってるなんて全然知らなくて……ごめん、俺」


今日は朝からホントにいろんな気持ちが溢れてくるなぁ。

さっきまでの幸せな気持ちが一瞬で吹き飛ぶ。

だって、先輩が謝ってる。先輩が悪い訳じゃないのに。きっと私が先輩を追いかけて、どこにでも姿を現すから出たんだろう噂なのに。

いきなり込み上げそうになる涙をぐっと奥歯で噛み締める。

泣いちゃいけない。目の奥がチクチクする。


「あ、謝らないでください。先輩が悪い訳じゃないんですし……」

「でも俺、もし明石がそれで嫌な思いするのは嫌だし」

「嫌な思いなんて……私こそすみません」

「何で明石が謝るんだよ。俺は全然構わないって言うか、」


先輩が放った何気ない言葉。

ぱっと先輩の顔を見上げると、先輩はさっと横を向いた。

私は、横顔をずっと見ていた。

ずっと見ていたんだ、初めて生徒会室で会ったその日から、今まで。

見つめて見つめて、見つめ続けてやっと出会った視線の先で。


「俺、明石が好きだ。だからむしろ嬉しかった」


先輩がそう、囁いた。そしてすぐ、「恥ずかし」と言って横を向く。

それでも、行こうか、と言って手を差し出してくれる。

私はずっと忘れないだろうと思った。先輩の照れた横顔を。

はい、と答えて手を重ねると、その手はぎゅっと包まれた。


私も大好きです、先輩。

また書くかもしれませんが、とりあえず完結です。

お読みいただき、ありがとうございました。

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